嫌味な着物

増田朋美

嫌味な着物

その日は、寒い一日で、雨が降って寒いなとみんなどこかで言っているのであった。でも、晴れれば4月並みとか5月並みとか言われて暑いくらいである。その極端から極端へ、気候だけではなく、他のものや人間の精神にも現れるようなのだ。なんだか時代に合わせてどうのと考えていれば、ものが劣化する原因にもなるし、かといって、誰にも合わせないで孤高の伝統を守り続けるという姿勢では、通用しないことも多い。

杉ちゃんたちは、いつも通り製鉄所で、ご飯の支度をしたり、床掃除をしたりしていた。しばらくして、

「こんにちは。右城くんいる?杉ちゃんもちょっと相談に乗って欲しいの。」

と、サザエさんの花沢さんの声によくにた女性の声がした。

「はまじさんだ。」

杉ちゃんが言うと、

「そのようですね。」

水穂さんは、よいしょと言って布団の上におきた。もう布団に起きるのもしんどいなと言う顔であったが、浜島咲の方は、どんどん入ってきてしまって、その花沢さんの声によくにた声で、こう挨拶するのであった。

「あら、右城くん、相変わらず紙みたいに白い顔してんのね。まあ、いずれにしても、明治とか、大正時代ではないんだし、すぐに元気になれるわよ。」

本当は、そういうわけではないと、杉ちゃんが訂正しようとするが、それと同時にもう一人の女性が入ってくる。水穂さんは、目を丸くした。その女性が着用していたのが、赤に白い薔薇柄の銘仙の着物だったからだ。

「あらまあ、すごいもんだなあ。銘仙の着物に、半幅帯か。これで、どこへ出かけていったんだよ。」

杉ちゃんが言うと、

「これで、会社の創立100周年記念パーティーに行ったんですって。それで社長さんに叱られてしまったらしい。どこが悪いか、ちゃんとあなた達ならわかるかなと思って。」

と、咲が状況を説明した。杉ちゃんがとりあえず、

「えーと、お前さんの名前と商売は?」

と、聞いた。

「はい。杉山ともうします。杉山亜希子です。商売というか職業は、竹中印刷に勤めています。」

と、銘仙の着物の女性は答える。

「杉山さんね。それで、今日会社が、100周年記念パーティーだったの?」

杉ちゃんが聞くと、杉山亜希子さんは、ハイと答えた。

「そうなんです。フジグランドホテルでパーティーがありました。」

「それでドレスコード指定とか、そういうものがあったのでは?」

杉ちゃんがまた聞くと、

「はい。100周年記念パーティーということで、社長から振袖で来てくれと指示がありました。でも私は、見ての通りもう35だから無理だといいますと、社長の奥様が、小振袖ならいいのではないかと言ってくれたんです。小振袖は、袖が、腰まである着物だと本で調べて、通販でこの着物を買いまして、それでパーティーへいったのですが。」

と、彼女は、詳しく状況を話してくれた。

「そうなんだねえ。袖が長いから、銘仙の着物を、小振袖と間違えたんだね。それは大変な間違いだぞ。銘仙と小振袖では偉い違いだ。」

杉ちゃんはでかい声で言った。

「呉服屋さんで買うんだったら、これはパーティーには着てはいけないとか、注意してくれるはずなんですけど、通信販売ではそれもないですからね。便利なようで実は、意味がないのかもしれないですね。」

水穂さんは、大きなため息を付いた。

「しかも半幅帯ときてる。パーティーとかそういうときは、袋帯や丸帯を締めるのが殆どで、半幅帯は使わないよ。」

「まあ杉ちゃんそう言うけどさ。帯結びの難しさって、それもわかるでしょう。あたしだってそれで随分苦労したのよ。幸い、作り帯の作り方、杉ちゃんが教えてくれたから、それでなんとかなったけど、それを教えてもらえない人は、こうなっちゃうわよ。」

杉ちゃんがそう言うと、咲が、杉山亜希子さんを養護するように言った。

「そういうことだったら、リサイクルとかで袋帯や丸帯を買って、業者に持っていくか、最近は作り帯の本も販売されているよ。」

杉ちゃんが言うと、

「だけどさあ、作り帯の本だってなかなか売ってないし。それなら、出来合いの作り帯を買っちゃうのが早いわよ。」

咲がすぐ反発した。

「そうだけど、礼装するときは、キラキラ金銀ガッツリの袋帯や丸帯を締めるのがお決まりなの。まあ、今回はまずかったねえ。社長さんとしてみれば、きっと、振袖を着てほしかったんだろうし。社長さんを、怒らせてしまって。」

