君の愛を知ったんだ。

BaGu

第1話 プロローグ

ある日の夜、ゆうきは深い眠りの中で夢を見ていた。俺の心は何か不思議な感覚で満たされ、俺を知らない声が響いた。


俺は何かに導かれるように振り返り、その声に耳を傾けた。「え?」俺は戸惑いながら言った。「何で?」その問いは、俺の心の奥底から湧き上がってきた疑問だった。俺の目の前に立つその人物は、一見普通の人間に見えたが、その瞳の奥には何か特別なものが宿っていた。


「どうして君はこんなに…」ゆうきは言葉を続けることができなかった。何かが俺の言葉を遮るように感じた。俺の前にいるその人は、微笑みながら静かに答えた。


「決めたの。あなたを変えるって」


その瞬間、俺は胸の奥で何かが弾けるのを感じた。俺の人生が大きく動き出す予感がした。しかし、その理由も、方法もまだ分からなかった。ただ、その言葉が彼の心に深く刻まれた。


そして、後に俺はその言葉通り、運命を一変させる人と出会うことになる。話は3日前に遡る。


運命の人と出会う3日前のある日、俺は愛車の青いインプレッサで雨に打たれながら、夜の東北道をただひたすらに駆けていた。目的地などない。


ただ、心の中のもやもやを振り切るように、アクセルを踏み込むだけだった。iPhoneから流れる音楽は重苦しいメロディーを奏でて、俺の心情に寄り添うように響いている。


それは6か月前のことだった。仕事をクビになった日、上司からは冷たく「君はクビだよ。どこかで仕事を探せ。」と告げられた。俺は職場を去ることになった。周囲の同僚たちからは、何の挨拶もなく、まるで存在しなかったかのように俺は会社を去った。


その日から、何もかもが変わってしまった。毎朝の通勤も、職場での会話も、何気ない日常のすべてが消えてしまった。青いインプレッサだけが、変わらず俺の側にいた。


夜の高速道路を走りながら、俺はただうろついている。どこへ行くわけでもなく、ただ心の中の重荷を少しでも軽くするために。雨は容赦なく降り続き、フロントガラスを叩く。視界はぼやけ、街の明かりは遠くに滲んでいる。


思い返せば、俺の人生は碌でもないものだった。

俺が2歳の頃、弟が生まれた直後に母は突然失踪した。

「育児ができない」との理由だったが、幼い俺には理解できるはずもなかった。俺と弟の面倒は父親と祖父母が半分ずつ見ることになり、家庭は分裂したような状態だった。


4歳の時、父は義理の母と再婚した。新しい家族の到来に期待を抱くこともできず、事態は悪化した。義理の母は何故か弟だけを可愛がり、俺には冷たい視線しか向けなかった。食事はほんの少ししか与えられず、服はボロボロのまま。おもちゃも買ってもらえなかった。扉の向こうで義理の母が弟を可愛がる姿を、

俺は泣きながら見つめるしかなかった。


そんな生活から逃れたい一心で、俺は近くに住む祖父母の家に移り住むことを決意した。祖父母は俺の事情を理解し、温かく受け入れてくれた。お菓子やおもちゃを買ってくれ、服も新しくしてくれた。時には親戚と一緒に旅行に行く機会もあり、初めて安心できる生活を手に入れたかと思った。


しかし、それも長くは続かなかった。1年半後、祖父が急性心筋梗塞で突然亡くなった。祖母は涙を流し、グッタリした表情を見せた。その姿を見て、俺は申し訳ない気持ちでいっぱいになり、迷惑をかけるわけにはいかないと思った。そして再び、義理の母と弟がいる家に戻ることを決意した。


最初は俺を優しく迎えてくれたが、それから2週間後で崩れ去った。義理の母は再び俺を疎んじ、態度は更にエスカレートした。泣いてばかりの俺が嫌なのか、押し入れに閉じ込められることになった。

祖父母が買ってくれたペンギンのぬいぐるみだけが俺の慰めだった。


ある日、父親が仕事から帰ってきた時、押し入れで泣いている俺を見つけた。父は俺から事情を聞き出し、義理の母に対する不信感が爆発した。結果、取っ組み合いの喧嘩が勃発し、義理の母は俺の告げ口を根に持ちながら離婚届にサインして去っていった。

義理の母がいなくなり、家には静けさが戻った。

しかし、6歳の俺の心にはすでに笑顔を失った影が落ちていた。それは父や祖母の努力も虚しく消え去ることはなかった。



学校に入学した7歳の頃、父は初めて失踪した母が見つかったと俺に告げた。隣町でひっそりと暮らしていた母との再会は、俺にとって複雑な感情を呼び起こした。母と再会したその日、俺は顔を真っ赤にして視線を逸らしたが、母は優しく俺を抱きしめ、「大きくなったね」と微笑んだ。

俺は、心の奥底に残っていた母への思いを勇気を振り絞って口にした。「今度土日にソフトボールの練習があるの。ママも見にきてね!」


その言葉に母は頷いたが、その約束が果たされることはなかった。それ以来、母とは会うこともなく、時は流れた。

その後2人を強くしようとする父の教育方針は、根性論と体罰の連続だった。


小さな頃、友達が持っているおもちゃを欲しいと言っても、父は決して買ってくれることはなかった。「強くなるために、欲望を抑えることを学べ」と言われた。時には罰ゲームとして、広いグラウンドを何度も走らされることもあった。


