深夜のコンビニの小さな希望

Unknown

【本編】

 最初に軽く自己紹介をしよう。俺は高橋翔太。年齢は27歳。現在は実家で引きこもりのニート生活を送っている最低の男だ。


 ◆


 俺は高校時代、2年生までは野球部に所属していた。しかしその中で先輩達からの激しいいじめに遭い、それが大きなトラウマになりメンタルを壊して退部した。その直後、うつ病と診断され、俺はロクに登校も出来なくなったため、通信制高校に転入した。メンタルを病みながらも通信制高校をなんとか卒業した後に進学した専門学校でもずっと孤立していて、未来に希望も全く見えなくて、ロクに通えずに中退した。

 それ以降は実家の2階の自室に引きこもって常にインターネットの世界に入り浸るようになった。真っ黒の遮光カーテンで部屋は常に真っ暗だ。常にパソコンかスマホだけが部屋の光源。

 さすがにニート状態で何もせずにいるのは両親に申し訳ないから、鬱が改善の兆しを見せてきた頃にバイトの面接に申し込んだりして採用もされたのだが、どうしても人間関係が上手くいかなくて長続きしなかった。


「高橋君って暗いよね~。笑ったことある? 感情あるの?」


 とスーパーの品出しバイトをしていた時、店長に小馬鹿にするような笑顔で聞かれたことがある。


「さぁ」


 と俺は無表情で答えて、すぐにそのスーパーでの仕事を辞めた。

 それからいくつもバイトに応募をしては早期退職を繰り返すうちに、俺は完全に社会に出て働く自信を喪失してしまった。俺はバイトすらままならないゴミ人間だ。野球部の先輩に何度も「死ね!」と言われた時、ロープでも買って死んでおくべきだった。「高橋君って暗いよね~。笑ったことある? 感情あるの?」と笑われながら聞かれた時に強い怒りに身を任せて店長の首を絞めて殺して刑務所に入っておくべきだった。俺なんてこの世に生まれるべきではなかった。


 そう思ったのが、おそらく俺が22歳くらいの時。


 ◆


 それから5年もの月日が流れて、俺は現在27歳だ。


 俺の引きこもり状態は良化するどころか、極限まで悪化していた。リアルの世界にもネットの世界にも1人も友人のいなかった俺は、心の領域のすべてをドス黒い孤独感に常に覆われていた。

 そんな中、23歳のある日、何気なくストロング系の缶チューハイを夜中のコンビニで1本買って飲んで少しの時間が経つと、頭が楽しい気分だけになって、孤独が全く気にならなくなった。今までに感じた事のない幸福感を得た。

 そこから俺が親の金でアルコール依存症になるまでに要した時間は本当に短いものだった。

 そこから俺は両親の経済状況をかなり圧迫させる事となった。

 俺は現在、両親と3人暮らし。姉と妹がいるが、既に2人とも結婚していてこの実家には両親と俺の3人だけがいる。

 父は中小企業の営業マンで、仕事が忙しくて帰宅が遅いため、普段は俺とはほとんど顔を合わせない。母はパートでスーパーのレジ打ちをしている。俺の引きこもり状態に対して当初は心配していたが、本格的に引きこもり始めてから5年が経ち「もう何を言っても無駄」と半ば諦めている雰囲気を俺自身感じている。母は自立支援を個人でやっている人と連絡を取り合い、俺をそこへ何度も連れて行こうとしたが、俺は断固として拒否して、母は全てを諦めた。

 普段、俺と両親の間には直接的な対話はほぼない。


「酒が無くなった。買ってきて」

「……分かった。なにを何本?」

「ストゼロの500を5本」

「……うん」


 これが一番最近交わした母との会話だった。

 家族との関係は完全に冷え切っている。

 正直言ってもう、俺は全てを諦めていたし、最初は強烈に持っていた家族への罪悪感も希薄になりつつあった。ただ、酒が飲めればいい。

 俺はこのままでは駄目だと心の中では強く思って自己嫌悪に陥っている。例えば俺は野球を見るのが好きだが、プロ野球選手たちがどんどん自分より年下になっていったり、ネットやSNSなどで同年代の活躍を見るたびに「俺は何も成せないゴミ屑だ」と強く思うようになり、SNSのすべてを辞めて匿名掲示板に入り浸るだけになった。匿名掲示板には俺と同じような奴もいる。

 両親のみならず、すでに結婚している姉や妹にも申し訳ない。引きこもりで何も出来ない俺は一族の恥さらしだ。

 何かを変えたい。

 そういう想いは常にあるが、無力感と過去の失敗の経験が俺の行動力を極限まで落としていた。

 俺の趣味は匿名掲示板とネットサーフィンと動画視聴と、時折ネットに自分の小説を載せる事くらいだった。若い頃はもっと沢山趣味があったが、いまはこのくらいしか出来ない。

