第23話

「秋令? また悪い夢でも見たのか?」

 いつものように朝食を共にしていると、月黄泉が心配そうに尋ねた。

 どうやら夢のことが気にかかって、食事をする手が止まっていたらしい。

「え? ううん、そういうわけじゃないの」

「体調が悪い?」

「そんなことないわ。ただ、ほら、多くの人たちが土河の柵に行ってしまって、寂しくなったなぁと思って」

 とっさに言い訳をしてしまった。数日前まで首長府前で戦支度に忙しかった者たちが、侵略者たちの侵攻を食い止めるための最前線に発ったばかりであった。

 婚礼の夢で鈴花の隣にいたのが月黄泉でなかったことなど、兄には口が裂けても言えない。しかも改めて考えてみれば、やはりあの花嫁が鈴花であったかどうかも怪しい。なにもかもがあやふやな夢だった。

 戦闘や災害の夢ではなかったのだ、若長や祭祀老に報告しなかったとしてもさして問題はないだろう。秋令は勝手にそう判断した。

 月黄泉は窺うように妹を見つめ、だが、言葉のみに応じて言う。

「龍兎も、青龍族の精鋭を引き連れて土河の柵へ向かうそうだ」

「……そうなの?」

「ああ。だが案ずることはない、柵はあくまで備えだ」

 すぐに戦闘が始まるわけではないと言いたいようだ。

 そこへ食後の湯と果実を運んできた好古が、月黄泉の言葉にうなずいて秋令に言う。

「戦になったって心配することはありませんよ。中原は巫女姫さまがいる土地、神さまのご加護がある地なのですからね。よそ者が攻めて来たって、神さまが守ってくれますよ」

 ずいぶん楽天的に聞こえるが、じつは中原の民の多くが心の内では似たような考えでいることに秋令も気づいていた。

 勇猛果敢な朱雀族が敗れたと聞かされてもなお、中原だけは神に選ばれた特別な地だから大丈夫だと信じて疑わない。

(巫女姫が予知夢を見る、ただそれだけで自分たちは神に護られていると……?)

 幼いころから嫌な夢ばかりを見てきたせいだろうか、秋令には予知夢が神の恩恵だとは思えないのだった。

 たしかに予知できることで災害の被害を最小限に抑える対策を取れることもあったが、災害そのものを避けることはできなかった。両親それぞれの死を予知してしまったときも、ただ恐怖と悲しみが長く続くばかりで、何もできずにその瞬間を迎えるしかなかったのだ。

 秋令にとって予知夢は、恩恵というよりむしろ何かの罰のようにさえ感じられる。

 そんな秋令の気持ちを察することもなく、好古は優しく問いかける。

「それに、巫女姫さまはその後の戦の予知夢は見ていらっしゃらないのでしょう?」

 年始の挨拶の前に夢を見て以来、戦闘の夢は見ていない。あの夢は、おそらく朱雀族と侵略者の戦だった。

(でも、これで終わりではない)

 それは予知ではなかったけれど、月黄泉の神妙な顔を見れば兄もそう考えているのだと感じざるをえない秋令だった。


 朱雀族を滅ぼし、白虎族を服従させた侵略者たちは、それ以降目立った動きは見せていない。

 斥侯の報告によれば、彼らは白虎族の郷を仮の拠点とするべく建物を改修し、統治の体制を整えているという。そこで地形や気候の特性を見極め、住民の思想や気性を確認し、今後の出方を決めようというのだろう。

 勢いに乗って攻めこまれるのも恐ろしいが、堅実に計画を進めているともとれるその行動からも、手ごわい相手なのだと思い知らされる。

(彼らが「みこさま」の軍勢なら、この地も制圧される定めなの?)

 幼いころから親しんだわらべうたの「お迎え申せ」には正統な統治者を迎える喜びと信頼が感じられたものだったが、今はそんな気持ちにはなれない。言い伝えと現実とのあいだに齟齬があるのは仕方のないことなのだろうか。

 秋令はそっと吐息を漏らした。

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