マダム・スケルトン
屑木 夢平
第1話:小夜子さん
小夜子さんは私がいままで出会った中で最もふくよかな女性だった。どちらかといえば細身の旦那さんと並ぶとより顕著だったが、それをまったく気にしない大らかさを彼女は持っていた。
私が小夜子さんと初めて会ったのは半年ほどまえ、知人の結婚式でだった。新婦側のゲストとして招かれた私たちは同じテーブルに案内され、向かいあって座った。その体つきのために小夜子さんは会場でもひときわ目立っていたのだが、ふとした仕草はどこか繊細で、テーブルマナーにも明るく、口元を手でそっと覆って微笑むのが印象的だった。それに私も小夜子さんも小説を読むのが趣味だった。私たちが意気投合するのにそう時間はかからなかった。
話の流れで新婦との関係を訊ねられた私は、自分のInstagramのアカウントを紹介した。私個人のアカウントではなく、キルトアーティスト『ori』としてのアカウントである。作家名は本名の
会社勤めをしながら趣味のキルト制作を続けていた私はとあるコンテストに入賞したことをきっかけに界隈で少しずつ名が売れ始め、いまでは副業で教室を開くまでになった。今回式に呼んでくれた新婦も教室の生徒の一人だった。
小夜子さんは私がアップしている作品を見て、まあ、と感嘆の声を上げた。
「素敵な作品がたくさん。特にこれなんてすごい」
彼女が褒めてくれたのは白と青系統の生地のみで菩薩像を表現した『
「おれはこの手の方面にはさっぱりだから、よくわからんなあ。けっこう高く売れたりするもんですか?」
アルコールで首まで真っ赤に染まった旦那さんが笑いながら言うと、小夜子さんは呆れ顔でため息をついた。
「あなたはいつもそうね。美術館に行っても、この絵はいくらするんだって、お金の話ばっかり。ねえ、もしよかったら私もあなたの教室に通ってもいいかしら?」
「もちろんです。ぜひいらしてください」
「不器用なおまえには無理だろう。月謝の無駄だよ」
旦那さんの言葉に小夜子さんが顔を赤くして黙りこんでしまったので、
「問題ありませんよ。私だって別に器用な人間じゃないんです」
と私は助け船を出した。
正直なところ、私はこのやり取りを本気にしていなかった。結婚式の幸せなムードに浮かれた女性二人の、翌日か翌々日には忘れ去られる口約束だとばかり思っていたのだ。実際はそうではなかった。その場で私のアカウントをフォローした小夜子さんは二日後には正式な入会の連絡を寄越し、道具一式を買い揃え、次の週から教室に通い始めた。
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