無能警邏官の裏稼業 ――昼行燈の無能警邏官は悪を裁く始末屋でした――

バリー・猫山

始末屋ベルーガ・再来

「私はね、欲しいモノは何でも手に入れないと気が済まないの」


 妖艶だがどこか幼さを感じる美女。

 背後には黒服にサングラスのな護衛。

 そして目の前には贅の限りを尽くした料理たち。


「ははあ……それは、大したものですね」


 警邏官のベルーガは愛想笑いを浮かべる。

 この状況はさながら悪の組織の接待か。

 正義の味方を懐柔しようとするも悪には屈しないと突っぱね、一触即発の事態に――そんな芝居の一場面を彷彿とさせる雰囲気だ。


 しかしいかにもお人よしそうで間抜けな様子のベルーガはとても主人公にはふさわしくない。

  警邏隊の制服をだらしなく着崩し、腰には飾りのような“サムライ刀”。その姿には、若さに似合わぬ哀愁と情けなさが漂っていた。

 曖昧に微笑み、のほほんと日々を過ごしている、まさしく昼行燈な男はこんな窮地でも呑気に笑っている。


「そうよ。だから――私はアナタが欲しいの」

「私を? 冗談はよしてくださいよ」

「本気よ。じゃなきゃこんなところに呼んでないわ」


 彼女はそんな昼行燈な警邏官にぞっこんだった。

 何がそんなに魅力なのか、彼女は熱っぽい視線でベルーガを見つめる。


「はは……私なんて運ばっかりの昼行燈です。賄賂を渡したって碌な情報は渡せませんよ」

「そうね。確かにアナタは無能で大したことのない昼行燈……でもたま~に大事件を解決して手柄を立てるラッキーマン」

「まさか、私をラッキーアイテムのようにしたい、と? やめておいた方がいいですよ。私はそんな都合のいい」

「ええ、知ってるわ。アナタの手柄が決して幸運の産物じゃないってことくらい、ね」


 ベルーガの表情が一瞬、変化する。

 のほほんとした昼行燈は息をひそめ、鋭い眼光を覗かせた。


「本当のアナタは優秀な男。真っ当に働いていたらこんな南地区で終わる器じゃァない、総本部でも活躍できるポテンシャルを秘めている」

「……買いかぶりですよ」

「でもアナタは腐り切った警邏隊で出世するつもりは毛頭ない。上に行ったってしがらみが増えるばかり、だったらのらりくらり、下っ端で悠々と過ごす」

「……まあ、出世すれば自由は無くなりますからね。そういう人もいるでしょう」


 あくまで自分はそうでない、素で昼行燈なのだととぼけてみせる。


「とぼけちゃって……私は知ってるのよ――アナタがただの“サムライかぶれ”じゃない、ってこと」


 彼女はシガレットケースから細巻きのタバコを取り出して火をつける。


「“カスミ流”の免許皆伝――こんな絶滅危惧種、アナタが評判通りの昼行燈なら修められるはずないもの」


 この国の歴史は決して順風満帆ではない。

 互いにいがみ合い、争いが絶えなかった時期もある。

 生き残るために多くの流派が生まれ、それらは平和な時を迎えた今もなお受け継がれている。


 だがしかし唯一誰も受け継ごうとしなかった流派が“カスミ流”である。

 卑怯、卑劣、不意討ち上等、サムライが最も嫌った流派。


 そんな希少な流派を修めた者を探し当てる情報収集能力、そしてそれを修めた身体能力。“カスミ流”を修めたということは、相応の能力があるという証でもあるのだ。


「……驚いた。“ゴルゴンダ”の情報収集能力は侮れないな」


 もはや取り繕うだけ無駄であると悟ったベルーガは本性を現す。

 無能な昼行燈は鳴りをひそめ、聡明な警邏官のたたずまいになる。心なしか、服装もしゃっきりとしたように感じてしまう。


「それはどうも。アナタの事は隅から隅まで調べさせてもらってるわ……お料理、お口に合わなかったかしら?」


 女性――ゴルゴンダのボス、マリス・ゴルゴンダはそんなベルーガを見て嬉しそうに微笑む。

 ゴルゴンダは中規模とは言えれっきとしたマフィアだ。その情報収集能力はそこらの記者や警邏官を凌ぐほど。

 ベルーガの素性は割れているとみていいだろう。


「……あいにく、大陸の料理はあまり好きじゃなくて」

「…………そ」


 マリスは控えていた黒服の一人を呼び寄せ――そのまま頭を鷲掴みにしてテーブルへ叩きつけた。

 うめき声を上げることすら許さず、彼女は続けざまにフォークを掴むと彼の首筋へ突き刺して命を奪う。


「……酷い事しやがるな」

「あら? 私が制裁のために時間を割いたことを光栄に思って欲しいくらいだわ」


 彼女は妖艶に微笑みながら血だまりでタバコを鎮火し、ゆっくりと立ち上がり一歩一歩ベルーガへ歩み寄る。


「アナタの才能は警邏隊じゃ決して輝けない。権力者にこびへつらうより、こっちで思う存分暴れてみない?」


 そして彼の耳元で甘く囁いた。

 男であればそのとろけるような美声の虜となってしまうだろう。だがベルーガは眉一つ動かさない。


「……を用心棒にしようって? 断ると言ったら?」

「そういえば、アナタには可愛らしい義妹いもうとがいたわね。お義母かあ様もまだまだお若い」


 会話が成立していないようにも見えるが、ベルーガは行間を読み取りため息をつく。

