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すいすい / 霜惣吹翠

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 私は陽キャが嫌いである。あの人目を気にしては、そうでないと自信が持てぬ厄介な性格が嫌いだ。支持が無ければ力がないと自覚しながら、それを中途半端に求めながら、必死に懇願して手に入れた気分になっている。そうして私に強制するような目が嫌いだ。

 私は陰キャが嫌いである。あの人目を気にしては、そうでないと自信が持てぬ厄介な性格が嫌いだ。支持が無ければ力がないと自覚しながら、それを中途半端に諦め乍ら、必死に懇願して失った実感に酔いしれる。そうして寂しげに佇む呼吸が耳障りだ。

 私は先生が嫌いである。あの人目を気にしては、そうでないと自信が持てぬ厄介な性格が嫌いだ。今の子供はそうなのだと、納得したふりをしつつも自己主張をしつつ、申し訳ないふりをして何も無いのを隠しては、それに罪悪感を感じる。そうして見せる自身の無い様は無様だ。


 私はなろう作家が嫌いである。あの人目を気にしては、そうでないと自信が持てぬ厄介な性格が嫌いだ。支持が無ければ力がないと自覚しながら、それを必死に求め、必死に懇願しただけで手に入れた気分になっている。そうしてジャンルを独占したことに罪悪感を持たぬのは悪だ。

 私はTwitterばかりやっている自称作家が嫌いだ。あの人目を期しては、そうでないと自信が持てぬ厄介な性格が嫌いだ。支持が無いのに煩く誰も徳のしない詭弁を吐いて、自分を偉そうにみせるのがおこがましい。自分が悪と知らぬ最も邪悪な悪だ。じつのところは自分が利益しか求めていないのに

気づいていない純粋な詐欺師なのだ。


 私は左翼が嫌いである。平和だとかいいつつ平気で人を傷つけ、碌に現実を見ていないアホだと思っている。どこからあれを支持する馬鹿が湧いてくるのか疑問である。国家転覆を計る悪人集団ではなかろうか。

 私は右翼が嫌いである。日本万歳とかいいつつ、事実かウソかわからぬ情報で人を焚きつけているとしか思えぬ。どこからあれを支持する馬鹿が湧いてくるのか疑問である。おそらくほんとうは国家転覆をはかる左翼のかりそめでなかろうか。

 私は昔の日本が嫌いである。たいていのことを自己責任にして、自分の責任から逃れようとする老害共が目ざわりである。どこからあれを支持する馬鹿が湧いてくるのか疑問である。間違いなく国家転覆をはかる左翼のかりそめであろう。

 私は今の日本が嫌いである。たいていのことを他人のせいにしつつ、自分より大きな存在に縋っている馬鹿者である。そこまで自分の権利を主張するのならば、犯罪者になるくらいの覚悟はすべきであるのに小心者である。あれは国家転覆をはかる左翼なのだ。若いからと言ってチンコを失くせば解決すると思っている勇者の振りした馬鹿な小心者である。アホである。チンコ付け直せ。


 私は美女が好きである。貧乳でも巨乳でも美乳でも構わぬ。長身でも低身長でも構わぬ。大きすぎるのと小さすぎる、いわば奇形は無理である。性格は穏やかであればあるほどいいが、ほんとうは穏やかであるのにツンツンするくらいが丁度いい。仲良くなったらあまりツンツンしなくならないくらいがいい。やっぱり巨乳がいい。白髪がいい。火葬してくれる系アベンジャーがいい。

 私は漢が好きである。筋骨隆々でも細マッチョでも構わぬ。長身でも低身長でも構わぬ。しかしチンコの大きさや、女の数や、身分を自慢するばかりのやつは漢ではない。ホモも観念願う。性格は穏やかであればあるほどいいが、ほんとうは穏やかであるのに軽い犯罪をしまくるくらいが丁度いい。仲良くなったらツンツンしながらも楽しそうにできるのがいい。やっぱり筋骨隆々がいい。毎日髪の色を変えて、リバウンドに特化してトラッシュトークしまくるクソ野郎ならなおさらいい。個人的にアイザイヤスチュワートはそのポテンシャルがあって素晴らしい。

