妖精とお姉様
氷見錦りいち
妖精は目には見えない
お姉様が皿を割った。
今年に入って四度目の出来事だった。
まだ三月上旬。このペースで行けばクリスマスプレゼントは引出物さながらの食器セットに決まりそうである。果たして、お姉様が本物の引出物を配るのはいつになることやら。
そんなことはさておき。
「これは違います、妖精のせいです」
不思議ちゃんが許される年齢を二十も過ぎて、目を潤ませながら妖怪ならぬ妖精のせいにするか。
エルフも
というかだ。
皿を割るのは妖精でもなければ妖怪でもなく、幽霊ではないのか。番町皿屋敷。
「お菊さんは皿にまつわる悪霊であってポルターガイストとは無縁ですわね。それに幽霊も妖精の仲間ですから、その指摘は的外れですわ」
そういう話だったか。怪談話は苦手で敬遠していたのでその手の知識はさっぱりだったが、これからはうっかり恥をかく前に手元のスマホで情報を仕入れておこう。お姉様に訂正されるのは結構癪に障る。
「妖精とはそもそも精霊とは別な枠組みの大きなカテゴリですから、大体の物は妖精に含まれますわね」
なるほど。今後の参考にしましょう。しかし、それとこれとは別だ。妖精が犯人だと言うのなら、まずその妖精の存在を証明してもらわねばなるまい。
「大切なものは目に見えない、ですわ」
皿は見えるから大切な物じゃないとさも言いたげだが、とりあえず言い分を聞こうじゃないか。相手の意見を最後まで聞く思いやりは私にもある。
「見えないものを見ようとすれば視野狭窄に陥るのは望遠鏡を例えに出すまでもありませんわ。その結果食器の一枚が犠牲になることもありえるでしょう。しかし、その尊い犠牲によって大切な物を再認識できるのであれば、それはとても素晴らしい事ではないでしょうか。例えば子供の頃は誰もが当たり前に持っていた、人形に対する慈しみの心とか。思い出もまた、目には見えませんものね。そういった意味ではとても大切ですわ」
長々と語っているが、自分が犯人であるとあっさり白状してしまっている。語るに落ちるとはまさにこの事か。
「目に見えずとも心が通じ合うなら、それはここにいるのと同義。妖精は確かにいますわ」
そう言ってお姉様は食器棚を閉じた。
窓ガラスにはお姉様のにこやかな表情だけが映っていた。
妖精とお姉様 氷見錦りいち @9bird
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