004:銃の墓場

 次の日の朝。


 ジェーンは身支度を整え、まだ日も上りきっていないうちに宿を出た。その手には馬鹿でかいトランクが握られ、顔にはいつも通りの胡散臭い笑顔が張り付けられていた。


 既に、やる事は決まっていた。売買許可証を取得できなかった時のサブプランである。


 目的地は町外れにある煙突付きの建物。日干し煉瓦と樫の材木で建てられた質素な平屋である。看板には『GUN’s GRAVE』の文字が書き殴られている。扉は閉め切られ、閉店中を示す札が掛かっているが、ジェーンはお構いなしにその戸を開いた。


 店内は伽藍堂であった。カウンターが一つとその向こう側に聳える壁一面の商品棚があるばかり。然し、銃の墓場ガンズグレイヴという店名が物語るように此の店は銃砲店であり、棚には三十丁を越す大小、発火機構共に様々な銃火器が展示されている。


 夥しい数の銃器を背景に、店主とおもしき男が新聞を片手に開店を待っていた。その眼前には珈琲が並々と注がれたブリキのカップが湯気を立てている。


「表の看板が見えなかったか?まだ開店しちゃいないぞ?」


 新聞から視線を外す事も無く、ぶっきらぼうに店主は言った。


「銃を買いに来たって訳じゃないの」

 

 ジェーンの声色にぴくりと店主は反応し、その性別を確かめるようと視線をよこした。


「此処は服屋ブティックじゃない。命が惜しけりゃ返りな」


 少しばかりの驚きを見せながら、店主は吐き捨てた。


「確かに、憲兵の詰め所と兵舎の次くらいには強盗に入りたくない場所ね。でも、私は盗みに来たわけでも服を買いに来たわけでもない」


 カウンターの引き出しへ手を伸ばしかけている店主を傍目に、ジェーンは壁にかかった銃器を物色する。どれもこれも堅牢な造りで機能美に溢れ、製作者の腕が垣間見える名品ばかりだ。


 その中でジェーンが見とめたのは長銃身のライフル銃だった。


 銃身に精巧なライフリングを刻むのも手間で、それだけでも値が張る逸品だったが、その銃はあろうことか後装式だった。

 つい昨年、ランドリック・ファーガソンという男が特許を取ったばかりの設計に酷似している。銃身の後端にネジ穴とそれを塞ぐ尾栓を配し、そこから弾丸とワッズ、火薬を装填するというやり方である。製作のためにギロチン旋盤や高度な職人の腕が要るとはいえ、その方式は画期的で、装填速度と命中精度共にマスケット銃を遥かに凌ぐ。


 恐らく、耳ざとい新大陸の銃工匠が風聞から再現したのだろう。


「ファーガソン式なんて本国でも出回っちゃいないわよ。一体誰が作ったの?」


 レース入りのドレスを讃美する淑女の如き声色で店主へ問うと、彼は静かに言った。


「俺だ」


 感嘆の呻きと共にジェーンは微笑む。


「まあ、素晴らしい。是非とも一挺欲しいわね、マイスター?」


「客じゃないと言ったのはお前だろう?」


「気が変わったのよ。勿論、本題も忘れちゃいないけど」


 店主は新聞を折りたたみ、傍に置いた。


「何がしたくてこんなしみったれた店に?」


「ビジネスよ」


「随分と金回りが良さげな見た目をしちゃいるが、もしかしなくともエングランド人か?」


 ジェーンが肩を竦めると、店主は露骨にその表情を歪めた。瑛国貴族たるジェーンには、その原因に思い当たる節が大いにある。


「そういう貴方はオイルランド移民ってわけ?」


 彼の外見は典型的なオイリッシュの特徴を有している。赤毛にそばかす、小さくつぶらな瞳。頬骨は高く、顎は引き締まっている。全体的に愛嬌があるが、エングランド人はオイルランド人を同じ人間と見ていない節があるので、あまり意味を為さぬだろう。そして、それは逆もまた然りである。


