Fairy tale、つまり妖精にみえた何かついて

Tempp @ぷかぷか

第1話 Fairy tale、つまり妖精にみえた何かついて

 何日も雨の降らない夏の暑い盛りだった。

「所長、妖精の噂って知ってます?」

「妖精~? また嬢ちゃんの仕事のネタかい?」

 部屋の中心の大きなチェアでエアコンの風に当たりながらだらしなくくつろぐ西野木にしのぎは、氷の入った麦茶を机の上に置く夜道よみちを面倒くさそうに見上げた。西野木は探偵で、夜道はその事務所でバイトをしている。そして夜道はFM神津こうづでこの神津市のホラー番組を1本持っている。

「俺はすっかり育っちまったからな。もし妖精なんてものがいたとしても見えないぜ」

 妖精とは子どもしか見えないのが相場だ。西野木は退屈そうに最近少し出始めた腹をぽんと叩くと、夜道は愉快そうに眉を下げた。

「最近噂の妖精っては大人にしか見えないんですって」

「なんだそりゃ。飲み屋のババアの類いじゃないのかよ」

「失礼な」

 夜道は頬をふくらます。

 夜道の聞いた噂はこうだ。丑三つ時に神津6区の裏路地で妖精が出て、話しかけると酩酊したように腰が抜けて意識を失う。

「6区なんてまさしく飲み屋街じゃないか。そんなとこに子どもがいるはずないだろ。いたら幽霊かなんかだ」

 夜道は軽くため息を付く。

「……まあ、そうなんですけどね。所長は夢がない~」

「そんなもん持ってちゃ探偵なんてやってらんねぇよ」

 西野木はそう呟いて肩を竦めるが、存外ロマンチストなことを夜道は知っている。


 そう言いつつもその夜、西野木の足は6区のラメル・ルージュに向かう。いつも通りのこじんまりとした、いかにもスナックという店だ。

雁園かりえんちゃん、最近この辺で妖精が出るって聞いたんだけどさ……ってマジな話なのか?」

 冗談交じりの西野木の言葉にママの雁園は急に真剣な顔となり、声を潜める。

「それ、噂になってるの? 困っちゃうわぁ、出るっていう路地、うちの裏なのよね」

「……ヤバいのか?」

 西野木は事件の匂いを嗅いにわずかに居住まいを正す。

「うちってほら、OSオーバーステイの子がいるから警察が彷徨くと困るのよ。特に裏のフェアリーテイルさんは酷い風評被害ね。なんてったって名前が……。何とかならないかしら、解決したら奢るわよ」

 手を合わせる雁園の視線の先には東南アジア系の子が接客している。

「ふうん。何があったんだ?」

 雁園は妖精の仕業かともかくとして、時折男が裏路地に倒れているという。発見されたときは酩酊しているそうで、妖精に襲われたと証言するのだ。

「妖精、ね」


 西野木はハイボールを傾けて立ち上がり、裏口から出て水たまりで泥濘む狭い裏路地を眺める。周囲にそびえる灰色の建物に囲まれてうだるように暑かった。向かいのフェアリーテイルの裏口には看板でもある妖精のマークが描かれている。辟易しながら視線を左右に彷徨わせれば、丁度酩酊したらしい2人連れの男がカツカツとこちらに進むのを見て、西野木は身を隠す。

「もう一杯行こう~」

 そんなことを言いながら2人が西野木の前に至れば、急に強い光が差し込む。

「うわ、なんだ」

「妖精?」

 西野木からは妖精は見えなかったが、代わりに違うものが見えた。それは体格のいい男で、2人を殴り倒そうとしたところで西野木が躍りかかり、地面に引き倒す。

「えっ? 何何? なんなの?」

 頓狂な2人組の声に西野木は息を吐いた。

「おいお前ら、今強盗に合う所だったんだぞ、とっとと警察呼んでこい!」

「え? なんで?」

「いいから早く!」

 西野木がそう怒鳴り散らせば、男2人は逃げ散り、そして5分待っても帰ってこなかったから西野木は正式にため息を吐いた。気づけば引き倒した男は意識を失っていた。力加減を間違えたらしい。西野木も既に酔っ払っていたのだ。西野木は両手を離し、仕方なく尻ポケットからスマホを取り出して自分で通報した。


 顛末は単純だ。

 強盗をしかけた男は以前落とした財布を探しにスマホのライトをつけた時、水たまりが照らされその向こう側にある妖精にライトが反射すれば角度によっては蜃気楼が発生することに偶然気がついたらしい。それを応用したわけだ。被害者の目は妖精に釘付けになり襲われて昏倒するが、襲った男など全く印象に残らず、結果として妖精に襲われたような印象を持つ。当然酔っ払っているわけだから、頭の中はめちゃくちゃである。財布がなくなっても取られたものか定かでなく、捜査は曖昧になっていた。そしてこんなところで酔っ払ってるのは大人だけという寸法だ。


「所長、最近妖精さんいなくなっちゃったんですって、残念ですねぇ」

 夜道はつまらなそうに呟く。目の前の麦茶の氷がくらりと揺れてとぷりと茶に浸かるのを見た西野木は、これも角度によっては錯覚を生み出すのかもしれないと想像する。だいたいのわけのわからないものというのは偶然の産物か、人間の手によるものな。

「妖精なんてもんが本当にいるなら、一度お目にかかってみたいね」

 そう呟く西野木が、後に妖精連続殺人と名付けられた事件に巻き込まれるのは少し先のことである。


Fin


こういうアオリはよく書いてるけど別に本編は予定していない。

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