「そうなんです。私の会社は、従業員数も少ない小さな会社なので、社長と距離が近いのです。だから、社長から直に用事を言われることも多いのです。」

杉ちゃんがそう言うと、杉山さんはすぐに言った。

「そうですか。まあ、中小企業というか、そういうところでは、すぐに社長さんと仲良くなれるのはわかるんですが、しかし、銘仙の着物で印刷会社の100周年記念パーティーに出るというのは、ちょっと、不謹慎です。だから、社長さんにすぐ謝罪をして、申し訳なかったときちんと話してください。」

水穂さんが、彼女に言った。

「でもさあ、着物を着ること自体がすでに礼装であるという本だっていっぱいあるじゃないの。そこを評価されてもいいと思うんだけどなあ。だって着物着てる人なんて、そうはいないからさあ。」

咲は、杉ちゃんにそういったのであるが、

「でも、やっぱり格が低い着物を着るというのは、相手の人にしてみれば、嫌だななってなるよ。ましてや銘仙の着物というのは、身分差別を受けてきた人の着物として名高いわけだから、人を馬鹿にするなって怒る人もいるだろうね。お琴とか、お花とか、そういうものを習っている人だったら、もっと怒られても仕方ないや。まあ、会社を首にならないで良かったと思ってさ。社長さんにちゃんと謝れよ。」

杉ちゃんが、そう説明してくれたので、亜希子さんはやっと、

「じゃあ私が着ていた着物は、いけない着物なんですか?」

とわかってくれたようであった。

「行けないというか、昔は身分差別がすごかったからねえ。例えば、職業や配偶者のあり無しで、着物を着分けることはよくあるんだよ。例えば紬は、お百姓さんの野良着として有名で、羽二重は、上流階級の人の着物。その中で銘仙は、新平民と言われた人が、日常的に着ていたお着物だ。」

「あーあ、杉ちゃんやっと言ってくれた。これをさ、言ってくれる人が全くいないのよ。それなのに道路に出るたびに、銘仙の着物なんて嫌だとか、着ては行けないとか、部屋着としか価値がないとか、そう言われっぱなしで、理由が全くわからないままなのよ。全く、教えてくれないで、お年寄りたちは、一方的なことばっかり言うのよねえ。」

杉ちゃんがそう言うと咲がすぐに言った。

「まあ、そうだろうね。でもさ、こういうことをざっくばらんに言ったら、本当にその身分に該当するやつが可哀想じゃないか。だから、本当のことは言えないんだと思うよ。それでみんな行けないいけないしか言わないんだと思う。」

「そうかあ。本当のことを言うときは、誰でも皆一人ぼっちなのね。」

咲は杉ちゃんの話にすぐわかってくれたようであるが、

「それでは、なんで、この着物が、1000円で買えたんでしょうか?」

と、亜希子さんは言った。

「おそらく需要がないからだろうね。着物自体、使い道がなくて困っているというのに、銘仙は、さらに使い道がないだろう。もともと、外出着には使えないというのがお決まりだからね。そういうわけだから、銘仙の着物で、パーティーなんて言うのは言語道断だったんだよ。わかる?」

杉ちゃんがそう説明するが、亜希子さんはまだ疑問があるようで、

「それでも、これ、華やかと言いますか、可愛い感じがするから、華やかに着ていけるのかなと思ってしまいました。」

と言った。

「まあ、とんだ勘違いだな。華やかではあるけれど、パーティーウェアにはならないんだよ。洋服では、派手な花がらとかそういうものは、礼装として使えるけどさ。着物は派手だから何でも礼装になるかということはない。それに袖が長いからと言って、小振袖とは言えない。小振袖と言えるためには、袖の丸みの多い、元禄袖でなければだめなんだよ。」

杉ちゃんは和裁屋らしく事情を説明した。

「そうなんですね。あたしは、何も知りませんでした。それでは、これは外出着としても使えないということですか。」

亜希子さんがそう言うと、

「そういうこったな。まあ、これからもし、パーティーに招かれるようなことがあれば、ちゃんと、正絹の着物を買うといいよ。正絹の着物だって今は数千円で買えるからね。」

と、杉ちゃんはカラカラと笑った。

「杉ちゃんが、そういうんだったら、まあ間違いないわね。でもねえ、もう少し、着物を着たことを高く評価してもいいと思うのよ。間違えちゃったのは確かにいけないことかもしれないけど、それを、いけないって、押し付けちゃうのはどうかしら?」

咲は、杉ちゃんの話にそういって反論した。

「いいんですよ浜島さん。私が間違えたのがいけないんだから。理由がはっきりわかったから良かったじゃないですか。だって、そんな着物の黒歴史を教えてくれる本もウェブサイトもなかったんですよ。だからあたしはまだ良かったと思わないと。」

