空挺降下

『降下位置まで残り20マイル』

輸送機-C130の機内。

無線から淡泊な管制官の声が響く中、鹿島少佐が即席のブリーフィングを始めた。白髪がまた増えたようにも見えるのは、ここに来てからの疲労のせいか。


「警戒部隊が前線で、敵の機甲部隊――3個大隊規模と接触。現在、交戦中。

アルファチームは地上に降下し、現地部隊と協力して本隊到着まで持ちこたえろ。ブラボーチームはこの位置から支援に入る」


淡々と、しかし相変わらず無茶な命令を口にする少佐。

だが機内の空気は張り詰めるでもなく、静かに任務への集中を高めていた。いつも通りだ。敵がいれば撃つ、味方がいれば助ける。それだけだ。


「せんせーしつもーん。今回はどこまで使っていいんですかー?」


エリカが、遠足のおやつ制限でも聞くような軽いノリで尋ねる。パラシュートの装備を確認しながら、気にしている様子もない。


「例の通りだ。戦略級以外は自由に使用して構わん。……まあ、高位B系は後始末が面倒だから控えてもらえると助かるがな」


「りょーかーい」

軽く返事しながら、マリはライフルの点検を続け、ルカはマリのパラシュートを引っ張って確認していた。


『降下2分前。機内減圧完了。ハッチ開放』


重厚な輸送機のハッチが警報と共に開く。

月光が差し込み、機内が銀色に染まる。


「敵戦車は15両……今14両に減った」


シエリが最新の敵情報を報告した。


『降下30秒前。スタンバイ』


第6特殊部隊-通称第6。特殊能力者イグニスを航空機を用いて迅速に戦地へ送り込み、決定的な戦術的な打撃を与えるために新設された部隊だ。


「5…4…3…2…1……降下!」


少佐の号令とともに、エリカを先頭に隊員たちが次々と飛び出していく。


高高度からの降下――通称「高高度降下低高度開傘(HALO)」は、初めてベトナム戦争で戦術として効果を発揮した。

が今、この戦術を砲火の交わる最

風が高速で皮膚を削るように当たる。高度1万メートルから9700メートルを約2分で落下する――これは普通の人間には到底できることではないし、やることではない。


それを私たち20歳そこらに平然とやらせるのが、今の上層部だ。


雲が切れる。地上には曳光弾の軌跡が縦横無尽に走っている。

平和な時代なら美しくすら見えただろう。だが今は、私たちにとって地獄の光景だ。


空中から見る限り、地上の状況はそこまで悪くはない。敵部隊の侵攻は、味方の奮戦で食い止められているようだ。


「コースを維持。味方の後方に着地する。エリカ、パラシュート開傘と同時に砲撃を開始しろ」


「OK、りょっ」


エリカが指示に応じ、パラシュートが開く。同時に、彼女のG熱線魔法が発動。

空中から照準を合わせ、戦車の天板を貫通。猛獣のようだった敵の機甲部隊が、数秒で動かぬ鉄塊へと変わっていく。


《G系魔法:熱線魔法》

エネルギーを一点に集中し射出する攻撃魔法。適正距離であれば戦車の正面装甲すら貫通する。


「遮蔽!」


私の指示に、先に着地したマリが即座に反応し、土壁を形成。幅1m、高さは人の背丈ほど。小銃弾程度なら完全に防げる。


《B系魔法:土魔法》

土を自在に操り、構造物や防壁を生成する。


形成された土壁の陰に着地した私たちは、その勢いのまま味方の塹壕へと転がり込む。空挺装備を外し、全員の無事を確認してから無線を入れる。


「アルファリーダーよりフォートレス。降下完了。対空自走砲は未確認。近接航空支援を要請する。これより前線司令部へ向かう。オーバー」


『フォートレスよりアルファ、了解。以後、前線司令部と連携せよ。オーバー』


要するに「そっちで判断して動け」ということだ。


塹壕の中は悲惨だった。負傷者が所狭しと倒れ、片腕を失った兵士が叫び声を上げる。

これは攻撃よりも、まず治療が必要だ。


