妖精と吸血鬼

@aiba_todome

第1話

 部屋は血にまみれている。赤い煉瓦は乾いた血で黒く染まっていた。

 女は、見た目は少女にしか見えない女は、その日のを終えた。牙からしたたる鮮血は、瞳と同じ色。髪はこびりついた血のように赤黒い。


「誰か来たみたい」


 妖精が人ごとのようにつぶやいた。

 きらきらと若草色の燐光りんこうを発しながら、つまらなさそうに吸血鬼を見ている。


「また狩人?」


 吸血鬼が尋ねる。このところ襲撃が多かった。


「そうじゃないの?噂だけど、すっごい強い奴が来るんですって」

「そう」


 吸血鬼の返事は妖精よりさらに遠い。異国の戦争を眺めているかのような、気のない様子だった。

 

「今度こそ死んじゃうかもね。どうする?」


 吸血鬼は答えず、妖精を見た。焦点の合っていなかった目が、その時だけはっきりと対象をとらえる。


「まだ見える」

「そうね。あなたが十五だった頃から、もう五百年は経ったかな?しつこいわよね〜」


 吸血鬼は答えない。

 狩人は来た。骨格は女のものだが、物々しい装備で全身をくまなく覆い、輪郭に柔らかさはない。手には銃と杭。

 吸血鬼は立ち上がり、やはり無言で侵入者を迎えた。


 しばらくして、吸血鬼は窓ぎわに座る。胸からは杭が生えている。狩人は胸元を大きく斬られながらも、油断なく獲物を見つめていた。もうすぐ朝日が昇る。


「バカだよね。あたしを見続けるために吸血鬼になるなんてさ」


 妖精は仏頂面で吸血鬼を見下ろしていた。


「こど、もの、ままでいないと。あなたが見えなくなる、から」


 言葉は口からこぼれる血によって遮られる。過去の記憶はほとんど風化しているが、十五の頃、妖精の姿が薄れた瞬間だけは鮮明だった。


「だからバカなのよ」


 妖精は嘲笑う。目も口も笑ってはいないが。


「あなたとっくに子供じゃないでしょ。あなたがあたしを見れるのはね、あなたが子供だからじゃない。化け物だからよ」


 吸血鬼は初めて感情をあらわにした。純粋な疑問の表情だった。


「それじゃあ、人の血を吸わなくても良かったってこと?」

「吸血鬼になってからはそうね」

「どうして教えてくれなかったの?」


 今度は妖精がきょとんとした。


「妖精がそんなこと教えるわけないでしょ。妖精なんだから」

「そう……。そうだね」


 吸血鬼は深く頷く。力尽きたように。


 朝日が昇った。吸血鬼は灰になって消えた。


「で、どうするの?狩人さん。あなた吸血鬼専門なわけ?それなら帰っていいわよ」


 狩人は彼女たちの会話を聞き、しばし考えた。

 妖精は狩人の獲物ではない。だが、すぐに答えは出た。


 狩人は窓辺に出て朝日を浴びる。

 狩人は妖精に手を伸ばす。

 

 


 

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