第5話 リン、冒険者としての一歩。仲間の夢(1)

宿の湯浴み場から、リンの可愛らしい鼻歌と、ちゃぷちゃぷと水が跳ねる音が聞こえてくる。

リンが入浴しているのだ。


ユウキはその間に部屋の掃除をしたり、リンの着替えを丁寧に畳んだりしながら、静かに時間を過ごしていた。


ふと、ユウキはこの日の出来事を思い返す。


「ヘボイナの森で遭遇した、あの魔物⋯⋯強敵だったなぁ。エクスプロージョン・デ・マダンテでも倒しきれないとは、魔力量が足りなかったか?いや、憑依すればもっと早く事が終わったのでは?⋯気付くのが遅すぎ」


一人反省会をしていると、湯浴み場から「ユウキくーん」とリンに呼ばれた。

急いで更衣室を抜け、湯浴み場の扉をすり抜ける。


温かな照明に照らされたリン。

湯気で濡れた艶やかな白い髪と、湯に浮かぶ真珠のような白い肌が、幻想的な光景を作り出している。

何度見ても、見惚れてしまいそうだ。

リンは、湯浴み場の鏡に映るユウキの姿を認めると、深いため息を吐き出した。


「こら!もう何度目なの!また勝手に入ってきて!そういうの、良くないと思うよ!」


リンに叱られたユウキは、素直に「ごめんなさい」と謝り、湯浴み場から体を引っ込め顔だけを出す。


「⋯。ねぇ、ユウキくん。それ気持ち悪い」

「ごめんなさい」

ユウキはすごすごと顔を引っ込めた。


くっ⋯今日もダメだったか⋯。


ユウキが何度も勝手に入ってくるせいなのか、リンは最近、湯浴み場で背中を向けて入浴するようになってしまった。


ユウキは悔しさを噛み締めつつ、脱衣籠に放り込まれたリンの着替えを見た。


「今日はヒヨコ柄か」

可愛い。


「ねぇ、ユウキくん。明日、ドキドキするね~」

「そうだね。上手くいけば、リンちゃんの目標に一歩近づけるかもね」



翌日。

「あんな幼い子が、冒険者等級認定試験だって?まともな装備も身に着けてないじゃないか」

「おいおい、子供すぎるだろ。笑わせるな」

「可愛い顔に傷が付く前に、今のうちに帰った方がいいんじゃないか?」

「お前ら、あの子を舐めるなよ!」

「頑張れ、リ~ン!」


多くの視線と野次に晒され、リンは小さく肩を竦めていた。


場所は、冒険者組合に隣接する小規模の闘技場。

千人近くは収容できそうな広さだ。


『緊張してる?』

『うん』

『まぁ、あんなに見られたら緊張もするよね。初めての事だし』

『うん』

『でも、僕が付いてるから、少しはリラックスしよ』


ユウキの言葉に、リンは緊張で強張っていた顔を、ようやく緩めた。


『うん』と、小さく笑ってから、リンは続けた。

『付いてるって、憑いてるって意味じゃないよね?』

手を曲げ、お化けの真似をするリンに、ユウキも笑った。

『おー、上手いこと言うね』


昨日、リンはタレッタに、冒険者として頑張ってほしいと請われた。

冒険者になれ、ということだ。

冒険をさせる気などなかった少女に、冒険をするように言ったのだ。

タレッタは、そう認めたのだ。


勿論、リンはその気満々だ。

冒険者になる事ができれば、リンの目的に繋がる何かが得られるはず。


冒険者になると、等級が与えられる。

等級の識別は国によって違うが、一般的には、位が低い方から述べると

【白】【橙】【緑】【蒼】【紫】【紅】【銀】【金】【白銀】【黒】の十段階に分かれている。


また、一つの等級の中でも【三から一】までの段階がある。

前世のユウキの冒険者等級は【緑】の【二】だった。

見習い冒険者のど真ん中である。

ちなみに、ルーシィ、ジン、ナユキは、皆ユウキよりも等級が上だった。

悔しい思い出だ。


今回、リンが受ける試験の内容は魔物討伐だ。

他にも、筆記試験や採取での試験といった地味な試験もあったが、今回は分かりやすく、魔物を実力で倒して、それに見合った等級を受ける、という簡単なものにした。


余談だが、ミディムの町で授かれる等級は【紫】までらしい。

それより上を目指すのであれば、本部に立ち寄る必要があるらしい。

よく分からない仕組みだが、冒険者組合本部に足を運ぶのは、いいきっかけになりそうだ。


魔導拡声器が空気を震わせた。


「では、冒険者等級認定試験を行います」


『いよいよだね』

ユウキの言葉に、リンは静かに頷いた。


