アポクリファ、その種の傾向と対策【底意地の悪い運命の神】
七海ポルカ
第1話
『【アポクリファ・リーグ】より緊急中継が開始されます!
皆さん、すでに戦いの火蓋は切って落とされています!
今回の獲物は……デカいですよ!
現在ロウシュ川に巨大生物が出現し、クロスタウンを暴れ回っております!
特別捜査官に出動要請が掛かりました!
すでに現場には【
ヘリからの中継が入り、明らかにキメラ種だと分かる獣の下半身に、続く胴体には三つ首の蛇の頭部がついている異形の姿が突然映し出されると、街行く人々はさすがにぎょっとしたように、街頭モニターの前で立ち止まった。
『事件の経過を説明いたしますと、本日の14:35分頃、クロスタウンで下水管が詰まったという通報が複数寄せられ、偶然暇だった【
「あのね! 下水管とかのことはみんな、水道局の方に通報してくれるかなァッ! なんでもかんでもこの街特別捜査官にいくらなんでも助け求め過ぎだと思うのよ! 俺ら、街の何でも屋さんじゃないんだからさぁ! つーか暇じゃねえよ! 遅めの昼食食べてて忙しかったよ俺は! それでも市民が困ってるからっつって出動したんじゃねえか! そういうことをちゃんと中継でお伝えしろよ!」
『さあ! アイザック・ネレスがいつものように吠えております! 皆さん水のことは水道局にちゃんと連絡しましょう! しかし今回のことは水道局に連絡しても結局特別捜査官の仕事になったとは思うんですが……』
「上空で喋ってる奴、うるせーよ!」
「あんたねっ! そんな愚痴ってる暇あったら、早くどうにかしてよッ!」
ルシア・ブラガンザが怒りと共に雷撃を放つ。
「う、うるせぇ! 分かってらあ! でも近づけねーんだよ! お前首一つくらい吹っ飛ばしてくれねえと、俺の攻撃する隙が見つかんねぇし……」
「足止めだけで精いっぱいなの、分かんない⁉ とにかく首を凍らせてよ!」
アイザック・ネレスが能力を最大限に使って、なんとかキメラ種を氷漬けにしようとするが、すぐに氷にビキビキと亀裂が走り、砕けてしまう。
「駄目だ! 氷に耐性がある奴だから凍結出来ねえ! 俺の氷壁で炎は防いでやるからお前が仕留めろ! ルシア!」
「簡単に言うんじゃないわよ! 特大の雷撃見舞うから時間稼ぎなさい!」
ルシアは風の能力者で強力な雷撃を放てるが、能力発動まではチャージが必要なのだ。
「時間稼ぎなさいって、たった今凍結出来ねえ奴だと俺は言ったけどな⁉」
ルシア・ブラガンザは目を閉じ、白い光を纏い始めている。
アイザックは効かないと分かっていたが、再び氷の能力で敵を凍結させた。
しかしすぐに氷の表面に亀裂が走り、ビキビキと音を立てて氷が砕けていく。
「くっそー! 誰だ馬鹿野郎! 遊び半分にキメラ種作ったのはいいけどなんか気持ち悪い感じにデカくなって来たし何食うか分かんねえから怖くなってとりあえず下水道に捨てようとするのはやめなさいって俺はいっつも言ってんだろ!
命! 命! 命を弄ぶなよ! 最近すげぇ多いぞキメラ種騒動!
次の国会からキメラ種作って捨てた奴は死刑になる法律作るからな!」
『皆さんはもう知っておられると思いますが、アイザック・ネレスが饒舌な時は、本当にピンチな時が多いです! この人は追い詰められれば追い詰められるほど口数が増えます!』
「うるせぇ実況! てめー頭上でごちゃごちゃ言ってる暇あったらそこからロケットランチャーかなんかで援護しやがれ!」
『ぅええ⁉ そんな逆ギレされましても、わたくし……、ロケットランチャーは持っておりません!』
「今度から搭載しとけ馬鹿野郎! おめーら凶悪事件担当の【アポクリファ・リーグ】の中継班だろうが! いついかなる時でも俺らをロケットランチャーで援護できるように準備しとけ!」
アイザックの小気味いい悪態にどっ、と街角で人々が笑ったが、化け物の首が旧市街の電柱を倒して電線が、火花と共に引きちぎれる画が映ると、それはすぐに悲鳴に変わった。
ドオオオオンッ!
