全能力値999の究極美少女お嬢様に唯一足りないコミュ力を鍛えるために家庭教師として雇われた件。
タクタクさん
第1話 誘拐
こういうことを言っても信じて貰えないだろうが、俺はついさっき誘拐されたばかりだった。
四月に入学した私立鳳凰学園はすでに一学期の修了式を終えて夏休みを迎えていた。部活をする暇もなくバイトにいそしむ貧乏学生の陽翔は一人寂しくコンビニでバイトをして少しでも学費の足しにならないかと頑張っていた。
そんなある日、コンビニに出勤しようと自転車をこいでいると人通りの少ない道で隣に黒い車がよってきてドアを開けて引っ張り中にいれられてしまった。
そして、今目覚めたばかりだ。
陽翔は今、非常に豪華な部屋のベッドに寝かされている。そして、隣にはおおよそ16歳とからへんの高校生っぽい女の子が俺の看病をいたところだ。
「おはようございます、陽翔さま。お目覚めされるのをお待ちしておりました」
彼女はぱっちりとした瞳で俺のことを懸命に看病しており、彼女の指が俺の肌に触れていると考えるとすこしドキドキしてしまう。
「メイド? なんで? というか俺はどうしてこんな豪華な部屋に?」
「その疑問ももっともでございます。今からこの完璧美少女メイド・拝藤水琴(はいとう みこと)が陽翔様の身に起こったことを説明させていただきます」
水琴と名乗った彼女は丁寧にこれまでの経緯を語ってくれた。
「まず最初にいま私と陽翔様がいる場所は大富豪・金ノ宮家が所有する豪邸・篝火でございます。篝火は代々金ノ宮一族が所有し増築を重ねてきた日本一大きな豪邸です。そして、あなたの目の前にいるのは御覧の通りこの金ノ宮家のお仕えするのにふさわしい、聡明で美しくなんでも完璧にこなせる最強メイドの水琴です。わたくしたち拝藤家は代々この篝火でメイドとしてお勤めをさせていただいております」
(この子、自信なさそうな顔をしてるのに言ってることは自信満々だ)
「それで俺、なんかいきなり車で連れ去られて誘拐されたと思うんだけど、それであってる?」
「いいえ違います」
「やっぱり誘拐されたように感じたのは夢……」
「車ではなく私の運転するリムジンでございます」
「誘拐したことは否定しないのかよ」
「事実は否定しようがありませんので」
「マッスルポーズを取らなくても良いから、なんで俺誘拐されたの?」
誘拐できたことを誇るように腕に力を入れて筋肉を見せつける水琴。そんな彼女を放っておいて次の説明を求める。
「そうですね。そこも説明しなくてはいけません。ですがそれには今代の金ノ宮家の当主様のお話をしないといけません」
「今代の当主?」
「はい、まず陽翔さまのご通学されている私立鳳凰学園。その学園に所属している金ノ宮麗華という人物はご存じでしょうか?」
「知ってるよ。学校の有名人だもん。何をやらせても完璧な点数を叩き出してくる天才だって言われてるよ」
(ちょっと、嬉しそうな顔した)
そして、少しだけ話の内容が見えてきた気がした。
たしかに学校の有名人として金ノ宮麗華の話は聞いたことがある。そして、彼女の苗字は金ノ宮。きっとその子関連の話なのだろう。
「ありがとうございます。その麗華さまは実は金ノ宮家の今代当主なのです」
「当主? あんな歳の子供が?」
「はい。先代のお父様が早くに亡くなられてしまったために、麗華様が今代を引き継ぐことになりました。しかし、ここで一つの問題が発生してしまいます。麗華様は全ての能力値が999ほどあるというのに、コミュニケーション能力の数値だけが完璧に0なのです」
「コミュ力? 0?」
そんな話や噂を聞いたことが無い。
いささか信じがたいことだった。
「陽翔様の今のお気持ちはよく理解できます。麗華様のそんな噂は聞いたことが無いでしょう? しかし、そのような麗華さまが対人スキルが0に近いという噂を私共完璧メイドが隠蔽しているため外にバレていないという状況にすぎません」
「マジか……」
「はい、しかし金ノ宮家の当主としていろいろな場所でコミニケーションをする必要があります。そのためお嬢様のコミニケーション能力を向上させるための訓練をしてもらうことにしました」
「訓練?」
「はい、それこそが陽翔さまを誘拐した理由。陽翔様にはうちの麗華の家庭教師になってコミニケーション能力を鍛えていただきたいのです」
「家庭教師?!」
「はい。貴方様には麗華様の家庭教師になっていただきたいのです! 家庭教師として住み込みのこの屋敷で働いてもらいます。もちろん給料もお支払いいたします。陽翔さまはお金が足りないんですよね? これはチャンスですよ」
「本当に? 麗華さんは美人で頭が良くて運動神経抜群で絵も描けてピアノも弾けるみたいなことしか聞いたことが無いからコミュ力がないなんてうまく信じられないよ」
「はい、そうですよね。そのため、実際に本物の麗華さまとご対面された方が速いと思います。そこの大きな扉にご注目ください」
