【KAC20255】全部盛り2025

龍軒治政墫

全部盛り2025

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。

 少女のあこがれ、大きなひなかざり。

 フルサイズの七段ひなかざりは、十五人で婚礼の様子を描いている。


 一番上は男雛おびな女雛めびな

 二段目は三人官女。

 三段目は五人囃子ばやし

 四段目は右大臣と左大臣。

 五段目は雑用係の三人仕丁しちょう。うれしいひなまつりの歌詞で間違って右大臣と呼ばれる左大臣以上に知られてない。

 六段目は嫁入り道具。

 七段目は籠や牛車などの御輿おこし入れ道具。

 が並ぶ。


(家にあったらいいなぁ……)

 あこがれを抱いた少女は布団を抜け出す。

 かけ布団が部屋の隅にふっ飛んで行った。


 そして台所にいる母親におねだり。

「ねーねー、おおきなひなかざり買ってぇー」

「ひなかざり? うーん……妖精さんが見つけたらね」

「えー?」

 母親がそう言うものだから、少女は諦めていた。


 が。

 その夜、妖精ママさんが激安品を見つけてポチッたのだ。


    ★


 二月上旬。

 そのひなかざりは届く。


 あまりの大きさに、少女は首を痛めそうなほどに見上げた。

「わぁぁ……」


 家の前にあったのは、屋根より高いひなかざりだった。

 七段ではあるが、そのひな壇の大きさに合わせてひな人形や嫁入り道具等も大きくなっている。

 御輿入れ道具なんて、小さな少女がそのまま乗れそうだ。


「こんなおっきいの、はいんないよぉ!」

「そうねぇ。これじゃあ、おうちに入んないわねぇ……」

 後で調べると、どうやら発注ミスで大きくなったひなかざりを、格安で譲るというものだったらしい。

 安いはずだ。


「てへっ!」

 妖精ママさんは、その豊満な肉体を揺らしながら、ダンスしてごまかすことにした。



「あんれまぁ!」

 ひなかざりを見た隣に住むおばちゃんが、目玉飛び出る勢いで驚いていた。

「どうしたんだい? こんなでっかいの、初めて見たよ」


 訊かれた母親は、

「妖精さんが買ったみたいです」

 と答える。


 すると、

「妖精さんだぁ?」


 おばちゃんは周囲を見回して、誰もいないことを確認し、

「奥さん。アンタ、クスリはやってないだろうね?」

 と小声で訊いた。


「やってませんよ?」

「そうかい。安心したよ。あんまりヘンなことばっかり言ってると、薬物事件と思われて天下無双の麻薬取締官が来ちまうよ! ピューッと玄関にね!」


 そう。これがマトリの降臨である。

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