蛇の首がしなり、旧市街の建物を川沿いに破壊していく。
『ああああ……なんということでしょうか! 美しい旧市街の街並みが、どんどん壊れて行きます! アイザック捜査官なんとかして下さい!』
「なんとかしてくれっつったってよ……!」
アイザックは舌打ちして、再び能力を発動させた。
無数の氷柱が矢のようにキメラ種に降り注ぐ。
皮膚に突き刺さり、目にも深く刺さったため、キメラ種は痛みに咆哮を上げる。
陸に上がれば十メートルにはなろうかという巨大生物だ。
『一体今までどこにこれほどの巨大生物が潜んでいたんでしょうか!
キメラ種はロウシュ川を真っ直ぐに東に向かっています!
第六号陸橋を渡られると首都ギルガメシュにこの怪物が襲来する可能性も……、』
「んなことさせねえよ!」
陸に上がろうとしたキメラ種を水路の水を凍結させ、再び足止めする。
ルシアが瞳を強く見開いた。
「離れて!」
ルシアの体が光を放ち、その光が凄まじい轟音と共にキメラ種の胴体に決まる。
雷を生み出す能力者は【アポクリファ・リーグ】には他にも存在するが、火力で言えばルシア・ブラガンザの雷撃が随一と言われている。
火花が一帯に広がり、キメラ種は雄叫びを上げて硬直し、水路の中に倒れた。
巨大な水柱が上がる。
『ルシア・ブラガンザの強力な雷撃が決まりました!』
中継ヘリが上空から、水路の中に倒れたキメラ種を撮っている。
街角でそれを見ていた人たちからは歓声が上がった。
「美味しい所持って行かれたなあ。俺の方が現場到着早かったのによ」
「現場到着一番乗りでもあんただけだったら足止めすら出来なかったわよ」
「んだと……俺様は昼食の途中だったんだよ。つまり空腹だったんだ。ちゃんと昼食食べれてたらもっとパワー出たからな!」
「ハイハイ分かった分かった」
「お前分かってないな⁉ それ絶対分かってない人の返事の仕方だな⁉」
二人は言い合っていたが、突然上空から悲鳴が響いた。
『ああああッ! 危ない!』
突然倒れていた巨獣の首が目覚め、側にいた二人を狙って襲い掛かったのだ。
薙ぎ払われる直前にアイザックが自分達の前に氷の壁を作って敵の攻撃を防御したが、直撃は免れたものの、巨獣のその力によって壁にはすぐ亀裂が入り、特別捜査官二人は弾き飛ばされた。
二人の身体が、旧市街の建物に突っ込む。
実況と街角の視聴者の悲鳴が重なった。
彼らはプロテクターと呼ばれるダメージ軽減の為のスーツを着てはいるが、それで凌ぐにも限度はある。
「ってぇ……っ おい、ルシア大丈夫か?」
「……もぉ、最悪……、あんたと二人で現場入ると、何でいっつもこうなるの……」
幸いひどい傷は負っていないようだが、完全にルシアは心の方が折れたらしい。
「人を疫病神みたいに言うなよな……」
悪態をつかれたアイザックが口許を引きつらせる。
「大体あんたが最初にそのパワー使って、ブルーノセンターで出て来たところを仕留めてくれてれば、こんなことにならなかったのよ!
こっちは街も守りながら、敵の攻撃を封じ込んでんのに……あんたねぇ! 一人前の仕事も出来ないなら、ちゃんと同僚連れて現場に来なさいよね!」
「う、うるせーっ! 俺ぁようやく訪れた昼の休憩時間返上して、下水道の様子見てくれとかいう、完全に管轄外だけど市民が困ってるみたいだからって声に優しさで出動したんだよ! こんな化け物が潜んでるなんて予想してるかァッ!
ちゃんとプロテクター装備して出動しただけでも今日の俺の勘は冴え渡っとるわ!」
「あーもう使えない! これだから【
「んな! てめーそんなこと言って『これから下水道の様子を見に行こうかと思うんですがシザ様一緒について来て下さいませんか』なんてメール打ってみろよ! ブチ切れられるだろそんな内容!」
「あんたら、二人揃って! ほんっと使えない!」
瓦礫の中でもつれたまま、ギャアギャアと言い合っていると、いきなり頭上を影が覆った。
巨大な怪物が、蛇特有の長い舌を出しながらそこまで迫っていたのだ。
「きゃああああっ! イヤーッ!」
「おあああああ! ルシア、ちょっ、そこどけってば! おいパニックになって能力使うな! なんかピリピリする! 全身ピリピリする! 絶対コレ感電してる! やめろおおお逃げらんねえだろ!
くそ~~! シザてめぇこの野郎! 俺の呼び出し無視しやがって! 今、家で優雅に紅茶とか飲んでたら、俺はあの世に行ったって末代までお前のこと呪ってやるからな!
