第19話
中原は、戦の支度ににわかに活気づいた。
けして戦を望んでいるわけではないが、もう長いことそれぞれの部族間の喧嘩レベルの小競り合いしか経験していない男たちは、お互いを鼓舞して馬具や武器の手入れに精を出してていた。手伝う女たちも辛気くさい顔をしては縁起が悪いと、ことさら明るく振る舞う。事情を知らなければ、祭りの前のような賑わいに見えるだろう。
秋令はあえてその輪には入らず、首長府の内からそのようすを眺めていた。作り笑いさえできない自分が側にいても、彼らの活気に水をさしてしまうだけだ。
そこへ、伝令がひとり駆け込んできた。今はもう珍しくもない光景になっていたが、若い伝令は少し興奮気味に若長への取次ぎを求めた。
彼は首長府の広間に通され、すぐに月黄泉と古老の戸万理が面会した。その場に居合わせた秋令は、退出するタイミングを逃して同席する。
「何か、動きがあったのか?」
「そうではないのですが、これを見ていただきたくて」
伝令は膝を折り、麻布に包まれたものを掲げるようにして月黄泉に差し出した。
月黄泉はそれを手に取り、慎重に包みを開いた。
現われたのは、ぬめるような光をまとう黒い破片だ。
秋令には見覚えのある、禍々しい光沢。
(
繰り返し予知夢で見た、侵略者の武器と同じ輝きだ。
伝令が言う。
「我々土河衆の伝達部隊が朱雀族の郷で回収したものです。おそらく、奴らの武器の破片ではないかと」
言われてみれば、折れた剣の一部のように見える。彼らが見知る青銅の剣よりはるかに薄い。
「これは……」
言いよどんだ戸万理に、月黄泉が尋ねる。
「ご存じなのですか?」
「うむ、ずいぶん昔に見たきりだが、鉄で作られたものに似ておる。かつて金河の流域では砂鉄が多く採取されたものだった」
「鉄? しかし、鉄を溶かし固めたとしても、こんなに薄くは……」
月黄泉が聞き知る限り、青銅と違い、不純物の多い鉄を溶かすにはより高温の炉が必要だ。侵略者達にはその技術があるということか。
戸万理は古い記憶を引き出すように、ゆっくりと語る。
「地上の鉄では難しいが、まれに空から降る隕鉄というものがあってな、それを熱して叩くことで強い剣を鍛えることができると聞いたことがある」
空から降る隕鉄。
それが侵略者たちの武器や甲冑なのだとしたら、やはり彼らは天から降臨したということなのか。
若長と古老は、言葉を失って顔を見合わせた。
(みこさまに、お仕えもうせ……?)
わらべ歌の一節が、秋令の脳裏をよぎった。
報告を終えた伝令が立ち去ると、戸万理が低い声で言う。
「若長は祭祀老にお知らせください。長老たちには私から。ことは重大ですから、今はまだそこだけの話に留めておくべきかと」
戸万理は居合わせた秋令にも釘を刺すように、老いてどろりと濁った眼を向けた。戦支度に励む若い男たちが知れば、よけいな混乱を招きかねないと危惧したのだろう。
「では」
月黄泉は破片の包みを懐に入れ、長瀬木のいる神泉殿へ向かうべく戸万理に目礼した。
立ち去り際に、秋令の髪をくしゃりと撫でることも忘れない。それは幼いころからの「案ずることはない」という合図だ。
今の秋令は、それがなんの根拠もない慰めにすぎないと知っている。
それでも、月黄泉が心配するなと言うのであれば、秋令はうなずいて応えるだけだ。不安や疑問は、胸に押し隠して。
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