第20話

 船は順調に進み、対岸へと辿り着いた。


「さあ、着いたぞ」


 そう声をかけられて、船を降りようとしたときだった。わたしの手首に、がちゃん、と手錠がはめられる。


「え、な、何するんですか?」


 後手に固定されて身動きが取れなくなる。


「悪いな。陛下の前でその道具を使われるわけにはいかないんでな」

「ちょ、ちょっと! 離してくださいよ!」


 手錠を外そうともがくのだけれど、金属製のしっかりしたそれは、簡単に外れるはずもなく。


「これは預からせてもおらおう」


 男はそう言ってわたしのギターを持っていく。


「ちょ、ちょっとやめてよ! わたしのギター返して!!」

「うるさい。大人しくしろ」


 わたしが抗議しても男たちは意に介さない。しばらくしてまた別のグループの男たちがこちらに近寄ってきた。今まで一緒にいた人たちよりは小綺麗な格好をしていて、話し言葉もなんだか上品な雰囲気だ。


「なるほど。先ほど言っていた謎の道具使いというのがこの娘のことか」

「はい。それで、これが例のギターなる道具のようです」


 わたしのギターはあとから来た人たちに引き渡される。同時にわたしの手錠の反対側も。


 男たちは何やらヒソヒソ話し合っていて、そのうち彼らはここを離れることになったらしい。


「では、あとはよろしく頼みます」

「ご苦労」


 最初に一緒に船に乗った男と後から来た男は、わたしの頭越しにそんな会話をして、別れた。


 わたしはまた知らない男たちの中に取り残された形になる。


「さて、この女をどうしたものか……」


 漏れ聞こえる話から推察するに、おそらくここにいる男たちは王の従者たちのようだった。わたしの噂を聞きつけて、この王都メロディアの入り口で待ち構えていたということだったようだ。



 しかしその時、だった。


「あなたたち、何をしているの!」


 澄んだ高い声が響き渡る。声のするほうを見れば、そこには女の子がいた。ふわっとした金髪に緑色の瞳を持つ彼女は、いかにもお伽話に出てくるお姫様のようだった。


「ちょっと! こんな可愛い女の子に何やってるの!」

「エレノア王女!?」


 従者の男たちの間にどよめきが生まれる。

 お姫様みたいと思っていたら、本当にお姫様だったようだ。それも、さっき話していた噂のその人。


「なんでまたこんなところに……」

「ちょ、ちょっとお散歩してただけよ! ……それより、その子を離しなさい! 命令よ!」

「しかしエレノア王女……この女は、奇妙な術を使うとのこと。おそらく魔女の仲間かと」

「そんな……魔女だなんて。こんなに可愛い子が?」


 また魔女疑惑をかけられて不穏なやりとりがされているのだけど、エレノア王女がわたしに対して、やたらと『可愛い』を連呼してくるのが気になる。


 ……あの人のほうがよっぽど可愛いと思うのだけれど。100倍、いや400倍くらいは可愛いと思う。ちょっと意味がわからないけれど。


「大丈夫? 怖かったよね……? 今離してあげる」


 エレノア王女のおかげで、わたしは手錠だけはなんとか外してもらうことができた。


「あ、ありがとうございます……」

「怪我はないみたいね? よかった……。わたし、エレノア! あなたはなんてお名前なの?」

「あの、瑠衣って言います」

「あれ、ルイ……ってどこかで聞いたことあるような。でも何か忘れちゃった! まあいいわ、瑠衣、よろしくね」

「はい、エレノア王女」


 エレノア王女は随分と楽観的な性格のようだった。


「ところで、それは……なんていう名前の道具なの?」

「ギターって言います。これで音を出すことができるんです」

「瑠衣はこれを使えるの?」

「あ、はい。一応」

「すごい! やってみて!」


 そう言われるとついつい嬉しくなってしまって。わたしはギターを弾いてみせる。


「ああっ……」


 エレノア王女は頬を赤らめて座り込んでしまう。ミレイユと最初に会った時と同じような反応だった。


 ああ、やってしまった。わたしは慌ててギターを弾く手を止める。この世界では音楽は特殊な魔法のような存在なのに。また怪しまれてしまう……そう思っていると、エレノアはパッと立ち上がって言った。


「ねえ、瑠衣。わたしもこれ、やってみたいわ! わたしにも教えてくれる?」


 さっきまで座り込んでいたのに、エレノア王女は元気一杯にそんなことを言ってくる。


「え、ええ。いいですけど……」


 王女様に頼まれて、わたしの立場で嫌と言えるわけもないのだけど。


「やったあ! じゃあ決まりね! すぐに瑠衣の部屋を用意してちょうだい!」


 エレノア王女は隣にいる従者にそう指示をする。どうやら本気で言っているらしい。


「瑠衣、しばらく城にいてくれない?」

「いいんですか?」

「もちろん! 瑠衣が望むなら、いつまでだっていてもいいのよ!」

「王女様……そんな勝手に……」


 そうしてわたしは、エレノア王女に求められるままに、しばらく王城で過ごすことになってしまったのだった。

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