第15章 妖精動物

「ララ様、まずは妖精動物を選んでもらうところから始めてもらわなければ」


 日菜とララはトトが契約しているパトラというドラゴンのおかげで、動物界ワンダーアニマルランドのフェアリーシティに転移してきた。ここでようやくララが日菜に状況を説明する。


「日菜ちゃん、僕たちの代わりに薬の材料を取ってきてもらう、妖精動物と契約するんだ」


「妖精動物?」


「妖精動物とは、妖精が一体だけパートナーとして契約できる動物のことだよ」


 ここにはたくさんの妖精動物が住んでいる。人型から異形、人間界では架空の存在だとされるものまで本当に様々だ。


「ララ様、日菜様、契約の方法についてご説明しますので、教会へご案内いたします」


「分かったよパトラ。日菜ちゃん、行こうか」


「う、うん」


 日菜はまだあまり状況を把握できていないが、とりあえず教会へと案内されることになった。


「ここにいる妖精動物でしたらどの者でも契約できますが、それにはお互いの同意が必要なのです。どちらかが拒否すれば契約は成立しません」


「兄ちゃんとパトラはどうしてパートナーになったの?」


「それはトト様に直接聞かれるのがよろしいでしょう。我には守秘義務がございますので」


「そ、そっか……」


 残念そうなララ。知らない間にパトラと契約していたトトは、あまり自分のことを話さない。


「ねえ、ララ。契約って私もできるの?」


「もちろんだよ。妖精なら誰でも契約できる。能力の差は関係ないよ」


 正直どれくらいの妖精が契約しているかというと、約半分、といったところだろうか。主従関係はある程度あるものの、ペットではない。もちろん奴隷でもないため、慎重に選んで契約する必要がある。