「Lv2まで、特技兵を優先治療」


私の指示に、マリがすぐさま行動を起こす。重機関銃手にモルヒネを投与し、《H系魔法》で治療を行う。


《H系魔法:回復魔法》

一時的に細胞を活性化させ、損傷を再生させる魔法。


兵士は痛みに顔を歪めたが、やがて驚いたように自分の手を動かす。


エリカとルカも治療に加わり、次々と負傷者を再生させていく。


回復を終えた兵士に、増援であることを告げ、前線指揮所の位置を尋ねる。

地面に描かれた簡易地図を頼りに、私はシエリと共に向かった。


指揮所は塹壕の一角に設けられていた。中では将校たちが慌ただしく動き回り、その奥で、顎髭の大隊長と思しき人物が図上に命令を出していた。


私に気づくと彼は即座に道を開けさせた。


私は敬礼する。


「第6特殊部隊、四条です。現在の戦況は?」


「援軍、感謝する。こちらは死者42、重傷60、軽傷102。敵は機甲3個大隊。地雷原に阻まれているが、現状のままでは突破されるのは時間の問題だ」


山岳地帯であるこの地では、通行可能なルートは限られている。今いる陣地は、機甲部隊が通行可能な数少ない要衝の一つだ。


戦略図には敵の配置を示したコマが戦況をありありと映し出している。我が軍は大きな損耗を受け最前線の陣地は突破され第二防衛線を主軸に動いている。このままではいずれ突破されるのは確かのようだ。しかしながら現状敵軍の前身は一時的に停止している。エリカの火力制圧と、空からの支援は効果的に働いたようであった。


定点モニターには、炎上する敵装甲車が映し出されていた。

だが、ブラボーチームの火力はあまりに目立つ。長居すれば、対空ミサイルが飛んできてもおかしくない。


「シエリ。敵の航空レーダーは?」


「この山を越えたところにいくつか。今はジャミング中」

そう言って、彼女は地図に印をつけた。


《D系魔法:電気系》

電波を用いた妨害・探知能力を持つ。初期は拷問用だったが、現在は主に知覚拡張に使われている。


「了解」


私は再び外に出て、目視できない敵拠点に向けて《E系魔法》を発動する。


《E系魔法:火球魔法》

高エネルギーの火球を放つ。一般的には砲兵中隊に匹敵する破壊力を持つ。


火球は山の裏へと飛び、空中で炸裂。強烈な爆風が髪をなびかせる。


反撃の砲弾が数発飛んできたが、いずれも外れ。射線を頼りに私も撃ち返し、数回の応酬で砲撃は止んだ。敵が壊滅、または撤退したのだろう。


指揮所へ戻ると、先ほどの混乱はなく、再構築のための指示が飛んでいた。


そのとき、無線が入る。少佐からだった。


『フォートレスより。火力支援に感謝。同時に悪い知らせだ。北部より攻撃ヘリ2機が接近中との報。敵地上部隊は壊滅と判断し、我々は撤退する。明朝に増援が到着予定。それまで持たせろ。オーバー』


「アルファリーダー了解」


(……撤退が早すぎる)


「アルファ2よりアルファリーダー。隊長、どうすんの?」


エリカから無線が入る。塹壕内を走り回っているのか、息が上がっている。


「大隊長。この部隊に対空ミサイルはありますか?」


「確認できる限り、|レッドアイ一発のみ……」


(……一発か)


攻撃ヘリ2機に対し、携行ミサイル1発。命中保証もない。

魔法が使えるとはいえ、イグニスは航空兵器への対抗手段を持たない。教本では「接敵回避が原則」とされている。


だが――ここで私たちが退けば、この陣地は夜明けまで保たない。


地図を睨みながら、判断を迫られる。

この地形でヘリが通行できるルートは限られている。ルートさえ読めれば、迎撃の可能性はある。


「シエリ。敵ヘリの現在位置、見える?」






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