 ついでに昼夜逆転状態であり、部屋は酒の空き缶で散らかり放題。


 ◆


 あるとき、見かねた母は俺にこう言った。


「もうお母さんは精神的に限界だよ。お酒が欲しいなら、今後は翔太が自分で買いに行ってきて」

「……無理だ。外に出られない」

「じゃあ夜中でいい。お金は渡す。お酒が必要ならすぐ近所のコンビニで買うようにして」

「……分かった」


 それ以降、俺は深夜帯にのみ、酒を求めて外出するようになった。髪は何年も切っていなくて酷い有様だったが、勇気を出して近所のスーパーの中にある1000円カットの店で切ってもらった。

 深夜のコンビニなら人と会う機会も無いだろうし、俺にも行く事が出来た。

 やはり他人と関わる昼間の時間帯は俺にとっては心苦しいものがある。

 重度の引きこもりの俺が唯一外に出られるのは深夜だけだ。


 ◆


 2025年の3月12日の深夜3時、俺は黒のダウンジャケットに身を包み、母親から受け取っていたお金でいつも通り酒を買いに行くために、実家から出た。父と母を起こさないようにゆっくりと家を出る。

 道中、俺はダウンジャケットのポケットに手を突っ込み、耳にイヤホンを突っ込んで「syrup16g」というバンドの曲を聴いていた。真の孤独を歌ってくれるバンドだから、学生時代から大好きだった。

 3分ほど歩いたところで、いつものコンビニに到着した。

 もう1か月くらい、毎日ここに来ている。


 ◆


 ほぼ毎日俺は深夜3時にこのコンビニに来る。

 だから店員からは「酒だけを毎日買いに来る終わってる常連客」として認識されているだろう。しかし、店員と客という立場で、それ以上の関わりは無いのだから、内心でどう思われていようがどうでもよかった。

 だいぶ田舎のコンビニという事もあり、俺がよく来る深夜の3時くらいには客が居る事の方が少なかった。

 そして、ほぼ毎日大体レジにいるのは40代か50代くらいの小柄で細身の女性だった。

 今日も店内には俺だけが居て、俺はすぐに酒が入っている冷蔵庫へと向かう。すると、その女性店員は別の作業をやめてレジへと向かって俺が来るのを待つ。

 俺は買い物カゴにストロングゼロを4本入れて、女性店員の待つレジ台の上にゆっくりとカゴを置いた。

 年齢確認を済ませながら、静かな店内にはレジの「ピッ」という音だけが響く。

 すると、いつもは何も話しかけてこない40か50代くらいの女性店員が突然、笑顔になり、


「──いつもこの時間帯だね。夜型なの?」


 と穏やかな口調で訊ねてきた。

 俺は急に話しかけられたことに軽くパニックになりつつ、目を完全に逸らして、


「まぁ……」


 とだけ呟いた。

 すると店員は、


「そうなんだ」


 と穏やかに笑った。

 俺はこの時点で、もうこのコンビニに来るのは辞めようと思いかけた。

 自分の存在を認識されていて声まで掛けられてしまった。あくまで【店員と客】でありたいのに。

 だが、俺の家の周辺には24時間営業のコンビニはここにしか無いし、今後もここに来るしかなかった。


「ありがとうございました~」


 俺がエコバッグに酒を入れてコンビニから出ると、後ろから優しくそう言われた。少し話しただけだが、俺は直感的に「この人は悪い人ではない」と感じていた。明日からも、ここに来ようかな。というかそれしか選択肢ないし。


 ◆


 俺は翌日も深夜の3時過ぎくらいにコンビニに向かった。今日も、昨日と同じ40か50代くらいの女性がレジに立っていた。俺は内心気まずさを感じていた。俺はこんなことは望んでいなかった。ただ酒が欲しいだけだ。

 だがAmazon等で酒をまとめ買いする事は両親が許可してくれなかった。

 家に何本も酒がある状態だと俺が際限なく飲みまくってしまうからだ。過去にも、俺は際限なく酒を飲み続けて急性膵炎になって入院したことが何度かあった。酒の飲みすぎで入院して高額のお金を親に負担してもらうくらいなら、俺も毎日深夜のコンビニで酒を買う方が良い。短い距離とは言えど散歩にもなるし。

