闇雲奇舞楽(やみくもきまいら) 〜つぎはぎ三姉弟と海藻の怪〜

恵洲英知

序章

第1話


 5:57に目が覚めてしまった。あと3分もすれば目覚まし時計が鳴り出すので、さっさと布団から抜け出した。

 カーディガンを羽織って、家の外にあるポストから新聞と封筒を取り出す。空はほどほどに明るく、随分と春が近づいてきていたことを感じさせる。

 コーヒーメーカーに粉を入れたとき、寝室から目覚まし時計の音が聞こえてきた。そろそろ春夏が起きてくる頃だろう。案の定、「あれ、玄信げんしんか。信春のぶはるじゃなかった」と言う声と共に、春夏はるかが台所に顔を出した。

「webフォームの依頼はー?」

「まだ見てない。今日はご飯もあるけどパン?」

「んー、どうしよっかなー。おかずは?」

「まだ作ってない。パンならベーコンエッグ、ご飯だったら卵焼き」

「じゃあベーコンエッグ!」

「はいよ」

 昨日の夕食に使ったキャベツの余りがある。この前、信春が商店街の福引で当てた野菜スライサーにそいつを放り込んで千切りにすれば、それなりの見た目にはなるか……と考えながら火をつけてフライパンを温める。

「おはよう」

「おー、おはよー。今日はトーストとベーコンエッグだってー」

「玄信、まだベーコンある? 今日肉屋さん特売だから帰りに寄る? 会長さんが昨日言ってた」

「そうだな。今日も活動だっけか」

「うん。今日は広場でハンドメイドマーケットのライブ配信」

 信春はそう言いながら冷蔵庫からマーガリンを取り出した。視界の端でトースト用の皿を並べているのが見える。春夏はタブレット見てるけど、webフォームの確認じゃなさそうだ。

 残ったベーコンをフライパンに敷き詰めながら「今月はもう服買うなよ」と牽制すると「げ! なんで分かったの玄信!? エスパーに目覚めた!? 龍って千里眼あったっけ!?」とふざけた返事。

「千里眼なんかなくても、春夏の行動はお見通しだっつーの……もう出来るからコーヒー」

「はいはーい」

 視界の片隅で春夏がコーヒーを入れるのが見える。その間に卵をフライパンに割り入れて、塩胡椒を適量。よし、いい感じに焼けた。

「通販はエノペイ使えないのが痛いよねー」

「うん、商店街で子ども服売ってるのってマダムマリーのところくらいしかないもんねぇ」

「いやいや、プティ・リュバンでボク用に130の子供服1着買ったら、残りのエノペイ全部吹っ飛ぶから玄信にダメって言われるでしょ!」

「勿論ダメに決まってんだろ。いくらお前の求めるクォリティの服があるからって……」

「分かってるってば〜!」

「ホントかよ」

 春夏に小言を言いながら、皿の上の信春が焼いたトーストの横にベーコンエッグとスライサーで千切りにしたキャベツを盛り付けていく。

 プティ・リュバンは商店街と駅前の学生街の間くらいにある、子どもから大人まで幅広い年齢層の女子の憧れの服屋さんだ。

 信春が野菜スライサーを当てた福引で、俺が当てたのが商店街の電子マネー・エノペイ30000円分で、最近の贅沢はエノペイ頼りだったりするのだ。

「まー、冷めちゃうし先食べよ。いただきまーす!」

 春夏に続いて俺と信春も「いただきます」と続け、俺たちは朝食を摂った。

 その後、朝礼の時間までにコーヒーを飲み切って、さっき春夏が見ていた事務所用のタブレットからwebフォームに来ている依頼がないか確認する。画面を立ち上げた瞬間、服の通販サイトが表示されたのを消して、webフォームを開いた。

「信春、今日の依頼って」

「何にもなかったよ。継続のものもなし。だから、昨日入ったその依頼だけ」

「はい! やめー! 朝礼は事務所でするのがオキテだったでしょ!」

 春夏に止められたので、俺と信春は顔を見合わせて大人しく従う。「公私混同は避けるのがオキテでしょ!」とドヤ顔で言ってくる春夏だが、正直、一番オキテを破っているのは春夏だ。

 春夏があっという間に事務所まで走っていく。というか、飛んでいった。別に競争ではないので、俺と信春は自分のペースで事務所の部屋へ向かった。

「9時になりました! 2月27日、土曜日の朝礼、はじめまーす!」

「よろしくお願いします」と俺と信春が続ける。

「副所長、今日の予定をお願いしまーす」

「はい……昨日22時17分にwebフォームから新規依頼あり。本日10時に依頼人の水嶋さんが来所です。簡易アンケートによると浮気調査。俺と春夏がヒアリング担当」

「お、浮気調査ね! 修羅場見れるかな?」

「おい春夏。所長代理のくせに依頼人の人生を面白がるなよ」

「はーい、ごめんなさーい。依頼が10時からなので、昼食はヒアリング後に取りましょう! じゃあ次、信春」

「はい。本日10時より、僕はびしゃとらくんの活動があります。商店街広場のハンドメイドマーケット1日目のPR動画撮影で、終わりは多分17時過ぎかな?お昼はお弁当出るらしいです。玄信に送迎お願いしています」

「おっけー。ということは?」

「信春のタイムリミットは9時半。9時半になったら俺が社用車で信春を広場まで送るから、春夏はいつもの依頼人迎える準備を頼む。途中までの依頼人の資料作りは依頼人の話を聞いた俺が引き継いで、ランチ後に春夏と俺で方向性決めて動く」

「……ってことで、タイムテーブルはこうね!」

 春夏が事務所のホワイトボードの予定欄に3人の予定を書き込んだ。

「ではそれぞれの仕事に取り掛かりましょう! 解散っ!」

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