4. 不思議な楽器
第16話
翌朝、リアナがわたしを起こしにきた。ミレイユがいないことをどう説明しようかと思ったのだけど、不思議なことにリアナはミレイユのことを覚えていなかった。
リアナだけじゃない。パン屋のご主人も奥さんも、ミレイユのことなんて全く知らないという様子で。
「ずっと1人でいて疲れているみたいだし、夢でも見てたんじゃないかしら……?」
なんて言われてしまう始末。
だけど、これ以上話しても不審がられるだけだろうと思うし、わたしはミレイユのことを夢で会った少女だということにしておいた。
「じゃあ、とりあえず今日は、街を案内するね」
リアナはそう言って、さっそくわたしを連れ出して街中を歩き出す。服屋さんだとか、薬屋さんだとか、昨日は見られなかったいろいろなお店を紹介してくれた。
そこへ1人の男性が近寄ってきた。白い髭をたくわえたおじいさんで、『ガレン』と名乗った。彼はこの街の外れで本屋をしているのだそうだ。
「君かな? 昨日、広場で妙な道具を使っていたのは」
昨日の広場での演奏を聴いていたらしい。
「ああ、これですか。ギターって言うんです」
わたしはギターを出してみせる。大事な相棒だから、一緒に背負ってきたのだった。ポロン、と音を鳴らしてみると、ガレンさんは途端に固まってしまう。
「この音は……」
しまった。やたらと和音を出したらいけないと、ミレイユに言われていたのに。この世界の人間には、ギターの音は刺激が強すぎるから、と。
そばにいたリアナも顔を赤らめる。初めて会った時にミレイユがしたのと同じような反応だった。
「あ、ご、ごめんなさいっ」
わたしは慌ててギターを弾く手を止める。
すると、ガレンさんは、ようやく落ち着いたというように息を吐いた。そして額にかいた汗を拭きながら、言う。
「ちょっと、こちらへ来てもらおうか。話が聞きたい」
そう言われてわたしは、リアナと共にガレンさんに連れられていくことになった。向かう先は、ガレンさんの自宅である本屋さんだ。
「わあ、すごい……」
さすが本屋さんということだけあって、お店の中には天井まで届きそうなほどの大きな本棚と、その中に大量の本が並べられていた。
「こっちだよ」
そう言ってガレンさんはお店の奥に入っていく。
扉を開けた先には、さらに多くの本棚があった。
「ここにある本は売り物じゃないんだ。あまりに古い本たちだからね……」
そう言いながらガレンさんは埃のかぶった本棚の中から一冊の本を取り出した。
「確かここに……」
そう言って本を開く。ペラペラとページをめくっていくと、なんとそこにはギターのイラストと、それから笛を吹く女性の姿が描かれていた。ところどころ掠れてしまっていて文字はうまく読めない。けれど、どうやら大昔の魔女について書かれている本らしかった。
「これ、ギターだ。でも、この世界にギターはないって聞いたはずなんだけど……どうして……?」
「それは、ギターというのか。この本によれば、はるか昔、魔女たちが使っていた魔法の道具だと書かれているが……。まさか君は……」
「ち、違います! わたしは魔女じゃないです。普通の人間!」
必死で否定する。魔女だなんて思われたら、どんな目に遭うかわからないし。
「しかし、その道具は一体どこから……? そもそも、君はどこから来たんだい」
ガレンさんはわたしに疑問をぶつけてくる。だけど、わたしはうまく答えることができない。だって、どうやってここに来たのか、自分でもわからないんだから。
だけど、いつまでも逃げ続けるわけにもいかない。それに、こんなにたくさんの本に囲まれて暮らしているガレンさんなら、もしかしたら元の世界に帰る手掛かりを何か思いつくかもしれない。
「あの、わたし、実は……」
わたしは勇気を出して、ガレンさんに伝えることにした。自分はこの世界ではないところから来たということ。自分のいた世界ではこのギターのような楽器を使って、たくさんの人々が音楽を奏でていたということを。
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