弟が何か失敗すると、連帯責任として俺も罰を受けることが多かった。その理不尽な日々は、幼い俺にとって過酷なものであり、父の期待に応えようと必死だった。


しかし、そんな生活の中でも、俺には一つの光があった。それは、小学生の頃に入団したソフトボール少年団の存在だった。少年団での活動は、俺にとって唯一の逃げ場であり、希望だった。仲間と共に汗を流し、協力して勝利を目指すその時間は、父の厳しい教育から解放される瞬間だった。


そして、6年生の頃、俺たちは東京葛飾区の河川敷で関東大会に出場することになった。河川敷の広いフィールドで、俺は仲間と共に白球を追いかけた。父の厳しい言葉が頭をよぎることもあったが、

その瞬間だけは、純粋に楽しむことができた。


あの大会は、俺の人生の中で唯一のモチベーションだった。父の厳しさに耐えながらも、少年団での活動を通じて得た達成感や友情が、俺の心を支え、そして小学校を卒業した。

人生の節目となる中学時代、俺は軟式野球部での努力を通じて一筋の光を見出した。弱小校だったにもかかわらず、俺たちの代は新人戦で市内大会2位にまで登り詰め、県南大会への道を切り開いた。この成果は、俺にとって過去の辛い思い出を乗り越えるための一つの証明だった。


しかし、その裏で俺の心には過去の不遇さが影を落とし続けていた。父の厳しい教育の反動から、暴力や破壊行為、家出を繰り返し、俺自身が荒れた時期を過ごした。


それでも、俺は進学に向けて努力し続け、ソフトボール部がある私立高校への挑戦を夢見ていた。偏差値も60に近づき、目標に向かって着実に歩みを進める中、彼女もできて、順風満帆な日々が続くかのように思えた。


しかし、運命は皮肉なものだった。俺は私立高校の入試で倍率の壁に阻まれ、志望校への夢は破れた。さらに、彼女とも別れることになり、心にぽっかりと穴が開いたような感覚に陥った。結局、県立高校には合格したものの、それまでの情熱は急速に失われ、心の空白を埋める術を見出せずにいた。


そして友人を全て切って高校に入学した。

高校生活が始まってみんな友人を作っていたものの、俺は友人も彼女も作る気になれず、野球部にも入らなかった。相談できる相手がいない孤独は、不満を蓄積させ、中学時代よりも荒れるようになった。暴力事件を起こし、喧嘩に明け暮れ、破壊行為を繰り返す日々。深夜のコンビニで未成年飲酒をし、周囲を困らせ続けた俺の行動は、まるで自己破壊の道を歩んでいるかのようだった。


それでも高校生活の荒波を乗り越えようと必死にもがいていた俺だったが、弟は高校ソフトボール部でエースピッチャーとして頭角を現し、県大会で優勝を果たし、関東大会への出場を決めた。大学からのオファーが来るほどの弟には夢や希望があったのだ。彼の成功が誇らしいものであるのとは対照的に、自分の不甲斐なさを痛感した。

弟は大学からのオファーが来るほどの活躍を見せ、一方で俺は高校生活の中で自分の居場所を見つけられずにいた。


この状況に直面した俺は、当初考えていた大学進学の夢を手放し、自動車系の専門学校への進学を決意した。

この高校生活は俺を深く考えさせ、何が本当に大切なのかを問い続けるきっかけとなった。しかし、今はまだ答えを見つけられていない。


俺は自動車の専門学校に入学し、新しい生活を始めた。新しい友人たちと共に、彼は順風満帆な学園ライフを夢見ていた。しかし、その夢はすぐに厳しい現実に直面することとなった。


専門学校のある先生は、何故かゆうきにだけ厳しく当たってきた。ある日、清掃をしていると、その先生に呼び出された。「先生が作業したのはお前だろ?」やってもいないことで犯人扱いされ、ゆうきは困惑した。


就職活動が始まり、履歴書を書いている時、担任の先生はそれでいいと言ってくれた。しかし、例の先生は納得せず、書き直せと言われた。彼の妨害は続き、行きたかった会社に履歴書を出すことができなかった。


さらに悪化した状況で、教室にいる全員に「ダメなやつ」とレッテルを貼られたゆうき。彼の孤独は深まり、友人たちは次々と彼から離れていった。担任の計らいで、行きたかった会社の二次面接を受けることができたが、心の傷はなお癒えなかった。

資格試験でも、先生の妨害は止まらず、ゆうきは孤独に苛まれ続けた。相談したくても、頼れる友人はもう誰もいない。彼は専門学校を卒業し、希望を抱いて会社に入ったものの、心は疲弊していた。


やる気を出すことができず、無断欠勤が続いたある日、上司から告げられた。「君はクビだよ。どこかで仕事を探せ。」その言葉は、ゆうきの心をさらに重く押し潰した。先輩社員からは誰にも挨拶されず、まるで存在しなかったかのように俺はこの会社を後にした。そして俺は無職になったのだ。


無職になったはいいものの、俺はコンビニバイトしていてもその傷は癒えることなく、簡単なことさえもできずに周囲からは「できない奴」と言われ続けた。彼の心は疲れ果て、人生に対する希望は日に日に薄れていった。


と、俺は車の中で今までの人生を思い出していた。俺は目的地のインターチェンジの出口を左折する瞬間、彼は無意識にその夢のことを考えていた。ETCレーンに入りながら、俺の心にはある種の期待が芽生えていた。まるで今の不遇な人生から、明るい人生に入っていくかのような感覚だった。しかし、俺はまだその変化が現実のものになるとは思っていなかった。

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