妖精召喚カード
六散人
【01】
僕の名前はコウジ。
大学1回生だ。
この春東京の大学に進学して一人暮らしを始めた僕は、期待で胸を膨らませて上京した。
もちろん第一志望の大学に合格したのは嬉しかったのだが、それよりも僕は東京で彼女を作りたかったのだ。
この世に生を受けて以来18年間、僕には彼女というものが存在しなかった。
ただの一度も。
こんな寂しいアオハルがあっていいものだろうか。
いいや、そんな筈はない。
東京に行けば出会いの数も増えるだろうと思い、両親に無理を言って東京の大学に進学させてもらった。
しかし今のところ、目ぼしい効果は表れていない。
何故だろう?
それよりも今はこの最悪の体調だ。
朝から熱っぽく、喉が物凄く痛い。
兎に角医者に掛かろうと、近所のクリニックに言った。
熱を測ると38.5℃。
すぐさま隔離され、鼻に検査キットを突っ込まれた。
結果はインフルエンザウィルス陽性。
処方箋を貰って近辺の調剤薬局に向かう。
「あらあ、ごめんなさいね。
いまインフルエンザの治療薬が品切れなんですよ。
メーカーさんの増産が、インフルエンザの流行に追いついていないらしくて。
それもこれも、貧弱な厚生行政のせいですね。
明日には入荷する予定ですから、お取り置きしておきますね。
解熱剤は辛うじて在庫がありますので、取り敢えずこれで一日凌いで下さい」
笑顔の薬剤師さんから解熱剤を受け取った僕は、そのまま薬局を後にした。
兎に角アパートに帰って、薬飲んで寝ようと思ったからだ。
フラフラした足取りで歩いていると、道端にシートを広げている女の人がいた。
シートの上にカードのようなものを並べて売っているようだ。
普段だったら素早く通り過ぎるところだったが、生憎今日は足元が覚束ない。
ふらついた拍子に、シートの端を踏んづけてしまった。
「すみません」
慌てて僕が謝ると、あまり特徴のない顔をしたその女性は、
「いいんですよ。
それより、一枚いかがですか?」
と言って僕に笑みを向ける。
シートを踏んだ手前、直ぐに断るのも気が引けたので、
「何のカードですか?」
と、つい訊いてしまったのが運の尽きだった。
「これは<妖精召喚カード>なんですよ」
「妖精召喚カード?」
「はい、そうです。
このカードで妖精を召喚して、あなたの願いを一つだけ叶えてもらうことが出来るんですよ。
消費税込みで1,100円とお安くなっています。
いかがですか?」
普段の僕なら、そんな戯言を真に受ける筈もなく、すぐに「結構です」と言って断っていただろう。
でも今日は高熱で頭が回っていなかったので、思わず財布から1,100円を取り出して、カードを一枚買ってしまった。
「ありがとうございます」という女性の声を背中に受けながら、僕はカードを手に持って、フラフラとした足取りで帰路に就いた。
漸くアパートに戻って解熱剤を
その時だった。
テーブルの上に置いた<妖精召喚カード>が、眩い光を放ったのだ。
僕が驚いてそっちを見ると、
「呼ばれて飛び出てダダダダーン。
これ著作権侵害すれすれでんなあ」
という声と共に、カードから何かが飛び出して来たのだった。
驚いた僕の目の前に浮いていたのは、子猫くらいの大きさの、中年のオッサンだった。
高熱にうなされて、悪夢でも見てるんだろうか?
するとオッサンは、僕の心を読んだかのように、胸を張って答える。
「ちゃうちゃう。夢とちゃうで。
わいは<妖精召喚カード>であんさんに召喚された、歴とした<妖精>や」
はあ?妖精?この関西弁のオッサンが?
僕はオッサンの答えに言葉を失った。
だって妖精と言えば、アニメとかゲームに出て来る、蝶の羽を背中に生やした可憐な少女でしょ。
ところが目の前の妖精を名乗るオッサンときたら。
頭は見事なバーコードヘア。
銀ぶち眼鏡にちょび髭を生やし、着ているものは上下グリーンのジャージ。
足元は裸足にサンダル履きといういで立ちだ。
見事なまでに、不細工な昭和オッサンのデフォルメである。
しかもその背中に背負っているのは、多分Gの羽。
まあ確かに、このオッサンの容姿で華麗な蝶の羽なんて背負っていたら、違和感増し増しだよな。
僕がそんなことをぼんやり考えていると、オッサンが顔のすぐ前まで近づいて来て、激しく文句を言い出した。
「ちょおちょお、待ちいや。
あんさん今、かなり失礼なこと考えたやろ。
あんさんの考えてることなんぞ、わいには全部お見通しやで。
わいのこのエレガントなフォルムの、どこが不細工やねん。
折角あんさんの要請に応じて顕現したったのに、何ちゅう失礼な
ほんま、どんならんな。
大体あんさん、妖精のイメージを単一化し過ぎやで。
ほんま、アニメとゲームの悪影響で、こっちはえらい迷惑やわ。
妖精界も今や多様化が進んでてな。
色んなタイプの妖精が、活躍の場を得とんねん。
人間界もそうやろ。
あんさん、そんな狭い了見では、これからの多様化の時代で生きていかれへんで。
ほんまに。
しっかりしてや」
散々文句を言うと、オッサン妖精はえへんと胸を反らして反り返る。
はだけたジャージから、胸毛が覗いていた。
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