第2話 決意と覚悟

「ということなので、どこかでお時間をいただくことはできませんか?」

「だったら早いほうがいいだろ。本人が話したいって言ってるなら、今日の営業終了後にオーナー室に来るように伝えておいてくれ」

「わ、分かりましたっ。ありがとうございますっ!」


 そんな会話をオーナーとしたのが、今朝のこと。

 そして――。


「それで? アタシに聞きたいことって、なぁに?」


 お店の営業時間終了後の今は約束通り、ソファーに向かい合ってオーナーとエミィが座っていた。

 ちなみに私はオーナーの後ろにひかえつつ、話をするための紅茶の用意をしてその減り具合を確認しながらひそかにエミィを応援するという、なんとも公私混同こうしこんどうなことをしていたのだった。


「その、実は……以前から、ある商家の長男とお付き合いをしていまして……」


 エミィはオーナーを前に、真剣に交際していること、結婚を考えていること、そしてそのために必死でお針子としての腕を磨いてきたことを、全て包み隠さず話して。


「彼の両親を説得するためにも、私が『スノードロップ』のお針子として働いていることをお話ししたいと思っています」


 だからその許可が欲しいのだと、強い瞳を向けながら言い切って頭を下げる。


「お願いします!」


 それは、エミィの覚悟でもあり決意でもあった。

 実は彼女の中では、ここまでの技術を習得できたらという目標があったらしく、昨日ついに先輩にそれが認められたのだとか。だから、オーナーにその確認をするには今しかないと急いで私を追いかけてきたというのが、昨日の真相だったのだけれど。私は親友が無事に目標を達成できたことも、ついに結婚の許可をもらいに行こうと決意したことも、全てが誇らしくて。できることなら何でもしてあげたいと、本気で心から思っていて。


(だからオーナー、お願いします……!)


 見えていないと分かっていても、その背中に向かって私も頭を下げる。せめて気持ちだけは、エミィと一緒でありたかったから。

 それに、私には叶えることのできない恋を成就じょうじゅさせただけではなく、エミィはその先まで進もうとしている。それを応援できないなんて、それこそ親友とは言えないだろう。

 真剣なエミィの言葉に、オーナーはどう返すのだろうかと緊張しながら待っていた時間は、もしかしたら一瞬だったのかもしれない。けれど、気持ちとしては本当に長く感じていたこの雰囲気の中。


「構わないわよ」


 思っていた以上にあっさりした声で、オーナーがそう言うから。


「……え? いい、んですか?」


 私も声には出さなかったけれど、エミィのその言葉に思わず頷いてしまった。


「えぇ、別に問題なんてないじゃない。むしろ喜ばしいことでしょう?」

「あ……ありがとうございますっ!!」


 けれどオーナーからしてみれば、本当に何の問題もなかったようで。顔が見えなくても、笑顔を向けていることが分かるような声色こわいろで続けられた言葉に、エミィは嬉しそうに笑いながら頭を下げていて。私も、まるで自分のことのように嬉しくなる。


(よかった……! 本当に、よかった……!)


 まだオーナーに確認が取れただけで、ご両親から結婚の許可をもらえたわけではないけれど。それでも、一歩前進したことだけは確かだから。


「ちなみに、お相手のことを聞いてもいいかしら? お得意様の関係者の可能性もあるから、念のため」

「あ、はい」


 私はエミィから色々聞いていて、どこの誰なのかは知っているけれど。顧客名簿の中に、関係者はいなかったような気がする。

 案の定オーナーは名前を聞いただけでは分からなかったらしく、もう少し詳しく教えてほしいと特徴を聞き出していて。けれどなぜか、エミィが話せば話すほど表情が険しくなっていくから。


「あ、あの……オーナー……?」


 ついに耐えられなくなったエミィが、おそるおそるそう問いかけると。


「ねぇ、それ……この間の定休日に、街でライラとデートしてた男じゃないの?」


 なぜか、予想もしていなかった言葉が、オーナーの口から飛び出してきた。


「……え?」


 それがあまりにも想定外すぎたせいで、驚きから思わずエミィと二人して顔を見合わせてしまったけれど。オーナーは私たちのその様子を見て、さらに勘違いしたのか。


「もしかして、二人ともその男にだまされてたりしない? 大丈夫?」


 逆に、本気で私たちのことを心配し始めてしまうから。


「ち、違うんです……!」

「その日は、私がライラに彼を紹介してただけなんです……!」


 それに焦った私たちは、なぜか二人で必死にオーナーに説明するという、不思議な状況を生み出してしまっていたのだった。



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