天秤を狂わせたい【完】
映瑠
天秤を狂わせたい
「あ、」
控えめな音を出して傾いた。
振動が伝わったはずなのに微動だにしない
「それ平行にするの難しいだろ」
香ばしい香りがふんわりと私を誘う。
振り向けば晴希が2人分のマグカップをテーブルに置くところだった。
「晴希は成功したことある?」
「もちろん」
「えーずるー」
「そりゃ持ち主だし、買った時にいじり倒すだろ」
「私、天秤って何気に初めて見るかもしれない」
数ヶ月に一度遊びにいく、幼なじみ晴希の家に見知らぬインテリアがあった。
アンティークな金色のそれは、左右に瓜二つの皿をもち、頼りげない支えで錘が乗るのを待っている。
先程大袈裟なぐらい傾いてしまったお皿から錘をなくした。すると今度は別の方の皿が下がっていく。
その様を眺めながら、片方の皿の錘を回収する。
ゆらゆら、揺れながらゆっくりと均衡を保ち、やがて水平が生まれていくの食い入るように見つめていれば、晴希の声が響いた。
「なんで彼氏からのプロポーズ断ったんだよ」
「わかんないよ」
「あんなに待ちわびてたくせに、」
その声に、私が聞きたいよ、なんて投げやりな答えを返した。
力なくソファに座り込んだ私に差し出してくるピンクのマクガップ。部屋に充満する香ばしい香りとはまだ違う、舌に感じる甘さを想像できるようなホットココア。
私の隣に座った晴希がテレビをつけた。慣れたようにサブスクを検索して、私がいちばんお気に入りの映画を流してくれた。
「……いよいよだってときに考えちゃったの」
「なにを」
「朝から晩まで、彼と一緒にいる時間。苦楽を乗り越えられるかの想像。男女から穏やかに家族へと変化していく姿」
「……」
「こういうふとした瞬間に、隣にいるのは晴希じゃなくて彼だってことよ」
「なるほど、よく分かった」
でしょうね、そうでしょうね。
あんたがいちばん、分かってるよね。
目の前の画面では、少年達が肩を組んで楽しそうに歩き出すシーンが映されていた。男の友情、青春。相当な出来事がない限り壊れることのない関係性。
私と晴希の間に、今いちばん欲しかったもの。
私はそれを手にできる方法を知り得なかった。昔も今も、そしてこれからも。
沈黙の中、再び天秤をいじろうと手を伸ばしたとき、晴希の腕が向かってきた。なにかと思えば、肩に腕を回され、心地よい重みを感じる。
目の前の画面と似つかない一方的な肩組みに私が体を縮こませると、晴希はこちらを向かず横顔で語った。
「それなら、その天秤を平行にできるまで、
俺以外と結婚すんなよ」
そこはどうしても、俺と結婚してくれ、
じゃないのね。
理由は、分からないようで分かってる。
安定と安心は、脆く繊細な線引きの上で成り立っている。まさしく目の前の天秤の支えのように、少し間違えれば手遅れなくらい傾いていくことも。
壊す勇気がないのは私も同じだから、口に出さないのは私も同じだから。
変わらないように水平線上で一緒に歩いて生きていきたいとか思っちゃったから、断ったんだよ。
なんて、やっぱり口にできない私は、晴希を真似るように腕を彼の肩に回した。
「任せといて」
「……」
「光の速さで成功させるから」
「仕方ないから待ってやる」
さながら永遠の友情の真似事、か。
男女特有の体格差で不格好な肩組みが、悲しい。
悲しくて愛しい。
───どうか釣り合いませんように。
矛盾した感情を抱きながら、自由な片方の手を伸ばす。
持ち上げたその錘は、心なしかずっしりと重く感じた。
天秤を狂わせたい【完】 映瑠 @haru_maho
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