闘技場の出入り口から、数人の役員が現れる。

役員の手によって運ばれてくる、堅牢な檻。

檻はすぐに出入り口に降ろされ、役員たちは出入り口に戻ると扉をすぐに閉めた。

やがて、檻の扉が勝手に開く。魔物が放たれた。


ヘボイナの森で散々見たゴブリンだった。


『余裕でしょ、リンちゃん』

『うん』

リンは頷くと、得意の木属性の魔術を行使し、ゴブリンの首を締め上げた。


「へぇ、あの子、魔術が使えるのか」

「あの見た目で絞殺だってよ。怖い怖い」

「まぁ、たかがゴブリンだしな」


観客席で観戦する者たちが、そう口にした。


その間に、斃された魔物が役員の手で回収されていく。


「冒険者等級認定試験、【橙】の【三】を合格しました。次の試験を受けますか?」


『あれ、白からじゃないのか?』

ユウキは首を傾げた。

一つの等級を飛ばしている。

もしかして、組合側がリンに必要ないと判断したのだろうか。何にせよ、手間が省けた上に得をしたのだから、良いことだ。


放送の問いに、リンは頷いて応えた。


続いて、闘技場に放り込まれたのは。


「大きい⋯⋯」

リンが驚いたように呟いた。


『あれはエル・スライムだよ。普通のスライムとは違って、少し攻撃的だから油断しないようにね』

『うん』


エル・スライムが、ずんずんっといった動きでリンに迫る。

リンは再び魔術を行使すると、エル・スライムの柔らかい膜を突き破り、一突きで核を貫いた。


ユウキは思わず口笛を吹いた。


『あっさり倒したね』

『うん!魔術を鋭くできないかな~と思ってやってみたんだけど、上手くいったみたい!』


リンの魔術が、どんどん成長していく。

初めて見た頃は、可愛い魔術にしか思えなかったのに、今はどれも攻撃的で侮れない。


弱い魔物とはいえ、一瞬で事が終わった事に、観戦する冒険者も感嘆とした様子だった。


このような感じで、リンは何度か魔物と対峙した。


「では、冒険者等級認定試験、【緑】の【二】を行います」


『⋯。僕と同じ等級まで上がってきたね。凄いじゃん』


悔しそうにするユウキに、リンは「ふふ」と笑みをこぼした。


『ユウキくんが側にいてくれるからだよ』


なーにー、それー。嬉しーんだけど。

ユウキはキュンとしてしまった。


何もしてないけど。


『リンちゃんの努力の結果だと思うよ。自信持って』


闘技場に、三メートルちょっとの熊が現れた。

その姿は、鎧を纏っているかのようだ。

身を守る皮膚と体毛が、見るからに厚い。


『⋯⋯。あれは鎧熊だよ。名前の通り、全身が鎧のように硬いんだ。それに、動きが俊敏だから厄介だよ』


鎧熊は、低いランク帯の魔物ではあるが、その中でも最も凶暴だ。

駆け出しの冒険者が躓くのは、大抵この魔物が絡んでいる。


まさか、ここで出てくるとは。


リンは、これを乗り越える事ができるのだろうか。


考えている間に、鎧熊がリンへと迫った。


毎度のように、リンは魔術を行使した。

リンが生み出した植物の根が、鎧熊の足を捉えた。

しかし、それは一瞬の出来事。鎧熊は、足に絡まった植物を払い除けた。

リンは焦ったように、再び魔術を行使した。

また同じように破られる。

通用しないようだ。


「ユ、ユウキくん!」


かなり焦っているようだ。念話ができていない。


「あー、あの子、ここで終わりじゃねーか?」

「まぁ、鎧熊相手は手厳しいだろう」


リンと鎧熊の距離が、ぐっと縮まる。

リンは、恐怖で顔を青ざめさせ、くるりと身を翻して走り出した。


「グルァアアア!」

「ひぇぇえ!」


鎧熊が雄叫びを上げる度に、リンは体を震わせ、涙目で逃げ回る。


「あっはは!見ろよアレ!いつかのお前みたいじゃないか!」

「お前だって、叫びながら逃げ回ってたじゃないか!」

「ははは!」

「頑張れ、お嬢ちゃん!」

「リ~ン!諦めないでー!」


追いかけっこをする魔物と少女の姿に、観戦する冒険者たちは大いに沸いた。


ユウキは、面白半分に見ている観客に、段々と腹が立ってきた。


頑張っている子が笑われているのが、気に食わない。

そう思った。


「試験を中断しますか?」


そう、場内放送が流れる。

ユウキの苛立ちが、更に増した。


逃げるリンが、ユウキの元まで辿り着いた。


「こ、降参しようかな……!」