シザのクソ、気障野郎! 腐れ天然パーマ! 冷血人間!
――のわーっ! マジで助けてくれシザ!」
巨獣が大きな顎で二人を上から叩き潰そうとした時、斜め上から流星蹴りが巨獣の脳天に叩き込まれた。
ドゴオオオオンッ!
キメラ種の頭部が目前の地面に衝撃と共にめり込む。
巨獣の頭部を踏みつけて。
まさに数多の怪物を制して誇る、古の神話の勇者ペルセウスのようにそこに降り立ったシザ・ファルネジアの姿を、土埃の中にヘリの高度カメラが映すと、いつの間にかの人垣になっていた【グレーター・アルテミス】全土の街頭モニター前から、一斉に歓声が上がる。
「――呼びましたか」
涼しい声を響かせたシザに、アイザックは口許を引きつらせる。
「呼びましたかって……おまえってやつは……ほんっとにもう……」
「先輩。人を呼び出すのは結構ですけど、いい加減要件以外に事件現場の座標をちゃんと送るクセ、つけてくれませんか?」
「送っただろォ!」
「送っていません。貴方GPSも起動させてませんね? 何が『俺もプライベートな時間が欲しい』ですか。貴方がどんないかがわしい店に行ったり、いかがわしいDVDを山ほど借りても僕は一切そんなことには興味を持ちませんから安心して、いい加減普段からGPSをちゃんと起動させてくれますか。
僕がどれだけ面倒な手間を掛けて今日ここにやって来たと?
一人で出て行って無事に帰っても来れないような人が、プライベートな時間が欲しいなんて、正直片腹が痛いですよ」
「えっ。うそぉ……俺送るの忘れてたっけ?」
「今日は反省会は付き合えませんので。一人でやってください」
言った途端、シザの能力が発動する。
キメラ種の頭部を容赦なく踏み場にして、シザは跳躍した。
強化を受けたその脚力に、踏み潰された怪物の頭部は更に地面にめり込む。
一瞬でキメラ種の頭上を越える地点まで達したシザは空中から飛び蹴りを、まだアイザックの力によって半分凍ったままの二本目の頭部に叩き込む。
凍っていた為、衝撃に弱くなっていたキメラ種の首は、粉々になって砕けた。
最後の首が抵抗を見せ、空中にいるシザが落ちて来るところに、大顎を開き食らいついて来る。
悲鳴をあげたのはシザ以外の人間だ。
アイザックでさえ、一瞬同僚を助けようと身構えかけた。
だがシザは冷静に身を捻って怪物の牙を躱すと、その開いた口の上顎部を両手で掴み、持ち上げて、地上に向かって投げつけた。
キメラ種の二つの頭同士が地上で衝突し、その巨体がついに倒れる。
それでも勝負は決まったが、シザは怪物の仰向けになった腹に乗ると、身体をそのまま引き上げた。
とても人の力では持ち上げられないそれも、光の強化系能力者には可能になる。
巨体がはまった瓦礫が崩れ落ちて行く。
ゴゴゴゴ……と地鳴りのような音を立てて、地面が震動した。
キメラ種の巨体が持ち上げられシザはそのまま、無造作に放り投げる。
巨大な水柱を立てて、キメラ種が川の中に沈んだ。
差し込む西日に水飛沫が照らされて、水の雫が輝く。
今度こそ完全に巨獣は討伐されたのである。
シザが軽く手を上げた。
ヘリのカメラが彼を捉えたまま、引きの画で遠ざかっていく。
美しい旧市街の赤い煉瓦の情景が、首都ギルガメシュの市街まで映し込むと、街には歓声と拍手が沸き起こった。
「――なんかおまえ、今日はキラキラしてんな」
シザが振り返る。
アイザックはイマイチ釈然としないような表情でようやく瓦礫の中から起き上がって来た。
「そうですか?」
彼はもう冷めた表情に戻っている。
しれっとそんな風に言うと、歩き出した。
「僕はバイクで先に【アポクリファ・リーグ】本部に戻りますから。アイザックさん。貴方は彼女を警察車両で送ってあげてください」
シザはまだ蹲っているルシア・ブラガンザを指し示す。
「……お、おう……分かった……。
あのなー。シザ、さっき俺がぁ、口走ったことは、」
「――僕は冷血人間なので、自分以外の戯言なんか一秒で忘れます。」
シザは横づけしてあったバイクに跨ると、アイザックに一瞥も与えず走り去っていった。
アイザックはがっくりする。
「根に持つなよ……」
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