妖精テルルは人間を捕まえた! と思っていたら逆に捕まっちゃった百合のお話

青羽真

テルルは人間を捕まえた!

 テルルは大きな森の中でのんびり暮らしている女の子。森の中は美味しい食べ物が沢山あって、いい香りの花が沢山咲いていて、好奇心旺盛な彼女にとってすごく楽しい遊び場となっている。


「ふっふふ~ん♪ ふっふふ~ん♪♪ 今日~の晩御飯はな~にかな~♪」


 今日も今日とてテルルは森の中を散策していた。晩御飯になる物を探しているらしい。手をぶんぶんとリズムよく振って歩いている。可愛い。


「あっ! ビリビリベリーだ!」


 テルルが見つけたのは雷属性の果物。口に入れるとピリリとした刺激が走るそれは、ジュースにして飲むと爽やかでおいしいらしい。

 ビリビリベリーを見つけた事がとても嬉しかったのか、彼女は周囲を警戒することを忘れそれを摘み始めた。実際の年齢はともかく精神年齢はとても幼いのだ。



 そんな彼女に、黒く大きな陰が忍び寄った。それの腹が発するグルルルという音は、目の前にいるテルルをエサとして見ている事の現れだろうか。


 それはバッ!っとテルルに飛び掛かり――。


「ガア?」


「ふわあ! びっくりした~! おっきな狼さんだ!!」


 その攻撃は見事に避けられた。一瞬あっけにとられたように動きを止めた狼だったが、すぐに臨戦態勢に戻って再び攻撃を仕掛けた。しかし、テルルはそれを見ても避けようともせず「わあっ、大きな口だあ~!」と呑気な顔をしている。

 狼は今度こそ仕留めたと思った。しかし狼の牙がテルルに触れた瞬間、テルルはかすみのように消え失せる。


「グルル……ル?」


「ん~、この子は食べても美味しくないんだよね……。ばいば~い」


 テルルは背中から蝶々のような翼を出現させ、ふわりと宙に浮いた。そしてあっけにとられる狼に向かって手を振りながらその場を去った。



「はあ……。せっかくビリビリベリーを見つけたのに、全部採れなかったなあ~。せめて狼さんのお肉が美味しかったら良かったのに~! ……ん? あっ、あれは!!」


 小さな女の子の発言にしてはなかなか過激な事を呟きながら空を飛んでいたテルルは、また別の事に興味が移ったようだ。嫌な事があっても、そのあとに面白い事が起これば大喜びする。子供とはそういう生き物である。


「ま、間違いない! あれはきっと人間さんだ~!!」


 テルルの視線の先には凄くかっこいい服を着た女の子がいた。女の子が身にまとっているフード付きマントは、一見黒一色の質素な物に見えるが、よく見ると深い紺色で様々な魔法陣が描かれており、とてもかっこよく見える。


「きっとあの人間さんは凄い人だ!」


 テルルがざっと魔法陣を見た限り、発動している魔法はどれも複雑で、魔法陣に書き起こすのは非常に難しい物ばかり。そしてその女の子は、ひょいひょいと難しい魔法を連発している。

 そもそもこの森の中を一人で歩けている時点で物凄い力量の持ち主に違いない。そうテルルは考えた。子供とは大人が思っている以上に聡いものである。



「よ~し、捕まえてみよう! 上手く出来るかなあ~?」


 テルルは背後から女の子に急接近した。女の子は杖の先に魔力の剣を生じさせて警戒し始めるが、もう遅い!

 テルルはバサッ!と羽ばたいて、自身の鱗粉を女の子にかけた。すると女の子はすっと警戒を解いて女の子をじっと見始めた。


「おお? おおっ~! よし、成功だね!」


 それを見てテルルは成功を確信した。テルルの鱗粉には強力な魅了効果があり、これを浴びた生き物はその効果が切れるまでテルルの命令に従うようになるのだ。ただし、無茶な命令は拒否されるらしい。今まで拒否されるような無茶な命令をしたことがないので、確証はないが。


 人間は魅了が効きにくいという噂を耳にしたことがあったから不安だったものの、どうやら上手く魅了が効いたようで、テルルはほっとすると同時にとても喜んだ。

 要するに「人間ゲットだぜ!」という訳である。



「それじゃあ、一緒に私の家にいこ~!」


 テルルは小さなおててで女の子の手を握った。と、尊い!

 テルルが宙に浮くと、それに合わせて女の子のふわりと宙に浮いた。そして二人は宙を駆けていった。



 数分で二人はテルルの家に着いた。それは森の中の禁域内、すなわちテルルに招かれない限り普通の動植物には侵入も認識もできない領域内にあるため、女の子は「急に景色が変わった?!」と驚きの表情を見せた。


 家に着くとテルルはお腹が空いたと言い、女の子は「ご飯を用意するわね」と言って調理を始めた。テルルは「いい家来が出来た」と内心喜びながら、女の子には見せないように気を付けながらとある書物を開いた。



『人間から蜜を吸う方法』



 それは一族に伝わる門外不出の禁書。禁書によると人間からは極上の蜜がれるらしい。この書にはその方法が記されている……らしい。

 テルルはスカートの下で渦巻かせていた蝶々の口のような器官をほどいてフリフリと動かし始めた。その先端にはハート形の平べったい物がついており、一見すると悪魔の尻尾のように見える。しかしそれは尻尾ではない。それは彼女が大地に根付いていた頃の痕跡であり、今でも水分や魔力を吸収する能力を有している。

 テルルはワクワクしながら禁書を読み始めた。


「な、なるほど! まずはイタズラをすればいいんだ~」


 こうしてテルルのイタズラ計画が始まった。

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