そう言って、リンはユウキの側を通り過ぎると、剣を放り投げた。

リンの剣を投げるといった行動と、発せられた言葉を見て聞いてか場内放送が流れ出す。


「では、冒険者等級認定試験を、これにて―」


その時、ユウキは足元に落ちていた剣を手に取った。

リンを追いかけようと、こちらに向かってくる鎧熊の顔面に、剣を突き立てた。

甲高い音が鳴ると同時に、硬い皮膚が削られた。

突然の事に、鎧熊は怯んだ。

丁度振り返ったらしいリンが、『ユウキくん!?』と驚いている。


「おい!剣が浮き上がって鎧熊を攻撃したぞ!?」

「浮遊術か!?」

「あの女の子にあんな才能があったのか!?」

「リンが本領を出したのよ!頑張れぇえ!」


「し、試験を続行します!」


周りの者たちが驚愕するのをよそに、ユウキは『リンちゃん、ごめんね。ちょっとムカついちゃって』と、リンに念話で伝えた。

『⋯⋯ごめん』と、しゅんとした心の声が届いた。

ユウキは慌てて『違う、リンちゃんにじゃないよ』と謝り返した。


ユウキはリンの元に行くと

『ちょっと失礼』とリンを抱き上げた。

それにまた、観戦する冒険者たちが驚きの声をあげた。


「―ちょっ、なに!」


ユウキは抱き方を変え、後ろからリンのお腹を抱える。

リンは、ユウキの行動に戸惑い、顔を赤くした。


そんなリンをよそに、ユウキは【分裂】で分身を作り、突撃させた。


『ほら、リンちゃん。ポージング』


リンは一瞬、虚を突かれたような顔をしてから、「もぅ」と困ったように、でも嬉しそうにこぼした。


『もう、どうなっても知らないよ』


そう言って、リンは必殺技を繰り出すようなポーズをとった。

それと同時に、分裂体の魔素を暴れさせた。


光が走り、大爆発が起きた。


やがて舞い上がった土煙が晴れる。

闘技場の地面は大きく陥没していた。


当然、鎧熊の姿は跡形もない。


辺りは静まり返っていた。

ユウキはリンを降ろし、「スッキリしたぁ」と、髪を払いなびかせた。


『⋯ユウキくん。助けてくれたことは嬉しかったけど。やっぱり、これはやり過ぎだと思うの』


ユウキは、スッキリした態度を崩さない。

その様子を見たリンは、「はぁー」と深いため息を吐いた。


少し経つと、ざわめきが起きた。


「おいおい、あの嬢ちゃん、頭イカれてるぜ⋯⋯」

「何だよ⋯あの爆発魔術。恐ろしすぎるだろ」

「限度ってもんがあるだろ⋯」

「あはは、やり過ぎだねぇ」


「⋯⋯。冒険者等級認定試験、【緑】の【二】合格、おめでとうございます。⋯⋯見ての通り、闘技場がこのような状態になりましたので、ここで中断させていただきます」


まるで慄いているかのような、震えた放送が流れた。


こうして、ミディムの町での冒険者等級認定試験は、幕を閉じた。


余談だが、この一件で、リンが「爆発幼女」と呼ばれるようになるのは、また別の話である。


それにもう一つ加えると、闘技場の損害賠償を後々、借金という形で負うことになるのも、別の話である。



「はい、お疲れ様。これであなたは正式に冒険者となったわ」


タレッタは、リンに冒険者の証であるプレートを手渡した。


プレートは、深緑色の金属製で、表面には二つの星が、裏面にはリンの名前が刻まれている。


リンはそれを嬉しそうに受け取り、目を輝かせながらじっくりと鑑賞した後、細い首にかけた。


「それと、これも渡しておくわね」


ついで、とばかりに渡された物を見て、ユウキは『おー、魔導携帯じゃん。良かったね』と、羨ましそうに声を上げた。


ユウキが生きていた時にはなかった代物だ。

これがあれば、魔導伝波が通っている範囲で情報のやり取りができる。

非常に便利な道具である。


「特別だからね。無くさないように」

「はぁい!」

リンは嬉しそうに返事をした。


特別、か。リンの人徳だろうか。

それとも、純粋にタレッタがリンを心配しているのだろう。


この子は危なっかしいから、いつでも連絡が取れるようにしておきたい、とでも思っているのかもしれない。


「⋯にしても、やり過ぎよ。あなた。見てて本当にびっくりしたわ。あんな魔術が使えるなんて。それで、あんなにめちゃくちゃにするんだもの。おかげで、しばらくの間は闘技場を使えないわ⋯⋯本当に困ったわ」


