火の精

美作為朝

ほほえみ

 小さくかわいい膝頭の先にフローラがまた小さなグースベリーStachelbeereを見つけた。


「ママ、見つけたよ。かごを早く持ってきて」


 薄暗い鬱蒼とした、この<ささやきの森>に少女の可愛い声が大木の揺れる木々の葉音に負けじと小さく響く。


「はいはい」


 フローラの母親のユリアーネがスカートをたくし上げ、フローラに近づく。<ささやきの森>の地面は大木の根がうねうねと盛り上がり苔、落ち葉、腐葉土と渾然一体となり、どうなっているのかほぼわからない。まず持って足元が信じられないくらい暗い。どうしてフローラはトコトコ足早に移動できるのかユリアーネにはわからない。

 ユリアーネがフローラの元にやってきた。肘にかけている小さなかごに掛けたスカーフをまくる。


「甘く煮込んでジャムにすれば来年の春まで持ちそうね、、」


 しかし、昨今の景気の悪さで砂糖を手に入れるのが大変だ。戦争が終わってすぐの頃から比べると、マシにはなったが、景気はあの威勢の良いちょび髭の男がラジオでいくら煽り立てようが痩せぎすのギョロ目がしゃべくり倒そうがまだまだだ。

 かごにはキノコに各種ベリーがたくさん入っている。

 フローラが小さな可愛い指でむしり取るようにグースベリーを摘んでいる。

 そしてそれを小指を合わせ両手いっぱいに載せている。


「早く入れなさい」

「ちょっと待ってぇ、ちょっと待ってぇ、このベリーの場所はね、妖精さんが教えてくれたの。だから少しは妖精さんにわけてあげないと駄目なのぉ」


 フローラは最近少しおかしな事を言う。 

 ライプツィヒLeipzigにいた頃は部屋の隅っこ膝を抱えて、毎日ほぼいつもムスっとして押し黙っていた。親子二人でこの片田舎のクラインローダKleinrodaに越してきてから目に輝きが戻りよく喋るようになったが、おかしな事を言うようになった。

 黙ってしかめっつらでムッツリしているよりはマシかぁ、。と思うが学校に上る前にはよく言って聞かせないといけないかもしれない。

 フローラはスカートのポケットからマッチ箱を出すと器用にグースベリーを一粒マッチ箱に入れた。

 

「妖精さんも、食べてね。てへへへへへ」


 フローラが両手いっぱいのグースベリーを籠に入れると同時に一迅の風が<囁きの森>を駆け抜けた。

 昼間はあんなに汗ばんでここまでやってきたのに、体を突き抜けるような恐怖さえ感じさせる北風だ。一瞬刺すような視線を感じ誰かに見られているのかとさえ思った。

 もう秋もどんどん押し迫り、去ろうとしている。

 ユリアーネは<囁きの森>の大木の木々の間から微かに見える空を見上げた。どんよりとして雲が色づこうとしていた。

 森や山、ましてや秋の日暮れは早い。


「フローラ、風が冷たいわ、もう帰りましょう。日暮れまでに家に辿りつけないと大変、大変」

「そうだねぇ」


 フローラが笑顔いっぱいでおどけて小首をかしげて同意して言った。

 来たときと同じでフローラが飛び跳ねるように先頭で歩いていく。


「ちょっと待って、フローラ」

「早くぅ、早くぅ、大狼ダイア・ウルフに食べられちゃうよ。へへへへ」


 子供が成長するのは本当に早い。またそれを見るのは幸せというものだ。

 ユリアーネは小さな喜びを実感した。

 ハンスと別れてライプツィヒLeipzigを出る決心をしたのは正解だった。


 

 二人が<ささやきの森>を出たあと、一人の大男が森の淵で立って二人が去っていた方向を見ていた。

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