ひとつめの季節の贈り物

第2話

 外に通じる扉、僕が外扉と呼ぶそれの郵便受けには、毎朝アドからの指示書が届く。


 そこに書かれていることがその日の業務内容なのだけれど、たまにアドの気まぐれで、業務に関係のない雑談が含まれている事がある。


 実は昨日もそうだった。




_____


 そういえば昨日、夢を見たよ。

 氷のような薄青色の髪の、レヴァムと名乗る女の子が出てきた。

 君と同じぐらいの年頃で可愛らしい子だったよ。

 もし君の夢にも出てくることがあれば仲良くしてあげて欲しい。


 よろしく頼むね。


_____




 これが昨日の内容。正直まともに取り合っていなかったので、夢の中ではそんな手紙があったことはすっかり忘れていたのだけど、そう言えば聞いていたじゃないかということには、今日の手紙を読んで思い出した。




_____


 そういえば、夢にレヴァムは出てきたかな?

 どうだった? 仲良くなれそうだった? 君の特性による発作は起きないと踏んでいたけど、合っていたかな?


 彼女の特性が〝夢〟だってことはもう聞いたかい? 君が無事でいるなら、おそらくはそのためだろう。


 そして君も知っている通り、何かに対して強い適性を持つ特性が発現した場合、対照的な事象には酷く脆くなってしまう。

 彼女の場合は〝夢〟だから、現実に適応出来なくなってしまったんだね。


 ソロアになら人一倍、彼女の気持ちがわかると思う。

 だからこれは、強制ではないんだけど。

 もし君が良ければ、彼女を君の夢に住まわせてあげて欲しい。

 そして、彼女の特性は他では観測されていないものだから。

 出来れば調査してまとめ上げて欲しいんだ。

 もちろん、やってくれたら仕事として認めるよ。

 無理ならそれはそれで、一応報告はしてね。もっとも。


 彼女が大人しく出て行ってくれるかは、分からないけれど。


_____




 気遣いに満ちた手紙。なのに随所がいい加減で軽薄。アドはいつもこんな感じだ。


 無論、僕だってこうしてアドに救われている。君も同じことを彼女にしてあげなさいと、アドがそう言うのであれば無下にするつもりはない。


 ただ、最後の一文のせいか、それとも昨日見た彼女の性格のせいか。


 僕の意思に関わらず居座られそうだと思ってしまうのが、如何ともし難く、癪だった。




「おやすみ。また会ったね」


 仕事を終えてベッドに潜り、目を閉じてどれほど経ったのか。気づくと昨日と同じように僕の椅子に腰掛けて、昨日と同じように声をかけてくる彼女がいた。


「昨日もそうだったけど、おやすみって変じゃない?」


「だって、君は眠りについたからここに来たんだよ。おはようじゃ変でしょう?」


「おやすみだって変でしょ。寝る前の挨拶であって寝た後にするものじゃないんだから」


 確かに、と得心のいった顔をする彼女を見て、初めてまともに言い負かせたような気になった。昨日はやり込められてばかりだったので、少しだけ溜まっていた鬱憤が晴れる。


 とはいえ、否定だけして改善案を示さずに勝ち誇れるほど図太くはない。じゃあ改善案を示せばいいじゃないかという話ではあるのだけど、特に気の利いた台詞は浮かばなかった。それはそうだ。普通、寝た後に挨拶をする人などいないのだから。