タレッタの止まらない苦言に、リンは「あは、はは」と顔を引き攣らせた。


『ほら、ユウキくん。怒られたじゃん。バカ』

『ごめんなさい』

ユウキは素直に謝った。


「冒険者になったんだから、これからはちゃんと働いてね。この意味、分かる?」


リンは恨めしそうにユウキを見て、「はぁい」と口を尖らせた。ああ⋯。

リンに大きな借金を作らせてしまった⋯⋯。

ユウキは頭を抱えた。

近いうちに、がっぽり稼げる金策を考えなければ。

そう思った。


「それじゃあね」

「はい。またね。ゆっくり休んでください」

「はーい」


リンは元気よく返事をし、冒険者組合を出ようとした。


受付を抜け、ホールに出た時、二人の男女が丁度出入り口から入ってきた。


『見ない顔だね』

『うん』


見た目は十代後半の二人組だった。

両者共に、同じような格好をしている。それはまるで、探検隊のようだ。


男の方は赤茶の短髪で、目つきが鋭く、不良のような風貌だ。

女の方は、非常に背が低い。

ヘルメットの下に流れ出る、淡く綺麗な水色のツインテール。リンに負けないくらい愛らしい顔つきの少女だった。


「また新人かぁ?」

「冒険者には似つかわしくない格好だな」

「お揃いの服を着て、番かよ」


冒険者たちが各々口にした。


すると、水色ツインテールの少女が大袈裟に動いた。「番かよ」と発した冒険者の前に立つと、仁王立ちになった。


「⋯なんだぁ、お前」

椅子に凭れていた男が、怠そうに言った。

「そーだよ!私たち!つ・が・い!」

水色ツインテールは、大きな声で言った。

言われた冒険者は、呆気にとられたように「そ、そうか……」と呟いた。


「バカ野郎。やめてくれよ、本当」

赤茶の男が、水色ツインテールが被るヘルメットを叩いた。

そのまま「えー!」と嘆く少女を無視して、役所の方へと向かっていく。

水色ツインテールは、嘆きながらその後ろをついて行った。


「うるせい奴らがやってきたなぁ」

誰かがそう呟くと、それを聞いた皆が苦笑した。


『元気な子だったね』

『そうだねー』


リンがそう言って、ホールから出ようとした時。


「マジかよ!そんなの聞いてねぇ!」

「うそーん!」


重なる嘆き声が聞こえた。先程の二人組のようだ。


「どうしたんだろう」

リンが首を傾げていると、その二人がホールに戻ってきた。


二人は辺りを睥睨すると、リンに視線を留めた。


ガッチリとリンをマークした二人が、どしどしと足音を立てて、リンの方に迫ってくる。


なんか、嫌な予感がする


『リンちゃん。あれは厄介事だよ。逃げよう』

『待って、またそうやって決めつけようとする』


眉を顰めて言うリンに、ユウキは「いや、絶対そうだって⋯」と言い渋った。


そうこうしているうちに、二人が目の前までやってきた。

ユウキは「⋯まぁ、これもリンちゃんの経験の一つになるかぁ」と、小さく嘆息した。


男が口を開いた。


「なぁ。いきなりで悪いが、金をくれ」


ユウキとリンは、それを聞いてぽかん、とした。

金をくれ⋯?出会ったばかりの初対面に⋯?公共の場で⋯?堂々と喝上げ⋯?