 私は男の娘が好きである。筋骨隆々でも細マッチョでも構わぬ。長身でも低身長でも構わぬ。しかしチンコの大きさや、女の数や、身分を自慢するばかりのやつは漢ではない。ホモも観念願う。性格は穏やかであればあるほどいいが、ほんとうは穏やかであるのに軽い犯罪をしまくるくらいが丁度いい。仲良くなったらツンツンしながらも楽しそうにできるのがいい。やっぱり筋骨隆々がいい。毎日髪の色を変えて、リバウンドに特化してトラッシュトークしまくるクソ野郎ならなおさらいい。個人的にアイザイヤスチュワートはそのポテンシャルがあって素晴らしい。冗談である。

 私は男装女子が好きである。貧乳でも巨乳でも構わぬ。長身でも低身長でも構わぬ。しかし髭が生えていたり、腋毛が生えているのは勘弁願う。私はあくまで男装女子を弄り回して女にしたいだけなので、男の側面しかないのは困る。クール系で女を何人も落としてきた罪な女子なほどいい。イケメンでなきゃならない。私は王子様をお姫様に変えたいので、女から好かれてなければならない。その子を落としたとき、私は彼女を抱きかかえ、彼女を追う彼女から追われたい。願わくば二人で寝起きた朝に私だけが追ってきた女に刺されて、悲しまれたい。ロミオとジュリエットしたい。


 私は自分がどうでもいい。私は私がわからぬ。判別のしようがどこにあろうか。あるのは感情のみでその法則性のみだ。いくらでも変わりうるし、いくらでも戻りうる。私が私であることの証明とは、ここにあるその感情の連なりにほかならぬ。一言に自分が誰か客観視できる人間は、客観視できる人格であるだけである。そうでない人間もいるのだから、そう聞いてきた人間は自分を客観視できていない馬鹿である。

 私は君がどうでもいい。私は君がわからぬ。判別のしようがどこにあろうか。大概他人のことを気にする余裕などキチガイしかない。あるいは利害しかない。君がどこぞの大統領や独裁者であればもちろん好みは出るだろうが、この文を読む匿名である限りはどうでもいい。君は今、この文章を読んでいる瞬間だけ誰にとってもどうでもいい人間なのだ。私はそれと同じような感覚を今、抱いている。それも文学ではなかろうか。


 私は天皇がどうでもいい。私は天皇がわからぬ。ただこう書くと心臓がビビるくらいには恐れ多い存在である。私はその存在を一人の人間とみることが多い。芸能人ではない。どこにでもいるはずのお爺さんである。失礼に当たるかもしれないが、私は日本人ないし人間の象徴とはそれくらいに親しみのある、身分によって区別や差別されるべきではない、心の広い人物であってほしいし、そうであるだろう。到底人の心底などわかりえぬし、わかるのも失礼に当たると思われるので、これはどこにでもいる一人の感想である。

 しかしそれがどうでもないと自らを正論として利益を求めようとする人間や、当人の考えを代弁したように発するのは、まさしく人間以下である。これは天皇に限った話ではない。私はそういう意味でどうでもいいとは、ある種の人へ尊重であると願う。人の人生は決して重いものではないが、軽んじられるものでもない。関わり過ぎず、適当に関わるくらいが丁度いいものだ。それは自分であっても同じではなかろうか。


 個人主義の慣れの果てたる現代社会は、全体主義の慣れの果てと変わらない有様であると見える。どちらかに偏り過ぎればしんどいというのが答えでなかろうか。様々な人間がいるのなら、まずそういう人間をちゃんと見るべきである。どうでもよくないというのならば。

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