エクス・マキナは結ばれる
かみさん
第1話 出会い
光で照らされた廊下。
緑色のツルリとした床に、コンクリート製の壁。おおよそ施設めいた屋内を、少女——マキナは完全無音で駆け抜けていた。
「……
短く告げられた問い。
それは、マキナに少し遅れて追随するドローンに向けられたものであり、銀色の球体は数度の点滅を経て問いに答える。
『目標位置確認…………完了…………前方十七メートルヲ右……二十一メートル進行シタ扉ノ中』
「了解」
ドローンへ向けていた視線を前へ。
一足で右に曲がり、二足で扉の前に到着する。
三歩目で蹴破った扉に目もくれず室内を見渡せば、そこには黒服にサングラスという、かも荒事に適した風貌の男たちが待ち構えていた。
「何者だっ!?」
「…………」
刹那の間に状況を把握。
その数……十二名。その内最も近い男へ駆け寄り、
ドン! と、少女の体格に似合わない重い音を響き渡って、男が床に倒れ伏せた。
「まず一人」
「このや——がはっ!?」
「二人——」
二人目に続き、三人、四人と、瞬く間に昏倒させる。
「残りは——」
腰にぶら下げたホルスターから取り出したのは二丁の拳銃だ。
少女専用にカスタマイズされたソレは銀色の輝きを煌めかせ、刹那閃く。
「残り六人」
西暦二〇五三年。
あらゆる技術は進化を果たしているが、人の肉体は変わらない。
発射された9mmの弾丸は、改造された拳銃の特殊機構によって音速を超える速度をたたき出す。また、両の細腕によって正確に抑制された照準は、男二人の腕を容易く穿った。
『がぁっ!?』
轟く銃声と悲鳴。
その音色に目もくれず、少女は残る六人へ意識を向ける。
内四人がすでに拳銃を手にしていて、残る二人は少女へ手のひらをかざしていた。
「Sorcery CODE:4 Flame Application ……Complete」
それは、現代の魔法詠唱。
AR技術の発展型であり、一つの可能勢の終着点。
頭皮下に埋め込まれたチップが脳に影響を及ぼし、幻視と暗示の末に意識化に魔法という超常現象を発現させる。
言うなれば……ただの錯覚。
しかし、本物に相違ない錯覚を脳は本物だと認識し、実際に肉体へ影響を及ぼす。
詠唱という認証を経て、衛星軌道上の浮かぶ専用衛星が発動者と影響者を識別し、科学の粋である魔法を発現させた。
「
生み出されるは炎の竜巻。
全ての物体を溶かし尽くす烈波が、人体のみを溶かそうと少女に襲いかかる。
しかし——
「遅い」
黒服にとって必殺となる魔法は、マキナにとって取るに足らないものでしか無かった。
二つのマズルフラッシュ。
間髪入れずに閃光が瞬き、最終的には計八つの輝きと発砲音となった。
直後、男のくぐもった悲鳴が木霊する。
十二人の大男を短い時間で無力化してみせた少女だが、脅威はまだ去ってはいない。
男の放った魔法が熱量を上げて迫っていたからだ。
だが——
「これくらいなら何度も受けたし、効かないのも分かってる」
それは、暗示による擬似的な魔法であるからこそ起こる現象だった。
脳が暗示を受け、錯覚を起こすからこそ肉体に影響を及ぼすのであって、脳がそれを知覚しなければ効果は無いのだ。
つまり、それが自身に大きな影響を及ぼさない事を理解していれば、魔法は魔法足り得ない。
しかし、それは地獄の所業でもある。
なにせ、実際に何度もその魔法を受け、理性ではなく本能的に効かないと認識してなければならないからである。
炎を渦がゆらりと解れだした。
火の粉が落ち、熱量が収まり、紅蓮が消える。
焔が消滅した室内で立っていたのは、十代半ばの少女一人だけだ。
「制圧確認……行動を続行する」
『流石デス……クラス三相当ノ男十二人ヲ瞬殺トハ』
「心にも無いことを言ってないで……ターゲットは?」
『シュン……』
宙に浮かぶ球体が明滅し、やがて灯った。
そのままふよふよと覚束ない動きで進んでいくと、とある一点で停止する。
『ココダ』
ドローンが止まったのはカプセル状の機械の前だった。
大きさは人間一人分といったところか。無機質な光沢を帯びており、何本ものコードが繋がれている。
「……コレを……殺すの?」
これまで、何人も手にかけてきた。
そうしなければ生きていけなかったから。それだけが、少女が生きている意味だったから。
しかし、ドローンは予想外の返答をして。
『イヤ……救出スル』
「助けるの?」
『待ッテイロ……今開ケル』
首をかしげる少女の前で、ドローンが電子音と共に点滅した。
そして、音も光も無くなって数秒。突如カプセルから蒸気のような煙が放出され、ゆっくりと開いていく。
「あれ? もう朝?」
ずいぶんと呑気な声音だった。
自分の状況が分かっていないのか。煙の奥に見えるシルエットは欠伸混じりな伸びまでしている。
やがて白い煙が晴れると、カプセルの中にいたのが少女だと分かった。
背中まで届きそうな黒い髪に、若干茶色がかった黒色の瞳。
身長は一六〇センチ位だろうか。身にまとう薄い緑の検診衣からはほっそりとした両腕が覗き、胸元にはうっすらと縦長な影。
美少女……と評するのが妥当だろう。
彼女は、両手に拳銃を握る少女を見ても携えている笑みは崩さなかった。
「うーん、そういえば検査受けてたんだっけ? そこで寝ちゃってたかぁ……それで? あなたが次の検査員なんですか? お名前は? あっ、まずは私の名前ですよね」
矢継ぎ早に喋る少女に呆気に取られていると、彼女は「あはは」と苦笑を溢した。
そして。
「私、
「……マキナ」
……なんで答えてる?
思わず己の名前を零した少女は、訳も分からず自問した。
あくまでも自分は彼女を助ける依頼を請けただけであり、この依頼が終わればもう会うことは無いといえる関係でしかないはずなのに。
しかし、そんな思考も次の瞬間には遮られていた。
「え、すごい偶然! 同じ名前なんて!」
突然、蒔菜と名乗った少女がマキナの手を取ったからだ。
嬉しそうに笑みを浮かべ、はしゃいでいる彼女に目を瞬かせてしまう。
『マズハコノ施設カラノ脱出ガ先決ダ……オ遊ビハ後ニシロ』
マキナの背後で不意にドローンが点滅した。
その声で我を取り戻して。
「……了解」
「えっ!? ちょ!? なに!?」
取られていた手を外し、抱き上げる。
当然驚いたような悲鳴が木霊するが、無視した。
「すぐに脱出する」
「ちょっと!? 説明はないのぉ——!?」
悲鳴を置き去りにして、少女を抱きかかえた少女は駆けていく——
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