「何言ってんだ、コイツ」

ユウキは思わず暴言を吐いた。


リンも流石に戸惑った様子で、「⋯⋯こういう時って、憲兵を呼んだ方がいいの⋯⋯?」と口にした。


リンの言葉に

「憲兵!?」

と、探検隊姿の二人は慄いた。


「違う!あー!ごめん!もう!クリたん!ダメだよ、そんな言い方!」


水色ツインテールが飛び跳ねると、男の頭をぺしっと叩く。

水色ツインテールは「ごめんね」とぺこりと頭を下げた。

続くように、男も頭を下げた。


頭を上げると、男は言った。

「冒険者の登録を済ませたくてな。受付の人に頼んだら、登録料として銀貨五枚支払えって言われたんだ。俺たち、そんな金持ち合わせてなくて……」


リンは、男の話を頷きながら聞いた。


「お金が必要だって、分かったけど⋯どうして?私に?」


男は躊躇いなく言った。


「手に丁度財布持ってたし。それに弱そうじゃん」


リンとユウキは、白い目になった。


リンの反応を見た水色ツインテールが唸ると、男を叩いた。


「こら、言い方!ダメだって言ってるでしょ。あと、そう言ってるクリたんの方が絶対弱いからね?!⋯本当ごめんね?」


水色ツインテールが、上目遣いで謝ってきた。

強い。許してしまいそうになる。

それから、水色ツインテールは、もじもじと言いづらそうに続けた。


「⋯⋯。それでだけど、改めてピコたちに、お金を恵んでくれませんか⋯?」


丁寧な懇願。

どうしようもねぇ⋯。ユウキは半笑いする。


「⋯仕方ないなぁ」

リンは苦笑いした



「おいし〜!」

リンはアイスクリームとフルーツがてんこ盛りの特大パフェをスプーンで掬った。


甘そうなクリームを口の中に放り込むとリンは幸せそうに頬を緩ませた。


お金を渡したことによって探検隊姿の二人から解放されたリンは町にある喫茶店に足を運んだ。


そこはヘボイナの森で出会った魔術師のイアに勧めてもらったお店だ。

外装も内装も全体的に丸みがあり優しい色合いをしていて店内を飾る調度品も魅力的だ。

女性店員もフリフリの制服を着て目を惹く。

簡単に言うと女の子が好きそうな雰囲気のお店だ。


ユウキが生きていた頃にもルーシィ、ナユキに連れられて、こういう愛らしいお店に何度か訪れた事はあるが、どうしても慣れやしない。

お店の中にいるだけでソワソワしてしまうのだ。

なんでなんだろうか。


『ユウキくんも食べよ?』

優しく言われるがユウキは甘いのが少し苦手だ。

しかし、笑顔で言われては断りづらい。


なので、

『ありがと。じゃあ一口だけ』と言ってリンに憑依した。


まだ、ユウキの意思で口にパフェを運んでいないのに既に口の中が甘い。


⋯。リンと口の中の感覚を共有しているのって何だかえっちだなぁ。ふと、変なことを考えてしまったユウキは首を振った。


その拍子にユウキは見た。勿論憑依されているリンもそれを見ることになる。


リン座る席は日当たりの良い大きな窓辺の席だった。


『⋯あれって、さっきの二人だよね』

『うん⋯』


窓硝子の向こうには。

正確には窓硝子にべったりと張りいている。


物欲しそうにこちらを見つめる探検隊姿の二人がいた。


リンと目が合うと二人は腹を大袈裟にさすって懸命にお腹空いたアピールした。


リンとユウキは壮大に息を吐いた。


周りからの視線を厭うことのないその姿にユウキは呆れる。


「あいつら図々し過ぎるでしょ⋯プライドってモノがないのかなぁ⋯」



「ごちそうさまでした!」

探検隊姿の二人が声高に声を重ねた。


「本当に美味しかった。助かった」


腹を抱えて満足そうにする男が言った。

続くように水色ツインテールも礼を重ねた。


リンが財布の中身を見て困ったように苦笑している。


その姿に探検隊姿の二人は申し訳なさそうにした。


リンはどうしようもない人に引っかかってしまったようだ。

必要以上に優しいリンはこの二人を無碍にすることが出来ないらしい。


困ったもんだ。


「それで、どうしたの?」

リンが二人に尋ねると。


思い出したという表情を返した。


リンが尋ねなかった危うく食い逃げされるところだった。

この二人ならやりかねない。

出会って間もないが、もうそういった印象だ。


男が口を開いた。

「さっき、組合の受け付けのおばさんにアンタが出来る奴って聞いたんだよ。それで頼みがあってな」


「出来るって何が⋯?」


「年少なのに、冒険者として実力を持ってるってことだよ」


年少という単語にリンは表情をぴくっと動かした。


しかし、この二人をけしかけたのはタレッタなのか。とんでもない厄介者を押しつけてくれたな⋯。

とユウキは苦笑いした。


「それで、その頼みってのは何?」


「そうだな。その前に人にモノを頼むんだ。自己紹介させてくれ。俺の名前はクリンド」


「ピコの名前はピコっ!」


二人が名乗り終えてから言った。


「最寄りの鉱脈に行くのに付き合ってほしい!」


二人が「頼む!」 「お願いします!」と頭を下げると

机に思いっきり頭を打った。


⋯大丈夫かなぁ。

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