 無論、ジェーンは出身など糞ほども気にしちゃいない。


「二〇歳の時に此処に渡ってきた。頼むから、俺に撃たれる前にその扉から出てってくれないか?」


 確かに、店主の言い草はごもっともだ。


 オイルランドとエングランドの確執は五百年以上に渡る実に根深い代物で、昨今まで彼らの抵抗運動はいつ終わるとも知らず続いている。エングランドの施策や侵略行為によって、一体どれだけのオイリッシュが飢え、戦死したのか計り知れない。


 何にせよ、ジェーンに出来るのは精一杯の真摯さを表現する他ない。


「一度きりのチャンスを下さらない?私はもうエングランド諸侯でも臣民でもない。国外追放を受けた流れ者よ。エングランド人にとっての公共の敵パブリック・エネミーと言って過言じゃない」


「へえ、そりゃ結構だな。何をしでかしたらそこまで落ちぶれられるんだ?」


「貴族連中に金を貸してたら、利息が膨らみが過ぎた挙句に一斉に踏み倒されたってわけ。故に、貴方の敵は私の敵でもあるのよ。それで、貴方はどうして新大陸へ?」


「言わずもがな、お前らエングランド人から逃げ出す為さ。オイルランドで起こる飢饉がお前らの押し付けたいかれた政策の所為だったのを、忘れたとは言わせないぞ。ふざけやがって、農民が飢えてるってのに国外への食糧輸出を強要するなんざ、狂ってる。全くもって狂ってる」

 

 彼の怒気は正しく鬼気迫るものがあった。

 

 それと比べて、生まれてこのかた飢えた事の無いジェーンからすれば、自分のあらゆる発言が薄っぺらく思えてしまう。彼の言葉に対してジェーンはただ肩を竦める他ないだろう。オイルランドで生じた飢饉は、エングランド出身の地主たちが地代収入を気にする余り食糧輸出禁止に反対し、議会へ政治的圧力をかけたからに他ならないのだから。


「確かに、議会の連中はオイルランドを植民地としか思っていない輩がごまんといる。でも、私は違う。そして、一個人同士としてなら十分歩み寄れると考えてる。少なくとも、ビジネス的にはね」


「下手な屁理屈を抜かしやがったら、そのど頭をぶち抜いてやる」


「そう言わず、一つ考えて見て頂戴。人間を最も強く結びつけるのは、愛ともう一つは何だと思う?」


「俺は謎かけが好かないんだ」


「謎かけという程に凝っちゃいないわ。答えは単純、憎悪よ。より具体的に言えば、共通の敵ってこと」


 店主は押し黙っている。ジェーンは話を継ぐ。


「我らが祖先はその昔、幾つもの王国に分かれてあのクソ狭い島の中で相争っていたけれど、海上から襲いくる蛮族ヴァイキングに対して連合を組んでみせた。敵の敵は味方。そうでしょう?」


「結局、蛮族が王位に着いたのは笑い種だがな」 


「まあ、歴史なんてそんなものよ。勝って負けての繰り返し、負けてる側が敗北者同士で同盟を結ぶのも道理だし、それが必ずしも成功するとも限らない。ついこの間の七年戦争がその良い例ね。それでも私は貴方との同盟を結びたいと思ってる」


「まだ互いの名前すら知らないのにか?」


「あら、最初に脅し合いがなければ、とっくに自己紹介は済んでる頃合いだと思うけど。まあいいわ。私の名前はジェーン・ドレイク。ドレイク伯爵家の長女。向こうでやらかしたから、今じゃ名ばかりだけど」


「伯?マジで言ってるのか?」


「家紋に誓って本当よ。因みに、貴族院ではしっかりとオイルランドへの高圧的な法案に反対したわ。一応、言わせてもらうけどね」


「いや、確かに。アンタの名を新聞で見た気がする。悪徳令嬢、追放さる。だのと三文誌が書き立てていたが…辻褄は合うな」

 