 まあ、「やあ」でも「こんばんは」でも何でもいいだろう、とそう思っていたのだけど。


「でも、その変さが逆によくない?」


 じゃあなんて言えば、なんて反撃が返ってくることはなく、彼女は一人で勝手にそう納得した。


 これは明日もおやすみを貫いてくる気だな。


「そんなことより、昨日は最後まで聞こえてた? 私、まだ君の返事を聞いていないんだけど」


 しばらくここに居ていいか。昨日の彼女の問いかけが脳裏に蘇る。


「まあ、アドからも言われたしね。好きにしたら」


「アド……ああ、あの人」


「僕の前に会ったんだって?」


「うん。僕の夢には住まわせてあげられないけどもっといい場所を教えてあげるって、ここを教えてくれた」


 もしかして体よく押し付けられたのでは。そんな疑問を抱いたところでもう遅い。彼にやれと言われたらやるしかない。


「で、しばらくっていつまで?」


「気が済むまで?」


 返す彼女のきょとんとした顔がやはり腹立たしい。どこが可愛らしい子だ。アドという人は仕事の指示は完璧なくせに、それ以外のことは適当で困る。


 一応、無理だと言えば拒否は出来るのだけど。それはアドが僕を気遣って強制しないでいてくれているだけで、僕が断ればアドが困ることになるのだろう。


 それは忍びない。あと、むかつくから嫌です、と報告するのも恥ずかしい。


 取り敢えず置いておいて、もう無理だと思ったら勝手に出ていったことにして追い出そう。


 やろうと思えば出来るはずだ。だからアドに置いておけないと言われて素直に出てきたのだろうし、行き先を意図的に僕の夢に出来たはず。具体的なやり方は知らないけれど。


 ひとまずの方針として、そう決めた。


「念の為、追い出し方だけ教えといてもらえる?」


「追い出す気でいるんだ? 言っておくけど、最終的に出ていくか決めるのは私だからね」


「嘘だよね」


 じとりと睨めつけられた。追い出されては困るから強くでたいのだろうけど、あくまでここは僕の夢で、僕に主導権があるはずだ。こちらにも保険くらい持たせてほしい。


「……じゃあ、教える代わりに、私も聞いていい?」


「僕に答えられることであれば」


 確かにそれがフェアだろう、と何気なく頷く。勿体ぶられた割に、質問の中身はさして意外でもなかった。


「ソラの特性はなに?」


 特性。この世のすべての生物が生まれ持つ特殊な性質。


 火を出す、物を凍らせる、といった異能力じみたものもあれば、獣や昆虫など、別の生物の特徴を生まれ持つというものもある。空や海など、特定の環境への適応に特化した形のものもある。


「〝孤独〟」


 僕みたいに、概念的なものも。


「それって……」


 答えた途端、彼女の顔に神妙な影が差す。それはそうだろう。彼女だって被害者だ。そうでなくても、誰だって知っている。


 特性は大概何かに特化し過ぎていて、反対のものにすこぶる弱い。


 僕の場合は、孤独に適応している。したがって。


 僕は、人と共に生きることが出来ない。


「人が側にいると発作が起きるんだ」


 声が暗くならないように気を付けて話したつもりだけど、彼女にどう伝わったかはわからない。


「初めて発作が起きたのは、五歳くらいの頃だったかな。側にいた母親が心配して一生懸命寄り添ってくれて、そのせいで死にかけたらしい」


 もう記憶もおぼろげな頃の話だ。別に恨んでいる訳でもなし。「せいで」という言い方は少しトゲがあったかもしれない。


 ただ僕がそう言わずとも、母はそう思ったのだろう。その後、特性の内容が発覚したときに母が何を思ったかは想像に難くない。


 だから僕をここに預けることにしたのだろうし、今でも時折、申し訳無さの滲む手紙が届く。


「だから僕はここで一人、誰とも会わずに働いてるんだよ」


「そっか、それで……」


 発作が、だの母が、だのは話しすぎだったかな。僕よりずっと、彼女の声が深く沈む。俯いた顔は見えず、表情も読めない。


 今更あまり気にしてはいないのだけど、悪いことをしてしまったか。


 そんなことを考えていたら、ふと顔を上げた彼女から出てきた言葉に、僕の方が面食らってしまった。


「それで、顔もロクに見えないほど髪が長いんだね……誰にも切ってもらえないから……」


「は?」


「ごめんね、鋏とかがあれば切ってあげる事は出来るんだけど、ここは夢の中だから……一回起きて髪が長いことを再認識したら、次に寝たときには元に戻っちゃうと思うんだよね……」


「僕の心配を返せ」


 これだけ話させてなんで気にするところがそこなんだ。全く無用な心配だった。


「ふぅん、心配したんだ? 何を何を?」


 うざい。シンプルにうざったい。絶対に椅子を譲らないという姿勢を見せ続けてきたくせに、ここぞとばかりに顔を背ける僕の表情をわざわざ覗きに来るのが本当に鬱陶しい。


「ねえ、話したから追い出し方教えてくれるんだよね」


「ん~やっぱやめた」


「あ?」


 自分でも聞いたことのないような刺々しい声が漏れる。それでも彼女は、一切気にする様子を見せない。


 今度は彼女の方が顔を背けながら、やけに演技臭い口調で言った。


「私がいなくなると、君がまた一人ぼっちになっちゃうからさ」


 絶対そんな殊勝なこと思ってない!


 そう叫びたかったけど、その前に「あ、朝だ」と彼女が呟いて、気づくと目の前の景色は、見慣れた寝室の天井になっていた。

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