 俺は今日もあの女性がいるレジに酒を置く。

 今日も何か言われるのではないかと身構えていたが、特に何も言われなかった。

 日によって話しかけてくる日と、そうでない日の2パターンがあった。

 ある時は、


「この時間は落ち着くから良いよねぇ。人も居ないしさぁ。静かで落ち着かない?」


 と店員に言われた。


「はい」


 と俺は無表情で最低限の言葉で返した。

 すると彼女は、


「だよねぇ」


 と微笑んだ。


 ◆


 俺は何か月も毎日、深夜の3時台にコンビニに行くようになっていた。もちろん別の店員がレジにいた時もあったが、その女性店員の場合も多かった。

 そんな中、俺はある事に気付いたのである。

 彼女が俺に話しかけてくる時と、話しかけてこない時の違いについてだ。

 彼女が俺に軽く話しかけてくる時、彼女の目や表情はとても疲弊しているように見えた。だが、何も話しかけてこない時は比較的元気そうな顔をしているような気がした。俺は人の顔を見るのが苦手だから決して毎回彼女の顔を見ているわけではないが……。

 

 ◆


 いつの間にか寒い季節は終わっていて、6月の梅雨時のジメジメしたシーズンになっていた。俺は黒いバンドTシャツと黒いハーフパンツで傘を差して小雨の降る中を歩いた。

 ちなみに今日はいつもの3時台ではなく、深夜5時台くらいにコンビニに向かった。もうすぐ朝が来てしまう。その前にコンビニに行っておかねば。


「……」


 店内に入ると、今日もあの女性店員がいた。

 俺はいつも通りにさっさと買い物カゴに酒を何本も入れて、店員の待つレジへと向かい、ゆっくりとカゴを置いた。

 その瞬間のことだった。

 彼女が頭を前後に小さく揺らし、目を閉じて、若干ふらついたのである。

 とても心配になった俺は思わず、


「えっ? 大丈夫ですか?」


 と初めて自分から声をかけた。これには自分でも驚いた。もしかしたら俺は、何か月も真夜中のコンビニに通っている中でこの女性に親近感のようなものを感じていたのかもしれない。

 すると店員さんはすぐ笑顔になり、


「大丈夫、ちょっと疲れてるだけだから。ごめんなさいね」


 と明らかに、ちょっとどころではなく【かなり疲れてそうな笑顔】で言った。

 なので俺は、


「休んだ方が良いですよ」


 と呟いた。

 すると彼女は笑顔のまま、

 

「ありがとう。じゃあお言葉に甘えて、ちょっと休もうかな。この時間帯、お客さん全然来ないし。ありがとう。今あなたがいなかったら倒れてたかも」


 と言ってくれた。

 ──あれ? 俺が他人から感謝されたり「ありがとう」なんて言われたのは、いつ以来だろう……? 他人に存在を肯定されたのは、何年ぶりだろう……? 他人に必要とされたのは何年ぶりだろう……?

 その後、彼女はレジ台に両手をついて休みながら、俺にポツリポツリと身の上話をしてくれた。


「……実は私、46歳のシングルマザーでね。高校3年生の息子がいて、今は息子と2人暮らしなんだ」

「そうなんですか」

「そうそうそう。それでね、今は昼間の清掃業と深夜のコンビニバイトで生計を立ててるの」

「……大変ですね」

「いや、全然大丈夫! 平気だよ!」

「……」


 全く大丈夫には見えない。目のクマが凄いことになっているし、数か月前よりも痩せている気がする……。

 やがて彼女は微笑みながらこう言った。


「私があなたによく話しかけてた理由、分かる?」

「いや、まったくわからないです」

「あなた、私の息子にそっくりなの。雰囲気も顔も。だからいつも実は気にしてたんだ。それで話しかけてみたら、ぎこちない感じもそっくりで、口数が少ないところもそっくり。優しいところもそっくり。さっきは心配してくれてありがとうね」