 彼はジェーンの差し出した指輪を興味深げに覗き込み、呟く。


「随分と質の良い翡翠だ。意匠も精美、値打ちもんだ」


「納得してもらえたら、貴方の名前を聞いても?」


 銃工匠はジェーンの瞳を見据えて名乗った。


「俺はフェリム・オモア。新大陸に来て十五年経つ。店を開いたのは九年前だ」


「年は?」


「当ててみろ」


「四十九」


「残念、丁度五十だ」


「へぇ、私の父と丁度同じくらいね。まだまだ現役って面をしてるけど、銃を扱い始めたのはいつ頃からなの?」


「お前らが侵略戦争を仕掛けてきたその時からだよ、クソッタレ」


 少し触れ難い話題だったのだろう。本当の憤りが顔を覗かせた。ジェーンは本題へと急いだ。


「じゃあ、親睦を深めるのは後回しにして本題に入りましょうか。この店って言うまでもなく銃器売買許可証が発布されているわよね?」


「当たり前だ。馬鹿にしてんのか?」


「とんでもない。唯、その許可証を前提にビジネスをする必要が私にはあるってこと」


「許可証があってどうする?」


「そりゃ、勿論。銃を売るのよ。しかるべき相手にね」


「言っておくが、この店の人手は俺一人で事足りてる」


「確かに一人で切り盛りするのは不可能じゃないでしょうね。けれど、販路の開拓にまでは手が回らない。折角の新天地が眼前に広がっているっていうのにね」


「なら、巡業者みたく神の御言葉の代わりに銃を売り歩くってか?笑えるな」


「有体に言えば、その通り。でも売るのは銃だけじゃない。火薬と弾丸でも全てひっくるめて売るのよ」


 微笑みながら、ジェーンは自らのトランクから紙巻きタバコを取り出す。


「煙草を吸うのは結構だが、それと商売に何の関係が?」


「今時、此処いらの銃砲店じゃ、銃弾も火薬もそれぞれ樽や箱に入れて量り売りしているのが現状よね?」


「それが一番効率が良いからな」


「でも、家が手狭で保管場所の融通が効かない者には不便だし、何より銃の装填時は遥かに厄介よ。一々、分量を測って火薬筒から注ぎ込み、弾丸パウチから一つ取り出し、炸杖で押し込む。とっかえひっかえ何度も持ち替える。あまり賢明とは言い難いわ」


「まあ確かに、自分の目の前で数千の戦列歩兵や雄叫びを上げる先住民がにじり寄ってくるってのにそんなことはしたくないだろうな。だが、やるしかない。良い兵士ってのはそういうもんだ」


「私が言いたいのは、詰まるところ火薬と弾丸が別々である必要があるのかって事。ファーガソン式をご存知の貴方なら知ってるでしょうけど、紙薬包こそがその唯一の解決策なのよ。丁度、この紙煙草のように、弾丸と炸薬を一体に油紙で巻いておくの」


「一回で使い切りってわけだな」


「そう、紙筒の端を噛み切って、薬室に注ぎ込み、紙薬包をワッズ代わりに弾丸と共に突っ込む。火皿には余らせておいたひとつまみの火薬を乗せる。些細だけれど十分に革新的なやり方よ。実際、瑛国本土でも本格的に大量生産されてるしね」


「なら、どうして此処じゃ余り出回ってないと思う?」


「銃の殆どが銃工匠の手による一品ものばかりだから、口径や炸薬量が統一されてない。だから一々それぞれに合わせた紙薬莢を作ってられないというのが理由ね」


「その通りだ。おまけに酷く手間がかかる。一発、一発、巻くのはな」


「それに関しては紙巻煙草用のローラーを流用すればずっと効率的に出来る」


 ジェーンは手品師の如く、トランクから真鍮と木で出来た手のひらサイズの機械を取り出す。二本のローラーの間に溝があり、其処に糊を端に付けた紙を敷いた上で煙草の葉を乗せ、ローラーを回すことで一本が巻き上がるといったカラクリだ。