 つまりお前の家族がどうなってもいいのか? と、マリスは脅しているのだ。

 何をするつもりか、言葉から単に殺すつもりはなさそうに見える。


「……そうですかい」


 彼はため息をつきながら立ち上がり、刀の鯉口を切る。

 黒服たちは思わず身構えるも、マリスに目線で制された。


「ところで、手前は俺の事を隅から隅まで調べたみたいだが……他に何か脅しのネタはないのか?」

「……他にって、何か後ろ暗いことでもあるのかしら?」


 マリスは違和感を覚える。

 ベルーガの事は全て調査済みだ。家族構成、勤務態度や同僚との関り、そして彼がいかにして警邏官となったのか。

 一体これ以上何を隠しているというのだろうか?


「なんだ、手前らの情報力はってワケだ」


 ベルーガはニヒルに微笑みながら抜刀。

 その表情は無能な警邏官でも、聡明な警邏官のどちらでもない。


「っ……まさか!」


 マリスは彼の正体に気づくと黒服たちに指示を出す。

 彼らは主を守るべく各々の得物を取り出しベルーガへ襲い掛かった。


 ――しかし攻撃はかすりもしない。

 重心をずらすような、流れるようなベルーガの動きに黒服たちは翻弄され一人、また一人と斬り伏せられる。


「あはっ……いいわね。ますますアナタが欲しくなっちゃう」


 彼女は瞬く間に黒服たちを始末したベルーガに冷や汗をかきつつも、どこか嬉しそうな表情を浮かべている。

 まるで恋する乙女のような、無垢なかわいらしさを秘めている。


「いくら? いくらで雇われたの? その倍以上払うわよ!」


 それは決して命乞いではない。

 彼女はベルーガを自分専用の“始末屋”にするべく交渉を仕掛けているのだ。


「それじゃ足りない? お金ならいくらでも払うわ! それに――この私をあげたっていいのよ!」


 対するベルーガは表情を崩すことなくゆっくりとマリスへ歩み寄っていく。

 通りを歩くような気楽さだったが、いつ刀が飛んできてもおかしくはない緊張感が漂っていた。


「……金なんざ、いくら持ってたって仕方ねぇよ」

「いっ……んっ、ま、まって」


 彼はゆっくりと、刀の切っ先を彼女の胸元に食い込ませる。

 鋭い刃先は容易に彼女の肉を貫き真っ赤な血を滲ませた。


「どれだけため込んでも、奈落にまで持ってけねぇんだ」

「まっ……まって! うっ……ん……っ!」


 刃は容赦なくマリスの胸元を貫いていく。

 急所だけはわざと外しているかのように、痛みはあるが一思いには逝けない。


「まって……アナタの、いうこと、なんでも、きくから……だから、たすけ」

「そうかい。じゃぁ一つ頼んでみようかな」


 意外にもベルーガは情けをかけてくれそうな雰囲気だ。

 マリスは卑屈に笑いながら、彼を見上げた。


「手前を始末してくれと頼んだ奴が死んじまってな……生き返らせてやっちゃくれないか?」

「……そんな……むりに、きまって」


 人を生き返らせろという無理難題。

 彼女は初めからベルーガにが無かったのだと悟った。


「……だろうな」

「――――ッ!」


 ――一閃。

 

 素早く刀が引き抜かれ急所を斬り裂く。

 そして血振るいし納刀。


「手前の命は、1ゼニーの価値もなかったぜ」


 ベルーガはポケットからわざとらしく1ゼニー銅貨を取り出す。

 税を徴収するために鋳造されたと揶揄される小銭で、彼は始末を請け負ったのだ。


 始末において大事なのは金の重さではない。

 その金に込められた、恨みの重さなのだ。


 彼はテーブルの料理を名残惜しそうに見つめつつも、決して手を付けることなく部屋を後にした。











―――――――


 月がぼんやり照らす路地裏。

 殺した娼婦の財布を漁りながら、男――リッパーは笑っていた。


「――へへっ……やっぱ身売り女はため込んでやがる」


 彼こそ『連続娼婦殺人事件』の犯人である。

 やることをやって金目の物を奪うろくでもない男だ。

 今宵もを終え、身ぐるみを剥いで立ち去ろうという所だった。


 そんな彼を物陰から静かに窺う影が一つ。

 人相はわからないが、体格から女性であることだけは確かだ。

 真っ白なコートを身に纏い、銀貨でコイントスをしながらその時を待つ。


「――立直リーチ


 彼女の前をリッパーが横切る。

 掛け声とともにその足元へ銀貨が放られた。


「……ん?」


 リッパーは足元に転がってきた銀貨を拾うと怪訝な目でそれを見つめる。


「へへっ! 間抜けだなァ……ま、もらっちまッ!」


 香草のようなさわやかな香りが彼の鼻をくすぐり――首を鷲掴みにされて体を強張らせた。


「――自摸ツモ

「ひぐっ!?」


 ボキリ、と首の骨が外れる音が響く。

 コートの女性はすさまじい怪力でリッパーの首の骨を外してみせたのだ。


 彼女は放った銀貨を回収すると、真っ白なコートを翻し世闇へ消えていくのだった。

 

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