2. 支配するもの、される者

第6話

 震える空気が、耳をくすぐる。彼女の指先から放たれたその波はやがて、甘美な色をまとって私の身体を支配し、痺れるほどの快楽を与えてくる。私は目の前にいるその少女を思わず睨みつけた。


「ミレイユ! 今度は上手くいったかな?」


 私の感覚など知る由もない彼女は無邪気にそう言う。私にダメージを与えたその木製の凶器を愛おしそうに抱えて、こちらの目を見つめてくる。


「もう一回弾いてもいい?」

「……だめ」


 息を整えながら、やっとのことでそう言うと、私はその場に倒れ込んだのだった。



 この世界には二種類の人間がいる。それを知らない者と、知っている者だ。音楽と呼ばれる、耳から伝わる甘美な刺激に支配される者と、それを支配する者。魔女である私は、紛れもなく後者のはずだった。

 横笛の音で人々の精神を支配コントロールする魔法"誘惑テンプタ"を、自在に操る"笛の魔女フラウタ・ウィッカのミレイユ"。かつて最凶と恐れられた、その魔女が私だった。


 ……しかし、どうしてこんなことに。


「ミレイユ! 気がついた? ごめんね、さっきはやりすぎちゃったかな……?」


 目覚めると、目の前には少女がいる。肩までの長さの黒髪に黒い瞳を持つ、このあたりでは見かけない姿の彼女の名は瑠衣。先ほど私を気絶させた張本人だ。


「……やりすぎだ。ちょっとは加減してくれ」

「ごめーん」


 言葉ではそう言うが、本当に反省しているのやら。小動物のようなくりくりとした目でこちらを見て笑っている。


 音楽に耐性がある私ですら、こうなってしまうほどの威力。並の人間が食らったらと思うと本当に恐ろしい。そんな危険な力を、この瑠衣は持っているのだった。


 そもそもの発端はひと月ほど前のことだ。



 *



 一体どれだけの時を、私はそうして過ごしていたのか、わからない。

 身体が動かないまま、先に頭だけが目覚めた。


「ミレイユ……」


 誰かが私を呼ぶ声に気づいて目を開けると、そこは森の中だった。頭上を見上げるも、木々に覆われた空は暗く、今がいつでここがどこなのか、時間も場所もよくわからない。


 身体を起こそうとしても痺れたように動かない。私はずいぶんと長い時間、眠ってしまっていたようだった。


「くっ……」


 動かない身体を動かそうと試みると、胸の痛みと共に、過去の記憶が蘇る。そうか。私はあのとき、ここで……。


 あの憎き人間たちに攻撃され、聖女によってこの木に封印されたのだ。


 よく見てみれば、私の身体には巨大な木の根が絡みつき、手足や胴体を拘束していた。これでは身動きがとれないわけだ。


 ふ、と息を吐く。


「……レディーレ戻れ


 そう言うと、身体にまとわりつく木の根はもぞもぞと動き出し、私の身体から離れる。


「いい子だ。護ってくれてありがとな」


 私は立ち上がる。これでようやく手足を伸ばすことができた。大きく伸びをしようとした、その瞬間だった。


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