エジプトの妖精の正体

高台苺苺

第1話 エジプトの妖精の正体

「みなさん、お聞きしまして?幸田こうだ家に妖精が出た話し」

「は?」


 夫の仕事の都合でエジプト・カイロで海外生活をしてる花岡夢乃はなおか ゆめのは、毎度おなじみ日本人会マダム達主催のお茶会で、変な話を小耳に挟んだ。今日は子供のいるご家庭が多いせいか、子供関連の話題が中心だったが…。


 妖精?

 ヨーロッパには妖精が溢れているけど、エジプトでは古代神と猫と砂くらいしか溢れていないけどなあ?

 夢乃は首を傾げた。


「で?幸田こうだ家の妖精とは?」

 先を促す他の奥様の言葉に、彼女は自分が話題をさらったことに満足そうに微笑む。


「それがね、最初は子供視線の壁の位置、コンセントより下の位置に妖精の絵が描かれているのにお子さんが気づいたことからスタートらしいの」


「幸田さんのお子さん達がシールを壁に貼ったのではないの?」


 別の奥様が突っ込む。


「いいえ。それが黒のペンで書かれたような妖精の絵。ほら、イギリスなんかでよくあるフェアリーの」


「ああ」

 みんなそれぞれ妖精を思い浮かべて頷く。


「一つですの?」

「それが可愛らしくマーチングしていたそうよ」

「まあ~可愛らしい」


「最初は奥様も子供の悪戯でシールを貼られたのだ思い、気合をいれて剥がそうとしたら、意外と簡単に消えたらしいのよ」


「まあ!」


「なのでシールとかではなく描いた物だろうと。位置が位置なので、誰か遊びに来た子供が寝そべって鉛筆か何かで書いた物かしら?と、最初はあまり気にしていなかったそうなのだけど…それから数日から1週間程度の間に、その絵がね、なんと!家中のあちこちの壁にどんどん増えていったらしいの!」


 ええええ?何それ?純粋に怖いんですけど?

 ドン引きする夢乃と違い、お子さんのいるご家庭の奥様達の反応は

「まあ!」

 と、目をきらきらさせてワクワク顔になる。

 

 あれ?私、会話のキャッチを間違えている??すこし気まずい顔をする夢乃。


「まああ!もしかしたら本当に妖精が来て描いたのかもしれませんね!」

「ええ!それで幸田奥様は毎回子供達と「妖精さんを探せ!」をしているらしいの」

「可愛い!」

「素敵!」

「ハロウィーンみたいで楽しそうね」

「うちもやってみたいわ」

「消せるならいいものね」


 みんなの反応に夢乃は「あ、そういうこと?」と納得した。


 つまりはその壁の妖精の絵は、最初は誰かの悪戯だったのだが、そこから奥様が娯楽イベント的に、消せる鉛筆か何かで小さな妖精を描いていき、子供達と遊んでいるという事なのだ。


 カイロでは日本と違い、簡単に子供と遊びに行ける場所は少ない。

 

 気候で言えば、日中は殺人的暑さの太陽光が照り付け、バリバリの乾燥に、大気汚染も酷いので外で簡単には遊べない。遊べても日が落ちる夜だけど、日本人的に夜は子供は寝る時間。(エジプトの子は遊んでいたりするけど)


 安全面でも色んな意味で危ないので、子供だけで遊ばすなんて危険行為は絶対にできない。事故、誘拐、何かしらのトラブルに巻き込まれる可能性がある。


 宗教や生活習慣の差でルールも常識も日本と違うので、やはり色んな意味で子供だけで遊ぶなんてもってのほか。 

 なので、日本みたいに、「公園でちょいあそんでらっしゃーい!」なんて不可能!

