『最愛の姉×姉の推しアイドル』なんて考えられない

いぎたないみらい

姉過激派

「葵。テレビを占領しないでくれ。葵」

「お父さん、ちょっと静かにして」

「………………」


 訴えも虚しく、あまりにも真剣すぎる姉の一刀両断な一声に思わず黙ってしまう父。

 すぐ後ろにソファーがあるにもかかわらず、テレビのど真ん前に綺麗な正座で座る姉。

 その隣に姉によって強制的に座らされた弟が、小さく父に声をかける。


「ごめん、父さん。『frostar』の出番終わるまで待って」



 ―――今話題の男性アイドルグループ『frostar』。


 彼らが元々、メン地下〈男性の地下アイドル〉だったことはファンの間では常識である。


 とある曲をきっかけにSNSで話題となり、その歌声とダンス。そして、動画配信サイトで見られるメンバー同士の仲の良さに魅了され、ファンが爆増。今ではコンサートのチケットは即完売、グッズは在庫がなくなる程の勢いである。



 我が姉・葵は、そんな『frostar』の古参ファン。



 出会いは叔父が経営するライブハウス。葵姉さんと俺は音楽が好きで、叔父のライブハウスに入り浸り、多種多様な歌手や奏者の曲を聴いていた。


 観客0の中、懸命に歌い踊り舞う姿に、笑顔を絶やさずアイドルをする姿に姉さんはオチた。


 姉さんが『frostar』を推し続けて早12年。現在はもはや、ファンというより親目線で応援している。



 だが、葵姉さんが彼らを推し始めてから2年目。事件は起きた。


「………~~~っあの!」


 推し愛が堪え切れなくなった姉さんは『frostar』がステージを終えた直後、声をあげた。


「好きです!いつも応援してます!」

「………へっ…!あっ。あ、りがとうございましゅっ…………!っ~~~~~!!!!」

「!……わあ。ありがとう!いつも見てくれてる子だよね?僕、八雲文作って言います。よろしくね~!」

「お、おい!何、抜けがけしてやがんだ………!」

「私は狩野菖です。我々の歌をいつも聴いてくださってありがとうございます。今後の応援も、期待してます」

「…よければ、握手しない…?」

「えっ!い、いいんですか…?おっ、お願いしますっっ……!」


 姉さんの声援に頬や耳を赤くする『frostar』。

 突然のことに噛むメンバー。姉さんにアピるメンバー。それに慌てるメンバー。負けず劣らずアピるメンバー。ちゃっかりファンサで意識させるメンバー。

 いずれも(姉さんも含め)盛大に顔を赤らめていた。


 それを見た俺は天啓にうたれた。



 ――――絶対にこいつらと姉さんの距離を「推しとファン」に留めなければ………………!



葵姉さんは14、俺は11の時の事である。


 それ以来、俺は姉さんの推し活に付き合い続けた(元々付き合わされてはいた)。

『frostar』のステージがあれば必ず出向き、握手会があればそれにも(嫌々)参加、グッズやCDが出れば5つは必ず買った。



葵姉さんが推し活を始めて8年目。


元々曲作りが趣味だった俺は、叔父のライブハウスが閉まっている時に設備を借りて、好きな曲を流したり、適当に演奏したりして遊んでいた。



―――運が悪かった。



その日の前夜、姉さんから『frostar』のイメージソングを作って欲しいと頼まれていた。


姉さんにだけ聴かせるなら、と、最高のものにしたかった。


『frostar』はその日、偶然ライブハウスの近くを通りかかり、外で煙草を吸っていた叔父に挨拶をしていた。


叔父はこの頃、内装を少し変えようと考えていて、意見を聞くために彼らをライブハウス内へ迎え入れた。


『frostar』が入って来たとき、俺は完成した『frostar』のイメージソングを試しに演奏してみていた。



俺の曲は彼らに聴かれてしまい、歌ってもいいかと問われた。

葵姉さんに曲を聴かせ、その話をすると熱狂的に推され、叔父からも応援され、次のステージの時に歌ってもらった。


これがまさかの好印象・高評価。


SNS用に手を加え、『frostar』公式アカウントで投稿するとこれがどうして人気が出てしまった。


それをニュースで知った俺は思った。



―――こいつらが忙しければ、姉さんに手を出す暇がなくなって「推しとファン」で居続けられるのでは………………!



それ以来、俺は『frostar』に曲の提供を行っている。


それなのに…………。

コンサートやイベントで忙しいはずなのに、やつらは合間を縫って叔父のライブハウスで公演をしては握手会を開き、姉さんとの接触を図っている。


幸い葵姉さんは、彼らの好意に気付いていない。



姉さんが『frostar』以外の(俺が認められる)男と結婚するまで俺の苦労は終わらない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『最愛の姉×姉の推しアイドル』なんて考えられない いぎたないみらい @praraika

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