第1.6話仲直り

 篝火に入って麗華に会いに行く。

 陽翔は屋敷に戻ってすぐ麗華に部屋に会いに行った。麗華は一人でキッチンに降り、一人で紅茶を作りながら何かをずっと考え込んでいるようだった。

「ねえ、麗華さん! 話聞かせてよ!」

 陽翔が話しかけると麗華は目を見開いて驚いたような表情をして、すぐに睨みつけてくる。

 まるで喧嘩の原因は陽翔にあると言ってくるかのようだった。

「うるさいわよ。あなたに話すことなんて何もないわ」

「どうして水琴ちゃんを首になんてしたんだ? あの子を解雇する意味が分からない」

「黙ってて、私はこの館の主よ。誰にどんな理不尽を働いてもいいの!」

「そんなわけないだろ。あの子は高校にも行ってないんだ。この館を追放されたら就職もろくに働ける場所はないだろ。人生の責任くらいとってあげたらどうなんだ? 水琴ちゃんが可哀そうだろ?」

「あんたさっきから水琴ちゃん、水琴ちゃんって馴れ馴れしいのよ。まだ出会って一か月も経ってないのに」

「別にそれは問題ないだろ? 水琴ちゃんからそう呼んでくださいって言われてただけだし」

「はあ? そう言うところが嫌いなのよ! バイトなんだから偉そうにしないで!」

「偉そうって、名前を読んだだけで偉そうなんてそんなわけないだろ?」

「もうなんで誰も私の気持ちを分かってくれないのよ」

 それはまるで助けてほしいというサインなのかもしれない。

 麗華は人づきあいが苦手で自分の気持ちをうまく言葉に出来てないかもしれない。

 陽翔は冷静になる。

「……」

「麗華さん、ゴメン。俺、頭に血が上って正しいって思うことしか言えてなかったと思う。でも違うよね。きっと麗華さんにも嫌なことがあって首にしたんでしょ? まずは俺にそれを教えてくれないか?」

「あなたに?」

「そう。俺には理解できないことかもしれないけど、誰かに自分の気持ちを話してみるだけで楽になるかもしれないよ。とにかく言ってみてくれ」

 その言葉が響いたのかもしれない。

 麗華はぽつぽつと自分のことを語り始めてくれた。

「……昔から私には水琴しか友達がいなかったの。友達がいなかったというか同年代の女の子が水琴しかいなかったわ。私、箱入り娘みたいな感じでずっと家に居たから。だから、水琴と私はずっと友達だったの」

 麗華は「だから人とのかかわり方が分からなくなったのかもね?」と付け足す。

「父親や母親もちょっとあれな人で、私には支配する一般市民と仲良くする必要はないっていって、私が他の同年代の友達が話そうとするたびに妨害するような人だったの」

 一般市民。支配。

 そんな言葉を子供のころから植え付けられていたとしたら、陽翔だってどういう風に育つは定かではない。

 それをずっと受け続けてきたのだ。

 今の麗華が歪んでいるのだって不思議ではない。

「だからこそ、今の私が自分より劣っている人間とは会話をすることができないなんてひねくれた人間に成ってしまったわ。そう言う風に育てられたから唯一対等に会話することが許されたのが水琴だけだったの」

 きっと麗華にとって唯一の癒しの存在だったことは容易に想像がつく。

「私にとって水琴は唯一絶対親友だったわ。きっと水琴の方も私と同じように思ってくれてるってずっと思ってた。休み時間は一緒に居たし、学校では常に私が水琴を引き連れて動き回ってた」

「そんなこんなで小学校を卒業して、中学校に上がってからもずっとそうだった。水琴はずっと私と一緒に居ようとしたし、事実休み時間とかはわざわざ私のクラスに来て一緒に居た。だからこそ、一人でいても、多少孤立しても寂しくなかったわ」

「そこで疑問が浮かんだの。水琴は私が高校に入学した後一人で中学校にいることになるけど、その間どうしてるんだろうって?」

「水琴ちゃんが高校に入学するまでの一年間が気になってたのか?」

 たしかに麗華は高校二年生で、陽翔と水琴は同学年で高校一年生である。

「そうよ。一年間だけ、私から離れる時間があるけど、その間はどうやって過ごしてるんだろうって思って、一回見に行ったの。そしたら、なんだかんだ友達と仲良く過ごしていたわ」