 

 だからお子さんのいる家庭は、いかに子供達が海外生活で飽きないよう、ストレスを溜めないように子供達が遊べるように、お母様達は日々情報を集め、習い事させたり集まって遊ばせたりと、日々奮闘されている。

 

 親の愛です。凄いと思う。

 なので、そういうちょっとしたアイデアがあると、みんな飛びつくのだ。

 

 幸田家の「妖精さんを探せ」はマダム達の心を捕らえたようで、そこから先は子供を遊ばせたりする場所や、体験させるスクールや場所の話し、家での過ごし方等で盛り上がって行った。



 

「壁に妖精の絵?しかも団体?」

 会社から帰った夫の花岡和也はなおか かずやにその話をすると、彼は少し考え込むような顔をした。あれ?昼間の奥様達とは真逆の反応だ。


「え?何?なんか問題あるの?」


 和也は眉間にしわを寄せて考え込みながら言う。


「うーん…家の中で子供目線で…原因が分かっているなら問題ないかなあ?K社の幸田さんだしちゃんと調べていると思うしな。多分…大丈夫かな?」


「やだ!!何?!はっきり言ってよ和也!怖いよ!」


 怖くなって叫ぶ夢乃に、和也はパソコンを開くと検索し、複数の写真をだーっと羅列した。エジプトの家の門、家の壁、何かの柱、またはマンションの玄関や壁、ポスト等に書かれた、色んな印のような?絵のような?色々な画像を並べた。


「何これ?子供の落書き?上手いのもあるけど、ちゃちいのもあるわね?これなんかシールっぽい??」


 カラフルな綺麗な絵もあれば、雑な印もあるし、中には石を置いてあるのもある。なんなんだ?これ??


「窃盗団の下見による何かしらの合図の印だよ。それこそ大昔からある手法らしいよ」


「は!?え!!?窃盗団!?」


 思いもかけない和也の返答に夢乃は思わず画面を指さしたまま固まった。和也は真面目な顔で説明を続ける。


「そう。エジプトやカイロだけの話しではなく、世界中どこでもよくある話しらしい。日本もあるんじゃないかな?要はさ、こういう不自然な何かが家の周辺に描かれていたり、何かがあった場合、その家は何かしらの犯罪組織に狙われている可能性が高いので危険だということなんだよ」


「えええええ!それ不味いじゃない!!早く幸田さんに教えないと!!」


「いや、これは海外駐在員ではみんな知っていることだよ。家でも注意しないといけないけど、会社の事務所とか工場とかも狙われる可能性が高いからね。だから常に建物の周囲のチェックは、どこの会社も怠っていないはずだ。だから幸田さんも最初に見た時に俺と同じように考えたはずだから。

 それに、夢乃の話しだと幸田家の妖精は家の中っぽいんだろう?外ではなく?」


「そうね…子供が寝そべって描いたような…と言っていたので、子供部屋かリビングかしら?と思った」


「じゃあ大丈夫と思う。窃盗団は大概家の外の周辺に印を残すらしいからね。まあ…たまに中に入り込んだ作業者が残すこともあるらしいけど」

「やだ!!怖い!!」

「うちは大丈夫だよ。ヤシラ(メイド)によく言って見張らせているからね。このビルもセキュリティーは高いから大丈夫。

 でもなあ…そういう話が出回っていることは幸田さんに話しておいたほうがいいな。何かしらになるとまずいから」


 和也と幸田さんの旦那さんとはゴルフ仲間らしいので、すぐに電話を掛けた。


 マダムのお茶会で私が聞いた話とは言わず、「自分が今日、ランチに行った先のレストランにいた日本人マダム達の話しを小耳に挟んだ」という形で。

 流石だ!和也!ありがとう!!


 幸田さんの話しでは、その妖精の絵は子供部屋の床から数センチの所に描かれていたそうで、恐らくお子さんの友達が遊びに来た時に描いた物ではないか?との事だった。

 害はないと判断し、奥さんが子供達の気分転換的に数回お遊びで「妖精さんを探せ!」をしたという、一見ほのぼの話で終わるところだったのだが…。


「幸田さんの話しによると、問題はその「妖精の絵」「印」は、その窃盗団の印を印象させるのであまりよくないから、家族に絶対口外しないように言っていたそうだ。下手すると泥棒に入られるぞと言って。

 奥様はもちろんその意味を理解しているので口外していない。そしてその遊びも数回でやめたらしい。なのに、他のマダムの口に乗っていることに幸田夫人もかなり困惑しているみたいだよ」


