58歳の新人に、人生任せちゃっていいですか!?

豆啓太

第1話 母からの電話はいつも突然

これは、私がとある人と出会ったことの忘備録的なもの。

もしくは、私が――。




***




介護のことを考えるのは、もっとずっと先だと思っていたのに。


それは、唐突にやってきた。


「えええっ!? おばあちゃん、入院が長引いているの?」


『そうなのよ、退院の日取りが決まらなくってね。本人はわりと元気なんだけど』

先日、実家の母から電話が掛かってきて、祖母が入院したことを知った。

足腰が弱ってきて、玄関を出て転んだらしい。動けなくなっているところを母が発見し、救急車を呼んだそうだ。骨が折れているから、手術になるとも。

手術は成功したって聞いていたのに、それがどうして。

祖母はいつも元気で、100歳超えても生きるんじゃないかってくらい、体が丈夫だったのに。


――あたしゃ骨だけは丈夫なんだい。この前も病院で、看護師さんに骨密度の数値を褒められたんだから。


そんな自慢げに話す祖母の声を思い出していたら、母が言った。


『ちょっと、聞いてるの、ほのか。だからね、あんた看護師の資格持ってるでしょ。私よく分からないから、ちょっとこっち来てほしいのよ』

「へっ? 看護師辞めて何年経ってると思うの? でも、おばあちゃん心配だし、少しの間だったら、介護の手伝いするよ」

『あんた私の話聞いてなかったわね。あんたに介護なんて頼まないよ。子供だって小さいんだし、あんた要領悪いから無理でしょ。……だから、ケアマネさんと話すのに、一緒に来てくれって言ってるの』

「ケアマネさん」

ケアマネージャー。またの名を介護支援専門員。略してケアマネさんと呼ばれる職業の人たち。

もちろん知識では知ってるし、病院にもいたから見かけたこともある。

なんだっけ、介護のプロだとか、司令塔だとか?

たまに入院患者さんのことを聞きに、ナースステーションへ来たりしてた。

あとは、なんか患者さんとその家族と話したり、退院前のカンファレンスに参加してたりして……。

実際、何をやってる人なのか、あんまり知らない。

いやまあ、介護のプロだっていうけど、あの人たちヘルパーさんの手伝いとかしないし。

車椅子を借りるときにお願いするくらいしか話さないもの。

でも、何かあったら連絡するもの、ケアマネさんなんだよね。

「そのケアマネさんに会いに行くの?」

『退院するのに、ケアマネさんが必要だって言われたの。それでやっと、いろんなとこ電話して、引き受けてもらったのよ。大変だったんだから。なんか契約とかしなきゃいけなくて、それでうちに来るのよ』

母から説明を聞いても、私もよくわからなかった。

介護のことなんて本当に素人と同じレベルなんだもの。とりあえず実家に行くことを約束して、電話を切る。

介護のこと。ケアマネのこと。さまざまなことを考えて、私は独り言を呟いた。

「……ネットで調べとこ」




***




私、志弦ほのかは32歳、二児の母。子供がまだ小さいから、専業主婦をやってる。

というか、やらざるおえなかったというか。

高校を卒業した後、看護学校へ行き、国試に合格して看護師になった。

そして病院で働いていたんだけど。

母にも言われた通り、私はものすごく要領が悪かった。

なのでいつも先輩に怒られて、使えないって言われて、それでも看護の仕事が好きだったから頑張ってたけど。

今の夫からプロポーズされて、結婚しても今の職場で働けるか考えて、無理だなって思って辞めた。

だって五連勤、つまり五日間出勤した後夜勤とかのシフトが普通に入ってたり。

夜勤明けからの日勤が入ってたり。

急に休みたい時、師長さんにお願いしたら、代わりに出勤する人見つけたら良いよって言われたり。

勝手に有休を入れられてたりとかね。

こういうことが蔓延している職場で、結婚して子供が生まれたらやっていける気がしなかった。

女性が多い職場だから働きやすいでしょって、それはもう場所によるとしか言えない。

少なくとも私が働いてた病院じゃ、妊婦になったって夜勤やらされるとこだったので。

そういう経緯があって、私は夫と話し合って専業主婦になった。

それから五年、二人の子供を産んでそれなりに忙しく暮らしていたのだけど。

実家の母からの電話で、いきなり介護の問題に直面した。

ちなみに母は長電話で、三時間も話しちゃったから晩御飯、手抜きになりました。



「……っていうわけで、明後日、ちょっと実家に行ってくるね」



「わかった。子供たちはどうする?」

「貴方の実家にお願いしてもいい?」

「いいよ、母さんに話しておくよ」

仕事から帰ってきた夫に事情を話すと、快く私にとってお姑さん、つまり義母へ連絡をとってくれた。

連絡をすべて夫に任すわけにもいかないので、途中で電話を代わってもらい、義母へとお礼を言う。

『良いのよぉ、こういう時はお互い様なんだから。孫と遊べて私も嬉しいわ』

「ありがとうございます!」

『気をつけて行ってらっしゃいね。あちらのお母さんにもよろしく伝えてください』

「はい!」

電話口で、やっぱり看護師さんだとこういう時に助かるわねなんて言われてしまい、思わず顔を引き攣らせた。

夫の母は結婚する時、看護師さんなら将来私もお父さんも安心だわと言われたからだ。

看護師さんなら。これってつまり、介護要員として期待されているのではと思ったけど。

具体的に何も言われていないから、スルーしてる。

看護師だからって、介護してもらえるとは思わないでほしいけど。

今現在、何か言ってくるわけでもないし。過干渉でもない、ちょうど良い距離感のお付き合いをしているので、はっきりとお断りするような機会はない。

むしろ義実家に行った時に唐突に、私介護しませんからなんて宣言する嫁ってどうだろう。いきなりどうしたって目で確実に私が見られる。何か言われるまでは、発言は控えた方がいいと思ってるし、いざという時は実子の夫がなんとかしてくれるに違いない。きっとそう。

私は期待を込めて、のほほんと夕食を食べる夫を見たのだった。

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