「我は仕事がございますので、案内はここまでです」


「ちょ、ちょっと待って。おすすめとか、紹介とかないの?」


「そういったものはございません。ご自身で絆を深め、契約を成立させるのです。では、我はこれで」


 パトラは教会の奥へと消えてしまった。ここからは二人でどうにかしなければならない。


「どうしよう、僕たち来たばかりだから、あてなんてないんだけど……」


「とりあえず街を観光してみようよ。そしたらいい子が見つかるかも」


「うーん。そうだといいんだけど」


 ララと日菜は街を散策することに。もちろん、悠長にしている暇はない。


「トトを助けるために、急がなきゃ」


「兄ちゃん、一人で大丈夫かなあ」


 部屋に一人きりにしてきてしまったが、コノハもしばらくは戻ってこれない。二人は契約を成立させ、早く人間界へ戻ることができるのか。




 その頃妖精界では、悪魔が怪しい動きを見せていた。


「なあ、人っ子一人いやしねえ。どうなってんだ」


「悪魔以外に妖精界に攻撃する奴がいるのか、こりゃ驚いたもんだ」


「俺たち偵察班はこれ以上何も出来ねえ、一旦帰るか」


 偵察班の後ろに、もう一人、黒い影が迫る。


「おう、確かにお前らの出番はもうない、帰りな」


「キラー様!? なぜあなた様がここに……」


 黒いスーツのような服を着たつり目の男。魔界の幹部であるキラー自ら足を運んだのは、重要な命令が魔界に下されたということだ。


「前も来たんだがな、あの少女がどうなってるか見に来たんだ。だが、今はそれどころじゃないか」


「あの少女とは……」


「お前ら雑魚には関係ねえよ。ほら、帰れ」


「は、はい……!」


 偵察班を追い返したキラーはフェアリーランドに体を向ける。


「希望は薄いが、行ってみるか」


 フェアリーランドに着いたキラーだったが、やはり目的の少女はいない。


「怪物のせいでここまで追いつめられるとは、妖精も弱くなったもんだ」


「オマエ、ナニモノダ」


 キラーの後ろに立っていたのはカメの怪物。見るからに下っ端のようだ。


「めんどくせえな。お前らのせいで余計な仕事増えてんだよ」


 キラーが目を見開くと、怪物は灰になって消えた。これぐらいの敵であれば、覇気で消えるようだ。


「はあ、妖精界にはいねえのか。そうなったら、人間界か」


 魔界に連絡を入れるキラー。すぐさま幹部が対応に走る。


「妖精界が潰れようが、俺たちには関係ないことだからな、助けてやる義理はねえよ」


 キラーは魔界へと戻り、また妖精界に静寂が訪れた。




「日菜ちゃん、食べ物はもうこれくらいに……」


「えー、でもまだ食べれるよ?」


「そういうことじゃなくて……」


 日菜とララはショッピングを楽しんでいた。ララはいつものように荷物持ちになっている。契約の候補すら見つかっていない今、ララは焦っていた。


「誰かー、助けてー」


 助けを求める声がする。ララが目を凝らすと、路地裏に小さなうさぎが倒れていた。


「君、こんなにボロボロでどうしたの?」


「ララ? そっちに何かあるの?」


 日菜には見えていないようだ。ララは困惑する。


「え、ここにうさぎちゃんが……」


「食べ物、もらってくよ」


 暗闇から手が伸びる。食べ物が入った袋は何者かに奪われ、その場には日菜とララだけがいた。


「あ! 食べ物が!」


「ご、ごめん……」


「もう、また買い直さなきゃ」


「えー、もういいよお」


 暗闇に消えていった影、食べ物を追い求め、他人のものでもお構いなく奪う。


「にいに、きょうのごはんは?」


「いっぱいあるぞ、ほら」


 最近フェアリーシティで多発している盗難被害。その正体は、貧しい狐の家族。その長男は生きるために、食べ物をいたるところから集めていた。


「日菜ちゃん、まだ買うの?」


「だってさっきの食べ物全部盗られちゃったし、ララも何か食べたら?」


「僕は今はいいかな。それより契約する妖精動物を見つけないと……」


 契約者はいまだ見つからない。お店の者に話を聞くも、最近契約をした動物はいないという。そんなララたちに、再び影が忍び寄る。


「誰かー、助けてー、お願いだよお」


 またどこからか声がする。ララは近くの路地裏に小さなうさぎを目にする。


「君、さっきも僕たちの前に……」


「ララ! 何してるの!」


 暗闇からの手に、ララは即座に反応してその手を掴んだ。


「もう盗らせないよ」


「うわ……!」


 手を引っ張るとボロボロの服を着た狐の姿があった。


「君、僕を騙して食べ物盗ろうとしたでしょ」


「違う、どうしてもお腹が空いて、ゆ、許してよ」


 こういう訴えに、ララはとても弱い。涙目で訴えかける狐に、これ以上は何も言えなかった。


「うーん、分かったよ。もうやっちゃだめだよ」


「あ、ありがとう!」


 立ち去ろうとする狐、その前に、ララが持っていた食べ物をさっと奪い去っていった。


「あ! ちょっと!」


「ララ、また盗られちゃったの?」


「ごめん……」


「よし、また買い直し!」


「またー!?」


 三回目のショッピングが始まってしまった。狐はまた食べ物を手に入れ、兄妹に分け与えていた。


「にいに、きょうはごはんいっぱいだね」


「ああ、優しい人がいてね、その人がたくさんくれるんだ」


 もちろん本当のことは言えない。長男はまた街に出かけて行った。この街には見えない場所で貧しい者が多く暮らしている。それを知る者は少ない。


「ララ、今度は盗られないでよ」


「もうさすがに大丈夫だって」


「契約してくれる動物もちゃんと見つけないと」


「それは日菜ちゃんもね」