「……いえ。ふらついてたので……」


 息子さんが俺にそっくりという事は、将来ニートやひきこもりになるのでは? と思ってしまったが、そんなことは口が裂けても言えない。


「ちょっと質問してもいい?」と店員さん。

「いいですよ、なんでも」

「あなたは今、何歳?」

「今は、27です」

「へぇ~。もっと若く見えたよ〜。お仕事は何してる? 在宅ワークとか?」

「恥ずかしいですけど、もう5年間も実家に引きこもりのニートなんです……。外出はコンビニと、月1の精神科だけです」

「あ~そっか~。でも偉いじゃん!」

「え……? なにがですか?」

「だって、こうして毎日ちゃんと外に出て、コンビニまで散歩もしてるし!」

「でも、買ってるのは毎回お酒だけですよ」

「あはは。それはまぁ良くないけど。でもちゃんと外に出れてるのは良いことだと思うなあ」


 何故か、やけに会話が弾む。


「そういえば、名前はなんていうの?」

「僕は高橋です。あなたは?」

「奇遇! 私も高橋~!」

「まぁ高橋は多いですもんね」

「ねー。あぁ不思議だなぁ。なんか私の実の息子と話してるような感覚になっちゃう」

「……」

「もう実際にはロクに何年も口も聞いてくれないんだけどね……」

「……はい」

「実はね、私、1年くらい前に過労が原因で倒れちゃった経験があるの」

「え」


 高橋さんは笑顔のままこう言った。


「過労で倒れてしばらく入院した時、病院のベッドで私、こんなこと考えちゃった」

「なんですか?」

「“生きる意味”って何だろう? って」

「“生きる意味”……」


 “生きる意味”。それは俺も頻繁に考える事だった。引きこもりのニートで何もできない俺が生きる意味なんて無いだろうと毎日思っている。毎日消えたい死にたいと思っている。


「ねえ、高橋君から見て、私ってどんな性格の人に見える?」

「うーん……明るい人?」

「そう見えるでしょ? 実際、友達や家族からもそう思われてる。一見明るい人だってね。だけど実は、数年前から鬱病でメンタルクリニックに月1で通ってるんだ。周りからは誤解されやすいんだけど、私、本当は超暗いの。あははは」

「……へぇ」

「あ、ごめんね。話し過ぎちゃったかな」

「あ、いえ、強い人だなぁと思ったから、変な反応になっちゃっただけです。ちなみに、うつ病になった理由とかって聞いても大丈夫ですか? もし嫌じゃなければ」

「やっぱり今後の不安かな。息子の進学資金とか、私自身の老後の不安とかね」

「……ありがとうございます。教えてくれて」


 間違いなく俺の親も、俺の将来を不安視しているだろう……。俺はなんて駄目な奴なんだ。今日も酒を買いに来て……。

 でも怖いんだ。怖くて怖くて仕方ないんだ。また社会に出る事が。また同じような苦しみを味わう事になるのが。


「高橋君の事は最初は単なる常連客として見てた。でも、ぎこちない雰囲気とか疲れてる表情を見てたら私の息子と重なって、“何か抱えてそうだな”って思って、他人ごとに思えなくなったの。ごめんね」

「いえ、なにも気にしないでください」

「実は私の息子、最近は高校にあまり通えてなくてね。友達も全然いないみたいで不登校気味で、それも凄く心配なんだよね……」

「あ、そうなんですか。実は俺もそうだったんですよ」

「え!? そうなの」

「野球部でいじめに遭っちゃって。そこからは友達も1人もいなくて鬱病で通信制高校に行ったり。何度もバイトしたんですが、全部、何もかもが上手くいかなくて……」

「えらいよ!」

「え。なにがですか。僕は何も偉くなんかないです」

「えらいよ。だって、何度倒れてもまた立ち上がろうと頑張ってるから。えらいんだよ」

「ありがとうございます。“えらい”だなんて、そんなこと初めて言われました」


 と話していると、やがて店の外の景色がだんだんと明るくなってきた。そういえば今日は6月で時間帯も5時台だ。


「あ、もう朝だね〜」

「そうですね」

「ねぇ高橋君」

「はい?」

「ほら見なよ。どんなに生きるのが辛くても朝は来るんだよ。生きてりゃ良いことあるって! あははは」


 高橋さんは快活な笑顔でそう言った。

 俺は、本当は笑いたかったが、彼女を無理させてしまっているんじゃないかと不安で、どうしても無表情を崩すことが出来なかった。


 ──生きてりゃ良いことある、か……。


 たしかに今日は超良い日だった。久しぶりに、いや、めちゃくちゃ数年ぶりに他人とここまで長く話した。

 会計を済ませた俺は、「今日はありがとうございました」と死ぬほど下手糞な愛想笑いで呟いて、店を後にした。

 すると後ろから「またね~」と彼女の声が聞こえた。

 

