幻覚詩

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前回のエピソードとは直接関係はありません。

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夜が溶けるように広がる街の片隅、彼女はそこにいた。

遠野タマミ。

生きているゴースト。<生者>と<死者>の境界を踏み越え、夢と悪夢を縫い合わせたような存在。

彼女の声は柔らかく甘美だが、その言葉には鋭い棘がある。まるで口に含めば蕩ける飴のようで、しかし舌の奥に突き刺さる毒。タマミの口から零れる言葉は、まるで駄菓子のようだった。

それも、ただの駄菓子ではない。甘さの奥に、狂気じみた中毒性がある。

“█████、おいしい”

彼女は呟く。

“ずっと舐めていたい”

血と幻覚(幸せな夢)の味のする飴。<甘美>と<苦痛>を同時に味わうことのできる菓子。それは一度口にすると、もう戻れない代物だった。

彼女が味わう駄菓子には、夢が詰め込まれている。

――いや、

それは“夢”なのか、それとも“悪夢”なのか。

そして彼女の作った菓子を食べた者は、二度と現実の味を楽しめなくなる。

「これ、好き?」

タマミは静かに問いかける。

「それとも、嫌い?」

彼女の指先には、薄紫色のゼリーが乗っている。透き通ったそれは、まるで宙に浮かぶ涙のようだった。

手を伸ばした少年が、そのゼリーを口に含んだ瞬間。

「っ……!!!」

舌の上でじわりと広がる、不思議の味。

「うそ、すごいね。君、ちゃんと食べられるんだ」

タマミは愉快そうに笑った。

「それ、"█████"(合法性が議論されている薬剤) って名前なの」

彼女が作る駄菓子は、ただの甘味ではない。まるでドラッグのように、人の神経を直接刺激する。口に入れた瞬間、意識が薄れ、異世界へ誘われるような錯覚に陥る。

ある者は言った。

「彼女の菓子を食べたやつは、どこかに消える」

ある者は言った。

「いや、彼女自身が幻覚なんだ」

「そんなの、どっちでもいいじゃん」

タマミは肩をすくめて笑う。

「食べたくないなら、それでいいし?」

彼女は手に持っていたゼリーを、宙に投げた。

それはゆっくりと回転しながら、月光を受けて輝き、

そして、

消えた。

「……ああ、でも」

彼女は、ささやくように付け加えた。

「嫌いなら、嫌いって言ってよ」

静寂。

その夜、タマミの姿を見た者はいなかった。

ただ、街の片隅に、小さな駄菓子の包み紙だけが残されていた。

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Krasnovia @tohgorena

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