「気持ちわかる。怖いよね。どこから漏れたのかなあ?メイド?」


「いや、幸田さんの話しでは、恐らく子供経由で話が漏れ、そこから話が広がった可能性が高いかもしれないと言うことだった」


「あー、あり得るね。子供の口には戸を立てられないし、楽しい事はみんなに言いたくなるものだしね!噂はどう広がるかわからないから、マジ怖いね」


「うちの会社もさ、事務所のドアの傍に妖精みたいな絵を描かれて、それで警戒していたことあるんだけどさ」


「え!?うそ!いつ?!」


「僕らが駐在する前の話しらしいよ。その時大変だったらしい」


「なんで?何もなかったんでしょ?」


「なかったけど、事務所のドアの近くに妖精?トロール?みたいな絵が、印がつけられ警戒していたらしいんだ。結局それが嫌がらせだったのか?窃盗団の印だったのかは不明だったらしいが…まあ警備のグレードをあげたりして警戒していたので何もなかったが…。

 問題は、当社をよく思わない誰かが「あの会社は危ない」と日本人会とかで言いふらされたらしく、その火消しの方が物凄く大変だったらしい」


「うわー嫌がらせ?」


「多分ね。一度流れた噂や誹謗中傷は火消しが大変だろう?仕事にも対人関係にも影響するし、中には子供の交友関係にまで影響が出たらしい」


「酷い」


「で、結局、火消しはどうにもならないので、元凶となった事務所をいっそのこと移転してしまえになったらしい。そんな印を書かれる時点で、ビルのセキュリティーが甘いと言うのも事実だしね。てなことで、今のビルに移転したらしいよ」


「当時の奥様とか大変だったろうなあ…お子さんのケアとか、奥様同士のお付き合いも。想像するだけでぞっとする。幸田さんの所がそうならなくてよかったねえ」


 和也は少し目を泳がせた。


「え?どういうこと?まさか幸田家も転居するの?」


「そうらしい。でも今回ので転居するわけではなく、元々もう少し使い勝手のいい所に引っ越す予定だったらしい。新しいビルでフィットネスジムとかプール付きの…」


 和也の目が泳ぐ。


「え?まさか…あの高級マンション?」

「うん」

「みんなの憧れの…超お高い!設備すんごい!でもお家賃凄くて支社長か所長クラスしか手が出ないよね!と言われている!あの?!超!有名高級マンション?」

「うん」

「幸田さんは…普通の社員だよね?副支店長でもなんでもないのになんで?いや、やっかみで言っているんじゃなく、純粋にあのクラスに引っ越せるのが疑問で」

「元々資産家のおぼっちゃまらしい。奥様も」


 夢乃も目を泳がせた。なんだか嫌な予感がする。


「ええ~~と…それ…妖精が先?転居話しが先?」


「さあ?転居の話しは前からでていたらしいけど、場所は…やっかまれやすいので無事に引っ越すまでは内緒にはしているらしいけど…」


「和也には話しているじゃん!!」


「うちはそういうやっかみはしないし、ここのマンションで十分満足しているのは、みんな知っているし」


「えー?でもさーそういう感じで~幸田さん…ちょろっと、豪華マンション転居の話しを和也以外にも絶対!している可能性ありでしょ?

 しかも、妖精の話しが子供の口から出ているのなら、新しいマンションの話しも…出てもおかしくないよねえ?あのマンションなら子供だってテンションあがるし自慢したくなるのよっくわかるし!!」


 二人は顔を見合わせ、いやーな考えに冷や汗をかいた。そして二人でその嫌な考えを払拭するように

「あはははははははー!!!」

 と、 飼い猫ファリーダがびっくりして駆け付けるほどの大きな声で笑いあった。


 いやいやあり得ない!

 まさかのマンション転居先をやっかんでの嫌がらせ?

 そのうえで、実は「窃盗団に押し込まれそうなイメージ」の話をダメージ承知で吹聴していたとか??いやさ!そこからホントに窃盗団来たらどーすんの!?

 

 いやいやいやいや!!!げに恐ろしきは人の妬みとはいえ!

 そこまではしないでしょう~~!いくらやっかんでも!!!

 そう思いたいしそうあって欲しいし!

 

 てか幸田さん!!早く無事に素敵ゴージャスマンションに引っ越してください!!


 夢乃と和也はカイロの夜景に向かって、幸田家の無事の転居とその後の無事の生活を祈ったのだった。


 エジプトの妖精は恐ろしいいいいいい!!!

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エジプトの妖精の正体 高台苺苺 @kakyoukeika

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