禍事
Lie街
第1話 交差点〈前編〉
ここのところ毎日のように悪夢に魘されている。夢で訪れる場所は決まってよく知らない道の交差点。私が歩き出すと地面が軟化し足がもつれる。堪らず、つんのめるように駆け出すと、角から車が出てきて、ヘッドライトの激しい光と大きなクラクションの音で目が覚める。そう、決まってその……
「クラクションの音で目が覚めるんです」
この事務所がある3階建てのビルがまず怪しい。一階は「心のオアシス」と書かれた謎の店が、その上には知らない言語で書かれたマッサージ店があり、壁面には小さなヒビが幾つかとそれを庇うようにツタが絡まっている。
なによりシャツのボタンを開け、ゆるっとしたスラックスを履き、妙な柄の羽織を着ているこの長髪無精髭の男が一番怪しい。開き切らない瞼は気怠げに瞳にかかっている。
「なるほどぉ。チャンネルが合っちゃったんだろうね……」
きょとんとしている竿木を見て、これだから素人は、と言いたげな顔をしながら説明を続ける。
「TVってあるじゃない。あれってさぁ、TBSとかはアンテナ付けるだけで見れるけど、スカパーとかは契約して、リモコンで選ばないと見れないでしょ?それの無意識バージョンさぁ。君の脳みそが勝手にスカパー契約してチャンネル合わせちゃったわけよぉ」
竿木は男の妙に間延びした話し方が気になった。
「んで、スカパーのことをうちでは"
竿木はいきなりフィクションのような話をされて混乱している。無精髭男は昨晩なにかそういうライトノベルを読んだのだろうか。
「ちょっとぉ、昨晩読んだライトノベルに影響されてる痛いおじさんをみるような目で見ないでよぉ」
竿木はズレてない眼鏡を触りながら動揺を鎮めた。この長髪和装男の感は存外、鋭いかもしれない。
「それで、依頼料の話なんだけど……。最安でも、このくらいになるかなぁ」
感心したのも束の間、2ヶ月分のバイト代に相当する額が目に飛び込んでくる。今度こそ眼鏡がズレる。
「高い!安くしろ」
突然、竿木と同い年くらいの女の子が二人の間に立つ。息を呑むほどの美人だが、独特なファッションと強い口調の方が勝っている。
「そうは言っても奈々ちゃん……、君の給料もここから出るんだよぉ」
「それは、経営者である渉の責任だ。何とかしてくれ」
竿木は長髪和装とボーイッシュな女の子を交互に見た。きょとんとしている様子に気付いたのか、長髪をポリポリとかきながら女の子の方を指す。
「こちら、助手の
札原は欠伸を噛み殺しながら自己紹介をした。
「奈々ちゃん、お客さんと僕にお茶もらえる?」
「うっかりしていた。もちろん、すぐに持ってくる!」
相羽はオーバーサイズの赤いジャケットを着たまま、どすどすと奥の方に引っ込んだかと思えば、30秒もしないうちに帰ってた。
ニコニコと笑いながら、机にケトルと粉末の入った湯飲みを出して、ジョボジョボとお湯を注ぐ。あまりに豪快な注ぎ方をするので、飛び散った熱湯の水滴が指先にかかり、2人は慌てて手を引っ込める。
「ありがとう。でも次からは、奥の方の机でお湯入れてからお盆に乗せて来てねぇ……」
卓上のティッシュで机を拭き取りながら言う。竿木はお茶を啜りながら悪夢にどう対処するか考える。正直、値段的にも信頼性的にもここに頼むのは論外だ。
美人だが常識のない派手女、そしてだらしなく無精髭を蓄えた謎の長髪男に一ミクロンの信頼もおけるはずがない。これならそこらの神社で御守りでも買ったほうが、信頼もできるし何より安価だ。
「お茶美味しかったです。ありがとうございました」
竿木はそう言うと、立ち上がった。そうですかと言いながら、長髪の男も立ち上がる。年季の入ったブーツがぎゅっと音をたてた。
「あ!渉!またお客さんを逃したなぁ」
「こら、まだいらっしゃるのにんな事言わないの」
事務所のドアを開けると、薄暗い階段が顔を出す。「足元に気をつけて」そう言うと、渉はすぐに扉を閉めた。
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