その瞬間。
厳かな雰囲気を纏った扉が重い腰を上げるように開いた。
そして、中から一人の少女が空中に浮かぶ椅子に座りながら堂々とこの部屋の中に入場してくる。
「は? 浮いてる? 椅子ごと浮いてる?」
「おはよう、水琴。それと名前も知らない一般人さん」
その少女はまさしく着飾った顔をしている。
豪華な顔立ちでスンと通った鼻筋、大きいのに、切れ長になっている瞳。そのどれもが完璧な配置で置かれており美しいとしか言いようがない。
身長も相応に高く、170近くはありそうだ。
まさしく芸能人のような完璧な美少女である。
彼女は噂の金ノ宮麗華。
今代の金ノ宮家の当主様だ。
「おはようございます、麗華さま。すでに朝食の準備を整えておりますのでいつもの部屋に集合してください」
「分かったはありがとう。それでそこの男の子は何? もしかして、前に貴方が話していた男の子?」
「はい。この人が麗華様の家庭教師になるべくして私が誘拐してきた男の子です。麗華様のお眼鏡にかなうと思いました」
水琴がそう言うと麗華は陽翔の顔をジーッと見て観察を始める。
「ふーん。なんだかぴんと来ない男ね。冴えないってほどではないけど、めっちゃイケメンってほどでもない。なんて言うのかしら。性格が明るければ女の子に人気が出るけど、暗かったら、キモいって言われるそんなレベルの男ね」
麗華は陽翔を一瞥した後、挑戦的な瞳で見つめてきた。実に失礼な言葉を本人の前で吐いたにしてはけろっとしている彼女の姿を見て陽翔は「なんだこいつ」と思わず言いそうになった。
「それであなた、名前は? 名前を教えて?」
「俺は、陽翔です。鳳凰高校一年生の陽翔」
「陽翔。悪くない名前ね。だけど、名前に比べて本体が見劣りするわ。これからはサンと呼びましょう。あなたに漢字は豪華すぎるもの」
「え?」
自分が何を言われたのかが理解できなく、思考がフリーズしてしまった。
「よし、サン。あなたが私の家庭教師になるということをすでに聞いているわ。でも、申し訳ないけど私は自分よりも劣っている人間のいうことを聞く気はないの。だから、あなたの言うことは聞かない。貴方から学ぶことは何もないわ」
「でもまだ俺のことほとんど知りませんよね?」
「だからこそよ。ある程度学校で過ごしてきて女子の噂にもならない男なんて大した能力がないことの証明じゃない」
「……(なんも言い返せねえ)」
「ただまあ、あなたにも時間を割いて手伝ってくれているからせいぜいあなたの心を壊すのはやめてあげる。あなたの仕事の邪魔はしないわ。内容も聞かないけどね」
「では麗華様。朝食を食べましょう。朝食は活力の源ですからね」
「うん! 分かったわ」
そう言って、麗華は奥の部屋に入って行ってしまった。
「大変でしたね、サン様」
「ちょっと、なんで水琴ちゃんまで俺のことサンって呼んでるの? やめて、陽翔って呼んで?」
「申し訳ありません。麗華様のつけたあだ名はこの屋敷では絶対です。これからはサン様と呼ばさせていただきます」
「はあぁぁぁぁー。これからどうなるんだ?」
「ご安心ください。心配されるサン様の気持ちを重々理解できます。そのため、私が完璧な補佐をしてまいりますので頑張っていきましょう。給料は月に8万円ほどお渡しいたします。衣食住付きですので安心してください」
「分かったよ。貧乏学生の俺にはそれしか選択肢がないからな」
「はい、ありがとうございます。それとサン様。少しだけ目をつむっていただけますか?」
「うん。いいよ」
目をつぶると水琴が陽翔の近くによってきて、水琴の息が陽翔の髪にかかるくらい近い距離まで接近した。
そうして、水琴は陽翔の首にカチッとなにかを嵌めた。
「ん? 今何つけたの?」
「今、私が首につけさせてもらったのは金ノ宮家特注の殺人チョーカーでございます」
「は? 殺人チョーカー? それって冗談だよね?」
「このチョーカーを首に付けたものは特定の条件を満たすとチョーカーに埋め込まれている毒が作動して使用者を暗殺できるようになっています」
「は? どういうこと? なんでそんなのつけたの?」
「発動条件は『家庭教師をしていることを私と麗華様以外にバレてしまうこと』です」
「さすがに質の悪い冗談だよね?」
「さあ、試してみますか?」
あまり表情を出さない水琴がふざけたような顔で言った。
「……え? マジで言ってるの?」
それのせいで冗談か本気か区別がつかない
「金ノ宮家の人間が何かで他人に劣っているということを外部の人間にイタズラに知られたくないのです。このご無礼、完璧メイド水琴の名に懸けてお許しください」
そういってわずかにはにかむ水琴は陽翔を彼専用の部屋へと案内した。
*
かくして、俺の新しい生活が始まった。
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