 ◆


 それから数週間後の事だろうか。

 梅雨が明けて季節は夏になった。

 今日は深夜の4時頃にいつものコンビニに酒を買いに行った。

 すると、いつもの女性店員である高橋さんが店内にいたので、俺は少し嬉しかった。

 俺がいつも通り、買い物カゴに缶チューハイを数本入れてレジに向かう最中のことであった。


「──」


 俺の前を歩いていた小柄で瘦せ型の高橋さんは、突然頭を小さくゆらゆらと揺らして、後ろに倒れそうになったのである。

 俺は咄嗟の判断で買い物カゴを後ろに投げて、倒れかけた高橋さんの体を支えた。

 とりあえず、よかった……。

 もし、たまたま俺が居なかったら、高橋さんは後ろに倒れて後頭部を強く打ち付けて、脳震盪にでもなっていたかもしれない。最悪、命の危険も……。

 しばらく高橋さんを俺が支えていると、高橋さんは「うぅ……」と小さく呻き声を出しながら、ゆっくりと立ち上がった。


「え、大丈夫ですか!? 高橋さん!」


 俺がそう言うと、高橋さんはレジに両手をついて、笑顔で、


「ありがとう高橋君」


 と言った。そして、


「ねぇ高橋君。下の名前は?」

「翔太です」

「そっか、ありがとう翔太君」

「いえ」

「翔太君がいなかったら、私、また過労で救急車で運ばれてたかもね」

「とりあえず休んでください。あ、そうだ! 水! 今すぐ水買いますから、それ飲んでください!」

「そんな、悪いよ……」

「悪くないです!」

「…………うん、わかった。ありがとう」


 俺は初めて酒ではなく水をレジに置いて、急いで購入した。そしてその水を高橋さんにすぐ渡して飲んでもらった。


「ありがとう、ほんとに助かった」


 と、いつもの笑顔の高橋さん。俺が人の役に立ったのなんて、いつ以来だろう。子供の頃まで遡るかもしれない。こんな俺でも、人を助けることが出来た。こんな俺でも誰かの役に立てるんだ……。


「──ねぇ翔太君」

「なんですか?」

「翔太君って、今も無職?」

「はい、今もずっと無職です」

「ならちょうどいいや。実は最近、夜勤のおじさんが1人退職しちゃってね、人手不足なんだ」


 その次に発せられるであろう言葉を俺は完全に察した。


「──翔太君さえ良かったら、うちのコンビニで働いてみない? 夜勤でさ」

「そう言ってくれるのはとても嬉しいです。だけど俺みたいな人間でも平気でしょうか。とても不安です」

「大丈夫! これだけ長い間、翔太君と接してたら分かるよ。翔太君には勇気が足りてないだけだって。さっきだって私のことを咄嗟に助けてくれた。優しいね。翔太君は昔いじめられてたって言ってたけど、いじめられるような人じゃないんだよ。少なくともこの職場ではね。翔太君は間違いなく人の役に立てる人間だよ。ここでのバイトなら大丈夫! それに私もいるし、店長に太鼓判を押して、必ず採用してもらうようにするからさ! どうかな?」

「うーん……」


 俺は逡巡する。

 俺は5年間も引きこもっているしロクに他人とも喋れない。だけど、高橋さんとは喋れているじゃないか。その高橋さんが「大丈夫」だと言うのなら、信用してみてもいいのかもしれない。


 ◆


 結論から言うと、俺はしばらく迷った末に1週間後にコンビニの深夜バイトに応募した。

 店長との面接では緊張のあまり言葉に詰まりかける場面もあったが、横で高橋さんが、


「この子はとても真面目だし、なにより私を2度も助けてくれた優しい子ですから、絶対に採用するべきです!」


 とアシストしてくれた。

 すると店長は、


「そっか~。高橋さんが言うなら信用できるなぁ! 高橋君は週に何回くらい入れそうかな」


 と笑顔で言った。

 

 ◆


 結果、俺は採用された。

 最初こそ失敗続きで挫折しかけたものの、店長や他の従業員や高橋さんのサポートのお陰ですぐに仕事にも慣れた。

 そして何よりも1番大きく変わったのは、家族との関係だった。

 まさかこの俺がアルバイトを始めるなんて思っていなかったようで、母も父もめちゃくちゃ驚きつつ、祝福してくれた。

 まさかこの俺が再び社会と繋がれる日が来るなんて思わなかった。

 月末、

 

『あ、そういえば今日は初の給料日だね。おめでとう〜!』


 と高橋さんからLINEが届いた。

 昼間、俺はコンビニに足を運んでATMで自分の口座を見た。

 すると、しっかりバイトで働いた分の金額が振り込まれていて、俺は感無量だった。


「──よし、明日も頑張ってみよう」


 俺は店内にいる誰にも聞こえないくらいの小さな声量で、でも心の中ではとても力強く呟いた。

 その日は、コンビニでプリンだけを買った。お金なんてあまり必要ないんだな。帰り道、道端に咲いている綺麗な花を見つけたから、思わずスマホで写真を撮った。

 俺みたいにどこにでも居そうな、どこにでも咲いていそうな、何気ない花……。

 それでも、ただの花がこんなに美しいと思えたのは人生で初めての事だった。








 ~終わり~

 

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