杉山亜希子さんが、そう言うと、

「とにかく、銘仙の着物を、一般の人が着るのは、高齢者から批判されるリスクが高いので辞めてください。僕らとしては、僕らがされてきたよ、」

水穂さんがそこまでいいかけて、布団の上に倒れ込んでしまった。もう疲れてしまったのだろう。杉ちゃんが、こんなときに何をやってらと、呆れた顔をして水穂さんの背中を擦った。水穂さんは咳き込んでしまう。咲が、

「もう右城くんたら、ちゃんと、お医者さんに見てもらってよ。これからもこうして相談に来ることはいっぱいあるからあ。」

といいながら水穂さんに掛けふとんをかけてやるが、それに応答することはできなかった。

「とにかく社長にはしっかり謝ります。あたしをこんなことで辞めさせないでくれた社長に感謝しなければなりませんね。」

杉山亜希子さんは納得してくれたようであった。咲は、そうかあと一言だけ言っただけだった。

咲と、杉山亜希子さんが来訪してから数日後。

「こんにちは。」

と、また製鉄所に咲と、杉山亜希子さんがやってきた。

「先日はありがとうございました。社長には、ちゃんと謝りました。社長の話によりますと、先代が会社を大きくしたときにすごく苦労したそうで、その時、銘仙の着物と着ていた連中とは同じにならないと誓っていたそうなんです。その息子さんであった社長はすごく怒ってしまったそうです。」

亜希子さんはそう話してくれた。水穂さんは、先程えらく咳き込んでしまっていて動けないので、杉ちゃんがその話を聞いた。

「うんまあ、人間は確かにどっかでこいつよりはまだマシだという犠牲者を見つけないといきていけないっていうからねえ。」

「ごめんなさい。あのとき倒れてしまった方が、あのあと何をいいたかったか私には、わからなかったんですけど、社長が話してくれたので、そういう人がいたんだなってことがわかりました。だから、銘仙の着物というのは、そういう人が、着ていたんですね。」

亜希子さんは、申し訳無さそうに言った。

「まあ、わかってくれたのかなあ?」

と、杉ちゃんが言った。

「社長さんの主張だってわからないわけじゃないよ。そうすることによって、発展してきたというのなら、それは、仕方ないじゃないか。まあ、人間完全な善にも悪にもなれないってことだな。ははははは。」

「まあねえ。銘仙は、可哀想な歴史を辿ってきた着物だけど、それを敢えて着るっていうことだってあると思うけどねえ。」

咲は、杉ちゃんの話にそういうのであるが、

「ええ、社長の奥様がそう言ってました。着物は今は、珍しいものになってるし、なかなか着られる機会もないから、謝らなくたっていいって。社長は、侮辱されたみたいな感じだったけれど。」

と、亜希子さんは言った。

「まあ、それぞれ人それぞれだからなあ。一つの事実に対して、一つの答えが出ないのが人間だからさ。まあいろんなことが発生するんだろうけどね。でも正しい知識を身に着けておくのは大事だよね。」

「ええ、幸い、竹中印刷で、これからも働かせてくれるそうなので、私は、頑張ります。」

亜希子さんは杉ちゃんの話にそう話したのであった。

それと同時に。

ふすまの向こうから、男性が咳き込む声がした。

「あれまあ、また水穂さんが、やってらあ。」

杉ちゃんがそう言うと、

「一体どうしたのかしら。」

と、咲が、言った。

「まあいつものパターンだと思うけど。」

杉ちゃんが言うと、咲は、急いでふすまを開けた。水穂さんは布団の上に寝ているが、エビのように体を丸めて、布団の中で咳き込んでいた。咳き込むのと同時に、水穂さんの口元から、朱肉のような赤い液体が漏れてきた。

「どうしよう。病院に連れて行ったほうがいいのでしょうけど。」

咲が、そういうのであるが、

「いやあ、そいつは無理だねえ。まあ、病院に連れて行ったら、家の病院にこんなやつを連れてきて、病院のメンツが潰れるって言われてたらい回しにされるのが落ちでしょうからね。」

杉ちゃんが事情を話した。

「確かにその通りだわ。」

咲も、そのとおりだと思った。

「とりあえず、薬飲ませて様子を見るしかないか。それで、なんとかならなかったら、柳沢先生に来てもらう。それしかない。」

杉ちゃんに言われて、咲もそうねと言った。咲は、急いで枕元にあった水のみを、水穂さんの口元へ持っていき、中身を水穂さんに飲ませて。あとは背中を擦ってやった。いつもならこれで数分で止まるのであるが、その日は、咳き込むのはおさまらなかった。

