これは別れじゃない
まりも
第1話
早朝の汽車の乗降場
晩秋のこの時間帯は手が悴んで困る。
普通なら、こんな時間に人はいない。
だが今日は違う。周りには家族や恋人友人と一緒にいる人で溢れている。
今日は大切な人、大切な故郷との別れの日だ。
このことが決まった日から寝るのが怖かった。
別れの日が近づいてくる…
当たり前に過ごしていた家族や友人との会話。恋人と過ごす時間。何もない町並み。
全てが大切だった。当たり前ではない、そう気付かされた。
もう話せないかもしれない。会えないかもしれない。
触れることすら出来なくなるかもしれない。
この地に戻ってこれないかもしれない…
いやだ…行きたくない…もっとみんなと一緒にいたい…
愛する恋人との最後の時間。
彼女からはいつも俺の横で微笑んでくれる。一緒にいるだけで力が湧いてくる。雪のように綺麗なのに、芯が強く真っ直ぐな人。でもとても寂しがりやで、そんなところも愛おしい。
そんな恋人に心配はかけさせたくない。
最後は笑顔で別れたい。
汽笛が鳴った。
別れの時間のようだ。
「雪綺、元気でな。」
「うん。灯夜もね。ずっと待ってるから。またね?」
「…じゃあな」
「…またね!」
「…」
「…またねって言ってよ!…なんで言ってくれないの?
なんであなたが戦争なんかに行かないといけないの!
いやだよ…離れたくないよ…ずっと一緒にいたいよ…灯夜…」
「雪綺…ごめん。ごめんな…」
「灯夜が謝らないでよ…!」
「ごめん」
「ばか…」
「雪綺、好きだよ」
「私も好きだよ。ずっと待ってるから」
「うん」
「待ってるから絶対帰ってきて」
「…うん。ありがとう。絶対帰ってくる」
「そろそろ行かないと」
「うん…灯夜、大好き。愛してる」
「俺も雪綺のこと愛してる」
「じゃあ……またな?」
「…!うん!またね!」
そう言って彼は言ってしまった。
一度も振り返らずに。
一度くらい振り向いてくれてもよかったのに…
でもそう言うところが彼らしいとも思ってしまう。
どんなことにでも一生懸命で努力家で、一度決めたことは絶対曲げない。
周りのことをよく見ていて、どんなに暗い夜でも辺りを灯してくれる優しい光のような人。
彼は最後まで笑っていた。これからどんなことが起きるのかわからないというのに。
私も最後は笑えていたかな…?
笑って送り出そうと思っていたのに、「じゃあな」なんていうから…
でも彼なら大丈夫。絶対帰ってくる。また会える。
今はそう信じて彼を待つしかない。
何度同じ季節が来ようとも。
私は信じている。
これは別れじゃない。
これは別れじゃない まりも @marimoring
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