 懲りない狐は、三度目もララたちに近づいていた。


「助けてー、助けてよー」


 路地裏には小さなうさぎ。よく見るとぬいぐるみのようだ。


「もう騙されないよ。何回も僕たちから食べ物を盗って、ダメじゃないか」


「ちっ、なんだよう、お腹が空いてるんだ、少しぐらい恵んでくれたっていいだろ?」


「私たちの食べ物だよ。勝手に盗っちゃだめだよ」


 さすがにこちらもバカではない。ララと日菜は狐を諭す。


「僕たちは何回もあげたでしょ。君、名前は?」


「名前なんかない。あったとしても教えねえよ」


「何か困ってるなら僕たちが力になるよ」


「うるせえ、いいから食べ物を……」


「にいに? なにしてるの?」


 狐の兄妹の一匹がこっそりついてきていた。兄の姿を見て首をかしげている。


「ミコ、ついてきちゃだめだって言ったろ」


「だって、にいにが……」


「その子は妹ちゃん? 僕たちに何か用かな」


「にいに、このひとたちは?」


「僕たちは妖精だよ。パートナーを探してるんだ」


「ようせいさん? にいに、ごはん、このひとたちからもらってたの?」


「あ、ああ、この人たちは、優しい人たちだから……」


 兄狐は口をもごもごしている。ミコに噓がバレないかそわそわしている。


「そういうことね。僕、君のお兄さんに用事があるから、少し借りてもいいかな?」


「う、うん」


「よし、交渉成立だね」


 ララは早速兄狐に話をする。


「僕たち今契約してくれるパートナーを探してるんだ。君、妹ちゃんに本当のこと話さないであげるから、僕と契約してくれない?」


「なんでお前なんかと」


「じゃあ、君を泥棒として連れて行かなきゃならない」


「わ、分かった! でも、妹はどうなるんだ。他の兄妹たちも俺がいなきゃ生きていけない」


「僕が知り合いに言ってみるよ。それで安心でしょ?」


 狐はしばらく考える。少しの沈黙の後、やっと口を開いた。


「契約って、どうしたらいいんだ」


 利害が一致したララたちは教会へと向かった。日菜は契約が終わるまで妹狐たちの面倒を見ることになった。


「ララ様、契約する妖精動物を見つけたのですね」


「うん。その前にお願いがあるんだ。この教会で雇ってほしい子たちがいるんだけど」


「それはありがたいお話です。今教会は働き手が少なくて困っていたのですよ。その方たちはどちらにいらっしゃるのですか?」


「外に連れてきているよ。日菜ちゃんと一緒にいるからすぐわかると思う」


「分かりました。我はその方たちを迎えに行ってまいります。契約はそちらの窓口で手続きすればできますよ」


 パトラは妹狐たちを迎えに行き、兄狐は驚いていた。


「お仕事があったら生きていける。これで大丈夫だね」


「あ、ありがとう……」


 ララと狐は窓口へと向かい、契約の旨を伝える。


「では、こちらの天秤に乗ってください」


 窓口の動物の言う通りにララと狐は天秤に乗った。


「あなたたちの名前を教えてください」


「僕はララ。そういえば、君の名前、まだ聞いてなかったね」


「俺は本当に名前がないんだ。お前が付けてくれよ」


「そうなんだね。じゃあ、君は今日から『キー』だ。僕たちの助けになる鍵だよ」


 ララと狐のキーはいよいよ契約を結ぶ。


「ララ様、キー様、お互いの名のもとに契約を交わします、よろしいですか?」


「「はい」」


 ララの手の甲とキーの尻尾に紋章が刻まれ、契約は成立した。ちょうどパトラたちが戻ってきた。


「契約は終了したみたいですね、おめでとうございます。人間界に戻られますか?」


「うん、またお願いしていいかな。日菜ちゃんも準備はいい?」


「お土産も持ったし、私は今回契約できなかったけど、トトが待ってるから、大丈夫だよ」


「では扉を開きます。主様をお願いしますね」


 教会の床に紋章が現れ、ララ、日菜、キーは光に包まれた。目の前の光景は日菜の部屋に戻っていて、トトがベッドで寝ていた。


「やった、戻ってこれたよ、ララ」


「よし、次はキー、君にやってもらいたいことがある」


「ララたちは恩人だから、何でもやってやるよ」


 ベッドで眠り続けるトトの説明、魔力消滅症候群の詳細、病気を治すための薬の材料の説明、ララは事細かくキーに話した。


「分かった、妖精界に行ってその材料を取ってきたらいいんだな?」


「うん。僕たちは人間界を離れられない、キーにしか頼めないんだ」


「了解したぜご主人様。妖精界の入り口に、俺を案内してくれ」


 いつもの森に到着したララたち。木の幹の穴を指さし、ララはキーに指示をする。


「ここから入ればフェアリーランド近くの草原に出る。薬の材料は森の中にあるはずだから、くまなく探してほしい」


「分かった。じゃあ、行ってくるよ」


 キーは勢いよく木の幹に飛び込んだ。妖精界と人間界の時間軸は違う。あちらの一日はこちらの一時間。人間界の時間軸で考えれば一日もかからずキーは帰ってくると予想される。


「無事に戻ってきてくれるかな」


「大丈夫だよ日菜ちゃん。キーはきっとあいつらを騙せるはずさ」


 キーには狐特有の能力がいくつか備わっている。パトラのように魔法などは得意ではないが、隠密行動、欺く力がとても優れている。


「いたいた、ララ、日菜」


「コノハ、病院は大丈夫だった?」


「うん、特に悪化はしてないみたい。妖精動物は契約できた?」


「今送り出したところだよ。コノハ姉ちゃんも元気そうでよかった」


「これで兄ちゃんが助かるんだ。無事を祈ろう」


 事は動き出した。三人はキーの帰りをおとなしく待つのだった。

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