第8話 3月14日
選別試験から一夜明けて、日付は3月14日。この日は化掃士にとって、いや、
僕とソラは、玄関ロビーの奥に位置する会場に足を踏み入れた。会場は
そして、今まさに始まろうとしているのが、《第十五期化掃士入隊式》だ。僕らと同様、新入生はぞろぞろと会場に集まっており、彼、彼女らの数は1,000人弱といったとこだろう。前にも説明した通り、僕らの世代は起隕者の数が著しく多いので15期生は、歴代最高人数を誇っている。僕とソラは指定された時間に会場入りし、座席指定は特にないので、僕らはひな壇が見やすい前方の席を隣同士で陣取った。床に表示された赤丸に足を踏み入れると端末に「
「お~ハイテク!」
これにはソラも大はしゃぎしている。さすが、現代の最先端技術を駆使して建造された建物は違うな、と改めて関心する。四方八方の席から「ガチャガチャ」という変形音が聞こえ、たちまち僕らの周りは生徒で埋め尽くされた。それでも、一人一人の空間は十分に確保されており、圧迫感は感じない。
式開始2分前。照明がパタパタと落とされ、カーテンが窓を覆い、会場は段々と薄暗くなる。前方のひな壇には幾つもの煌々としたスポットライトが降り注がれており、まるで何かのショーが始まりそうな雰囲気さえしていた。
「ブー」と微かなノイズ音が鳴ったと思うと、舞台袖から身長2メートルはある1人の大男が舞台の中心まで歩を堂々と進める。その風貌から察しがついたのだろう。会場の至る所から拍手が巻き起こる。男が中心に着き、新入生を見渡す。同時に、ステージの両サイドには男の顔が大きく映し出される。
「新入生の諸君、おはよう。私が化掃士総本部の本部長を務めている
現巳本部長の図太い声がスピーカーを通じて鼓膜を振るわせる。そして、もう一度大きな拍手が会場中に巻き起こる。
現巳五朗は、この業界で言わずと知れた有名人で
(……そういや、映画館でも本編が始まる前のコマーシャルで寝てたっけ?)
僕は、目線を再び正面へ戻す。現巳本部長は、財閥の当主だけあって、いかにも高価そうな紺のスーツと、金色の腕時計を身に付けている。年齢は60を超えているにも関わらず、ダンディーでスーツがとても似合っていた。焼けた肌、白髪混じりのグレー短髪とザラザラとした質感の髭が相まってマフィアのボスのような風格を持ち得ている。
現巳本部長は、数分で話を終えると
「次は皆んななら誰もが尊敬しているであろう
それを耳にした瞬間、僕は心臓の鼓動が明らかに速く脈打っているのを実感する。今や、黒矢尽は、
舞台袖から細っそりとして背の高い人物が姿を現す。黒いスーツを身に纏っており、ボサボサの髪と無精髭が顔の上下に付いている。化掃士というよりかは、平凡なサラリーマンという印象だ。そんな平凡な雰囲気とは反対に、黒矢化掃士が姿を見せるや否や会場ではドッと歓声が爆発する。まるで一流アーティストのライブのようだった。黒矢化掃士は、ゆっくりと足を運んで行く。黒矢化掃士は、定位置に着くと僕らをザッと見渡す。黒矢化掃士は、ネクタイについたピンマイクを「トントン」と叩き、音が入っていることを確認する。聴衆はすでに沈黙を貫いており、黒矢化掃士の発言を一言一句聞き逃しまいと、今か今かと待つ。
「しゃちくぅーバンザァーーイ‼︎」
黒矢化掃士は両手を思い切り挙げて万歳のジェスチャーをする。そして、声がやまびこのように会場全体に響き渡る。そして、沈黙だけが会場に残った。立派な大講堂が崩れる勢いだ。数秒の沈黙の後、各々がボソボソと何かを呟き、会場全体が騒めく。そして、黒矢化掃士と言えば、やり切った顔をしており、それを察した聴衆は「パチパチ」と拍手を始め、音は段々と一つになり大きくなる。そして、黒矢化掃士はパッと姿を消した。もう一度聴衆は騒めく。すると、現巳本部長が駆け足で姿を現す。
「彼、化掃以外の実力は皆無なんだ」
この一言に笑いが起き、プログラムは何事もなかったかのように進んで行く。そして入隊式は無事に幕を閉じた。
「新入生の皆さんは後方の列から順に席をお立ちになって頂き、指定された教室へ向かって下さい。座席は端末の『解除』をタップして頂くと元に戻ります」
アナウンスが入り、僕らは後方の生徒が去ったのを確認すると「解除」をタップし、指定された教室へ向かった。教室で化掃士のチームメンバーとご対面ということになる。
僕らは講堂を出ると目の前のエレベーターに向かった。エレベーターは8つもあるにも関わらずエレベーターの前には8つの行列ができていた。僕とソラは行列の1つの最後尾に並ぶ。
「ソラ、お前寝てただろ?」
「でも『ちゃちくぅー』で目覚めたわ」
ソラは黒矢化掃士の真似をしながら両手をあげる。
「あれは、結局なんだったの? 意味不明すぎじゃない?」
「いいじゃん、お陰で目覚めたし」
「結局その後寝てたじゃん」
「まぁまぁ、寝る子は育つという言葉もありますし」
ソラがことわざを間違えず言えたことだし多めに見るとして……。僕はずっと気になっていたことを訊ねる。
「そういや、ソラはどこの教室?」
式で疲れたのか、欠伸をしているソラに訊ねる。
「俺はえっと……【0802】だな」
僕の落ち着きつつあった脈はもう一度高鳴った。
「一緒‼︎」
僕はソラにスマホに表示された『0802』という数字を見せつけた。
「ということは……同じチームメンバーってことか!」
ソラは眠そうな目を一転させ、目を見開いて答える。
「その通り!」
僕らは声を大にして叫びながら、ハイタッチをした。周りの生徒は驚いてこちらを見ている。
チームは主に、4人で構成される。つまり、生徒の数が約1,000人として、15期生は250チームあるということになる。莫大なチーム数の中、同じチームになることはかなり低い確率である。しかし、幼馴染でお互いの能力をよく把握していることから、連携がしやすいことを加味しての選出かもしれない。理由はなんであろう、僕の心は踊っていた。
「エレベーター待つの面倒だし、階段で8階まで上がっちゃう?」
「おうよ!」
僕らはエレベーターの横にひっそりと佇む階段で8階まで駆け上がった。嬉しさのあまり足は軽く、どんどん階を重ねて行く。
この時、「ソラは子供だな~」とよく説教地味たことを言う僕も、まだまだ子供なんだと自覚した瞬間だった。とりあえずこの瞬間は幸せに満ちていた。
この先に待っている出来事の数々を知らないくせに……。
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