「しょうがないな。柳沢先生の電話番号は?」

と、咲が言うと、

「確か引き出しの中に名刺入ってる。」

杉ちゃんが言った。咲は、わかったと言って、布団の直ぐ側にあった、タンスの引き出しを開けてみた。引き出しの中には着物が入っている。しかしそこには正絹の着物はなくて、銘仙の着物ばかり入っていた。男性ものには花がらは珍しいが、大きな花を入れた銘仙や、矢羽模様とか、井桁模様とか、そういうものを入れた銘仙の着物。それをみた、亜希子さんは、なにか感じ取ってくれたらしく、表情が変わっていた。

「あああった。これこれ。えーと、ちょっと待って、番号は090、、、。」

咲は柳沢先生の名刺を取り出して、すぐに電話をかけ始めた。二言三言交わして、

「すぐ来てくれるってさ。近くに住んでる先生で良かったわ。」

と言って、電話を切った。

数分後に柳沢先生が来てくれた。まだ咳をし続けている水穂さんを見て、柳沢先生はちょっとまっててといった。そして持っていた重箱から、粉薬を3つ取り出して、小さなすり鉢の中に入れそれをゴリゴリとすりこ木で擦り、その擦ったものを、急須の中に入れてお湯で煎じて、水穂さんにその煎じた液体を飲むようにといった。咲は、水穂さんを布団の上に起き上がらせようとするが、

「あたしが支えます。」

と、亜希子さんが水穂さんの背中を支えた。その表情はとてもしっかりしていて、今までとは違ってきたようだ。咲は、煎じた薬を湯呑みに入れて、水穂さんの口元へ持っていく。咳き込みながらも水穂さんはどうにかこうにか薬を飲んでくれた。それを飲むと、数分間は咳き込んだままだったが、やがてそれも静かになって、水穂さんは眠りだしてくれたのであった。

亜希子さんは、水穂さんを布団に横にならせてやり、掛ふとんをかけてやった。周りは、漢方薬特有の臭い匂いで充満していたが、亜希子さんはそれを嫌だともいわなかった。

「どうもありがとうございました。先生みたいな、理解ある人がいてくれなかったら、今どうなっていたかわかりません。水穂さんは、まだまだここで必要な人だし、今ここで逝かれたら困る。」

杉ちゃんがそう言うと、

「いやあ、単に、鎮血の薬出しただけですよ。」

と柳沢先生が言った。

「でもあたしたちにはできないことだし、それに現在の医学従事者だってできやしないんじゃないの?」

咲が、明るくそう言うと、

「本当は医療従事者ってのは誰でも公平にやらなくちゃいけないって、偉いやつがそう言ってるけど、大体の医療関係者は自分のことだけで育ってるから、水穂さんみたいな人は見向きもしないよ。」

と、杉ちゃんが言った。

「確かにそのとおりですよね。こないだ社長が言ってたことを思い出します。先代が、銘仙の着物を着ている人には負けたくないって言う一心でやってきたって言う話。そういう人が、病院に来たら、診察する気はなくなるっていうのも、わかる気がします。」

亜希子さんが水穂さんを見つめていった。

「そうですね。どこの世界でもそれは同じですよ。どこの国でも似たような扱いを受ける民族は必ずいます。例えば、第二次世界大戦ではホロコーストがありましたし、今でも、そういう民族を抱えている国家は山ほどある。」

柳沢先生が、年寄らしく言った。年寄は、こういう過去のことをよく知っている。単に過去にこうだっただけではなく、こうだったからこうしようと提案できるのが年寄りの特権と言えるだろう。

「そうですね。日本にもそういう人がいるんだなってことを、銘仙の着物を通して教えてもらいました。あたし、まだまだ知らないことが多すぎます。これからも、もっと勉強して、きちんと歴史を知っていきたいと思います。」

亜希子さんが納得した顔でそう言うと、

「そうそう。体験して初めて身につくんだよな。ただ机の上で試験の点数だけ追っているという勉強の仕方では何もならないよ。だから学校は百害あって一利なし。」

と、杉ちゃんがでかい声で言った。それはそのとおりだなと、亜希子さんは思った。きっとこの世界では、まだまだ自分には知らないことが山程あるのだろう。そういうことを教えてもらわないと、自分自身も、成長していかないんだと言うことであった。

暖かい南の風が吹いていた。もう、桜がそろそろ咲いて、春になるのだとわかった。

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嫌味な着物 増田朋美 @masubuchi4996

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