「私にはそれがどうしようもなく嫌だった。だから彼女に高校に進学してほしくないなって思ったの。たまたま拝藤家の方針で中学を卒業したらメイド業として働かせるっていうのがあったから私の願望に合致して彼女は高校には進学しなかった。一回だけ、高校に進学させるかどうか相談されたことがあるけど、私は進学させた方が良いって言えなかったわ」

「つかの間の平穏が訪れたと思った」

 麗華は神妙な面持ちで話し始める。

「だけど、あなたがこの館に来て変わった。水琴が勝手にこの館に連れてきた異分子。本来館にはいないはずの人間。そんなあなたがどんどん水琴と仲良くなるの。最初は水琴さんってよそよそしい呼び方だったのに、いつの間にかちゃん呼びに変わってたし、二人でよく密会して、楽しそうな笑い声が聞こえてくるようになった」

「私とだけ友達だったはずの水琴が貴方ともどんどん仲良くなっていったの。私には水琴しかいないのに、水琴には私以外がいる。その状況に我慢できなかった」

「そっか。辛かったんだね」

 陽翔は「やっぱり俺のせいだったのか」と心の中で思う。

「些細なことでカチンときて、いきなりあの子を首にしちゃった。絶対間違いだったって気づいてるけど、今更どうにもできない」

「大丈夫だよ。水琴ちゃんもきっと許してくれる。今の気持ちを全部吐き出せばいい。まだきっとやり直せるよ」

「本当に?」

「大丈夫」

「はい、大丈夫ですよ。私も麗華様とやり直したいと思っております」

 その時、キッチンの後ろの方から聞きなれた声が聞こえてきた。

 完璧メイド・水琴の声だ。

「水琴? いつの間に? というか聞いてたの?」

「水琴ちゃん?」

「はい、実は先ほど家を出た陽翔様の後を追いかけておりました。館には鍵がかかっていましたがそこは完璧美少女メイド。中に入るなど造作もありません」

「さすがだね」

「はい。それよりも麗華様。今のお話を勝手に聞いていました。私も麗華様の気持ちを理解できていないところがあったのかもしれません。もっともっと慎重になるべきでした」

 あってないようなもの、紙くらい薄い落ち度だ。

 だけど、水琴はそれを真摯に謝った。

「いいのよ。あなたは悪くないじゃない。悪いのは全部私。私が勝手に怒って、理不尽なこと言ってただけだもん」

「理不尽ではありません。そう言う風に育ってきているのですから当然のわがままです」

 麗華はその言葉にすこしだけ頬を緩めた。

「本当にこのまま仲直りしてもいいの? 私、酷いこと結構言った気がするんだけど」

「いいに決まっています。完璧メイドは都合の悪いことはすぐに忘れるようにできています」

「でも、このまま行ってもまたどこかでサンとあなたの関係に嫉妬してしまうかもしれない」

「ならばいい解決策があります」

「解決策?」

 麗華と陽翔の声が重なる。

「はい、麗華様とサン様が仲良くなればいいんです。二人が親友と呼べるほどになればきっと三人がお互いに嫉妬することは無くなります。もしまた嫉妬して酷いことを言うのが怖いというのならこうしましょう」

「……本当にそれでいいの?」

「もちろんです」

「サンは、それでいいと思ってるの?」

「当たり前だろ? 友達が増えるのは大歓迎だし、そもそも俺たちは友達みたいなものだし」

「うん。ありがと」

 陽翔と水琴と麗華。

 その三人で一晩中語り明かした。

 これまであった大変なこと。辛かったこと。反省、謝罪。朝まで話し込んだ後、全員疲れて眠り込む。

 翌朝起きて、陽翔は麗華と目が合った。

「おはよう」

「おはようー」

「ねえ、サン。私たち、うまくやっていけると思う?」

「もちろんだよ。会話するだけなら水琴ちゃんとやってたみたいにすればいいだけ、他人に優しさをもって接すればいいんだよ」

 麗華はそっか、と消え入るような声で言った後、まるで勇気を決心したかのようによしっ!と手を握り込んだ。

「そっか。うん。まずはそれをやってみるね、陽翔くん?」

「え、今名前?」

 そう言って麗華はその場を離れていく。

 それを見た陽翔はやれやれと息を吐き、そして、朝食の場を向かうのだった。

第一章<了>

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全能力値999の究極美少女お嬢様に唯一足りないコミュ力を鍛えるために家庭教師として雇われた件。 タクタクさん @yamiyo010400

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