和音のない世界で、笛の魔女はギター少女に恋をする
霜月このは
プロローグ
深い森の奥で叫び声がこだまする。鬱蒼と生い茂る木々の中で、しかも夜だというのに明るく見えるほど、辺りは炎に包まれていた。耳を
「放て!」
男の合図に合わせて、再び攻撃が始まった。何十もの軍隊が一斉に、一つの目標に向かって銃器を向ける。
大勢の兵士たちの標的となっているのは、全身黒い衣をまとった一人の少女だ。銃弾の雨の中にも関わらず、彼女は長い髪を揺らしながら、攻撃をかわす。黒色の長い髪がひらりと風に舞うが、それが乱れるほど大きな動きではない。まるで午後の散歩でもしているかのような優雅な所作である。
しかし、より大きな砲弾が発射された次の瞬間、彼女は宙へと飛び上がった。それは風に乗る鳥のように自然な動きで。攻撃している者たちさえ、息を呑んで見惚れてしまうほどの美しさだ。
少女は羽織っているマントで砲撃を軽くかわし、空を自在に飛び回る。
そう、彼女は通常の人間ではなかった。
かつて、魔法の笛を使った幻術によって人を操り、多くの犠牲者を出したと言われる伝説の"
「おのれ、薄汚い魔女め……!」
攻撃をかわされた兵士は、そう悔しそうに吐き捨てる。魔女は余裕そうにそれを見て微笑んだ。炎を映した青色の目がキラリと光る。
「どうします? あちらから回り込みましょうか?」
「いや、待て。アレを使おう」
兵長らしき男が指をパチっと鳴らすと、後ろから何者かが現れ、それを見た途端、魔女の顔色が変わった。
兵長は「作戦通り」と小さく呟き、ニヤリと笑う。
「やはりこれが、お前の弱点だったか」
そこには少女の姿があった。華奢なその身体は縛られて拘束され、数人の兵士によって取り囲まれている。少女の目には恐怖の色が浮かんでいた。
「くっ……」
魔女は表情を歪める。
兵長は、縛り上げられた少女の喉元に刃を突きつけると、魔女を嘲笑うように見据える。
「やめろ……! その子が何をしたというんだ!?」
魔女がそう叫ぶやいなや、その取り乱した隙をついて、さらなる砲撃がおこなわれた。間一髪のところでかわすも、彼女はバランスを崩し、先ほどまでの余裕を失いつつあった。
拘束された少女は、一言も言葉を発することなく震えながら、怯えた表情で魔女を見つめていた。その姿を見て魔女は気づいた。彼女は話すことができないよう、口を塞がれているのだ。
「その子を解放しろ! さもなくば……」
魔女はそう言いながら、手に光の玉のようなものを作り出す。しかしそれが放たれる前に、少女に突きつけられた刃は、彼女の白い喉に赤い筋をつくった。
「フハハハハ!! やれるものなら、やってみろ……! お前が少しでも動けば、もうこの女の命はないぞ!」
「くっ……」
兵長の言葉を聞いた魔女は一歩も動けなくなった。そこへ容赦無く兵士たちからの攻撃がおこなわれる。そのうちの一つが右肩に当たり、彼女は顔を歪めた。
しかしそのとき、兵士たちの間でどよめきが起こった。少女は口から血を流し、地面に倒れ込んだ。彼女は自ら舌を噛みちぎり、絶命したのだった。
言葉にならない悲鳴を上げる魔女。
「クソ、なにやってんだ!」
兵士たちの目が逸れたその瞬間、魔女は再び飛び上がり、上空から彼らを見下ろした。先ほどまでとはうってかわった恐ろしい形相で、人間たちを見つめている。
「愚か者どもめ! これでもくらえ!!」
兵士たちの銃撃をかわしながら、魔女は細い棒から光弾のようなものを飛ばした。それは次第に大きくなっていき、人々に向かっていく。そしてひときわ大きな爆発音がすると同時に、あたりは炎に包まれた。
爆発の衝撃で人々は倒れた。その隙に魔女は森の奥へと逃げ込む。しかし、身体が思ったように動かない。先ほど右肩に受けたものに、毒か何かが仕込んであったのだろう。
魔女が肩で息をしていると、そこへ一人の女が現れた。金色の長い髪を揺蕩わせたその姿は、この荒れた戦場には似つかわしくないような空気をまとっている。そう、それはまるで"聖女"のような。
「残念だったわね、魔女さん」
女は持っていた長い杖を魔女に向ける。
「あなたは、もう終わりよ。これで世界は、やっと平和になるわ」
「くっ……何を……!!」
金髪の女は息を大きく吸うと、詠唱を始めた。すると彼女の持つ杖から光が放たれ、魔女の身体を包み込んだ。
途端に魔女は血を吐く。そしてその傷ついた身体は、地面へと倒れた。
次に女が詠唱をおこなうと、辺りは炎に包まれた。炎はどんどん大きく燃え広がり、倒れた魔女に襲いかかる。
女は詠唱を繰り返し、傷ついた魔女にダメージを与え続ける。やがて魔女は動かなくなった。女は魔女が炎に包まれるのを見届けると、その場を後にした。
女が去った後、暗い森の奥でひとり、木々の間に捕らわれるように、伝説の魔女は横たわっていた。
長い黒髪、透き通る白い肌に、少女のような薔薇色の唇。その可憐な身体は青色の炎の渦に包まれていた。
「また、守れなかったか……」
魔女はそう言って静かに目を閉じた。
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