枯れ逝く君と夜明けの鐘

鳥路

一日目①:椿

夜明けの鐘鳴る朝。

その日の朝は、私にとって特別な朝となった。


赤く色づく蕾がゆっくりと、鐘を合図にして開き出す。

遂にこの時がやってきた。


この日を迎えるまで抱いた期待、恐怖…その全てを力に変えて…ごーん、ごーんと響く音に合わせ、固く閉じられた蕾をゆっくりほどく。


本当に開いていいのだろうか。


迷いを抱くが、一度ほどいたものを、結び直すことなどできやしない。


初めて朝日を浴び、少しだけひりつく感覚が全身に走る。

けれどそれは一瞬だけ。すぐに慣れた。

鳴り終わった時には、綺麗に開ききった私の椿。

私は遂に、開花することが叶ったのだ。


「おめでとう、椿」

「貴方も遂に咲いたのね」

「花妖精としての役目を果たせたのね」

「綺麗に咲いているわ」

「流石椿ね、美しいわ」

「ええ。皆さん、ありがとうございます」


友達から知らない子まで、色んな子が私の門出を祝福してくれる。

待ちに待ったこの瞬間。

花妖精としての役目を果たした証。

小さくも美しい椿は私の誇り。そして自慢。

私がこれまで頑張ってきた証ともいえる。


「椿ぃ…!」

「あらあら、どうしたの桔梗。泣いているの?」


開花したての私へ飛び込んで来たのは、親友の桔梗。

花妖精として命を得た時からずっと一緒だったけれど、今回は私が一足先らしい。

彼女の蕾は、まだ閉じているのだから。


「泣くよぉ…だって、咲いちゃったら、椿は…」

「いつかの時間は誰にでも等しく訪れる。咲いたら、やるべき事を果たすだけよ」

「私、私はぁ…まだ椿と一緒にいたいよぉ…!」

「私もよ、桔梗。残り少ないけれど、一緒にいてね」

「うん…!約束する。絶対だよ。絶対だからね!」


桔梗と約束を果たした後、私は役所に開花申請を出しに行った。

開花した花妖精には必要な手続きだ。怠ることは許されない。


「椿さんね。開花おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「一週間後、かしら」

「ええ」


花の命は儚い。

それと同じように、開花した花妖精の命も儚いものだ。

長く咲く子もいるけれど、夜中に開花し、夜明けには死んでしまうような一晩の命しか持てない子もいる。


私に遺された時間は一週間。

その間に、できることを果たさなければならない。


開花申請を出すのも、自分が死んだ後に家財の処理や使用していた部屋の清掃を頼む為。

開花してしまえば死期が近い。

誰かに看取って貰えるように声かけしていても、目を離した内に死んでいたなんてケースは少なからず存在している。


死んだ後の事は、自分ではできない。

こうして開花した事を知らせると同時に、依頼する必要があるのだ。

生きていた時に使っていた品の処分、そして妖精が死んだ後に残す魂の全てを記録した妖精石の回収を。


「その後は、お願いいたします」

「勿論です」

「最期は誰かと一緒に過ごす予定を立てていますか?」

「ええ。桔梗と。何事もなければ彼女に看取って貰うことになります」

「承りました。では、桔梗さんに予め妖精石以外に継承する品を預けておいてください。大型のものであれば分かるように張り紙を。それ以外の私物は処分させていただきますので」

「取り組んでおきます」


終わった後の打ち合わせを終えた後、私は帰路につく。

手続きを終えて、一人になって。

静かな空間で、ふと考えることは自分の死に関する事ばかり。

一週間後には死んでいる事実が、重くのしかかってきた。


「…私、死んじゃうのね」


やっと咲いた。けれど一週間後には花は枯れ、私の身体は朽ちて消える。

この世界にある夜明けを告げる鐘は、命が芽吹き、花開く合図。

そして同時に、命が朽ち、枯れ行く合図。


それが当たり前の事なのだけど、受け入れるのには難しくて。

逃げたくても、どうしようもなくて、避けられなくて。

止まっても、時間はずっと進み続ける。


「…あ、そうだった。最後の苗、人間界に送らなきゃ…」


ふと思い出した「やり残したこと」

赤く色づき、光に透ける羽根を揺らしながら、私は空を舞い、仕事場である工房まで羽ばたいていく。

花妖精の仕事は、どんな土地でも元気に育つ植物の種子や苗木を作り出すこと。

作り出した種子と苗木は妖精界で育てるのではなく、隣り合わせの世界…人間界に送り出し、育てて貰っている。


「んしょ…んしょ…」


大きく育った椿の苗木を倉庫から運び出し、人間界と妖精界を繋ぐ「空間門」まで運んでいく。

最後の作品だもの。送り出してあげなくっちゃ。


種子も苗木も、妖精には大きすぎる代物だ。

持ったものを軽くする魔法なんてものはあるけれど、それの効果はたったの十分。

とてもじゃないけれど、こんな大きなものの世話を私達ができる訳がない。

けれど人間は違うらしい。こんな大きな苗木も、片手で軽々持つらしい。


私達は人間の「手のひらサイズ」らしいわ。

会ったことはない。隣の世界にいる、想像するしかない生物。

それに、実際のところどうかは分からないけれど…一度妖精が人間界に迷い込んだら、もう帰れないらしい。

それは人間の方も同じ。妖精界に迷い込んだ人間は、もう二度と、元の世界に戻れない。


「どっこいしょっと…」


輸出用の苗木を空間門の前にセットし、開閉係に合図をして空間門を開けて貰う。

いつもなら、苗木を押し出すだけでいいのだが…。


「今日は重いわね…でも、その分、大きく、元気な子!」


少しだけ、ほんの少しだけ身を乗り出して…重い苗木を空間門の先へ追いやる。


「ふぅ…これなら…きゃぁ!」


気がつかないうちに、いつもより前に出すぎていたらしい。

ごうごうと渦巻く空間門の竜巻に、私の身体が浮かび上がる。

門の先に入り込まないよう、必死に門の淵へとしがみついた。

…吸い込まれる力が強く、門から乗り上がることができない。


「ちょ、椿!椿が空間門に吸い込まれている!」

「ダメよ貴方!貴方まで空間門の先に飛ばされてしまうわ!」


そう、それでいい。

こういう事故は珍しい話ではない。

空間門に近づきすぎて、吸い込まれて。

———人間界に迷い込んでしまう妖精は、珍しくはない。


力尽き、手を離した先は光。

暴風が渦巻き、数多の光が瞬くその空間を流れる最中。

もう二度と戻れない故郷からの呼び声が遠ざかり、何も聞こえなくなった頃…私は、意識を失った。

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