 ジェーンは煙草代わりに弾丸と火薬をのせ、一本巻き上げてみせた。


「弾薬の規格が揃っていないことに関しては、同じ口径の拳銃をセット売りすることで解決するわ。あくまで護身用のコートピストル(外套に隠せるサイズの拳銃の俗称)と紙薬包一ダースを、パイプと煙草の葉のセットの如く売るというわけ」


「誰に売り込む?」


「富裕層か馬車の御者、夜道に怯えるご婦人方に。お洒落な真鍮細工入りの拳銃を売り込むの」


 オモアは暫しの熟考の末、口を開いた。


「確かに、あんたの口の巧さ次第じゃ商機はあるかもしれない。単純な所感で良いが、どのくらいの量を捌ける?」


「旅行者や水夫その他の短期滞在者も考慮に入れれば、月に二〇セットは売れるんじゃないかしら。拳銃一丁を九シリング、紙薬包一ダース一シリング。セットで一〇シリング」


「セットで一シリングお得ってわけか。笑えるな。とはいえ、二〇挺は少し見通しが甘すぎる。とりあえず一〇挺発注するから、それを三週間で売り切ったら、追加発注させてもらう。アンタは俺にを支払い、俺はアンタに名義と商品を渡す。利潤はそれぞれ半々。それでどうだ?」


「同じ規格の拳銃を揃えてくれさえすればそれで無問題よ。モノは揃ってる?」


「モノはあるんだが、二日ばかり時間をくれ。板バネだのを点検する必要がある」


「あら、そう。なら先に火薬と弾丸をお願い。紙薬包を包むのはそれなりに時間がいるから

 ね。今日の夕方に取りに参上させていただくわ」


「その細腕で持てる量かい?」


「だから、その為の腕をこれから雇いに行くのよ」


 そう言って、ジェーンはトランク片手にその場を後にした。カウンターの上には彼女が昨晩のうちに書き上げた契約書と銀貨の詰まった袋がそれとなく置かれていた。


 オモアはふとそれに気付き、契約書を取り上げて唯それを眺めた。その字面は実に几帳面で、ジェーンがその契約書に込めた真摯さを感じ取る事が出来た。


 彼女は嘘をつく訳ではない。求めれば与え、代償をきっかりと奪うのだろう。


 根拠は何もないというのに、オモアはそう確信していた。


++++++++++++++++


【アイルランド】

 グレートブリテン島とアイリッシュ海を挟んで西に接するヨーロッパで三番目に大きな島である。面積は八四四二一キロ平方メートルで、北海道本島の約一・〇八倍の面積である。

 イングランドとの歴史的確執は根深い。12世紀の教皇ハドリアヌス四世の教皇勅令によってイギリスによる領有が決まったが、同化が進むのはかなり遅滞した。イギリス人入植者がアイルランドの習慣に同化することは、国王によって品位を落とすものとみなされ、一三三六年には「キルケニー法」が可決、入植者と原住民との間の隔離が確立されてしまった。

 その後、テューダー朝に入り植民地化は更に本格化、土地の没収に加え、イングランド国教会との宗教対立も浮き彫りになり、度重なる反乱と鎮圧が続く。そして、一六九四年のクロムウェルによるアイルランド侵略へ至り、イギリスとの和解に及ぶ。

 カトリックへの弾圧は更に顕著となり、1695年から1727年の間で、カトリック教徒に対する経済的、社会的、政治的差別に関する「刑法」が公布された。

 


【ライフル銃】

 飛翔物に回転を与え、命中精度を高める。という、いわゆるジャイロ慣性は弓と矢の時代から一部では既知の事実だった。では、最初に銃火器に旋条痕を刻む事を試みたのは誰なのかといえば、それには未だに謎が多い。少なくとも、18世紀の前期にはドイツ諸国の銃工匠達が狩猟用の短銃身ライフル銃であるイェーガーライフルを数多く生産し、諸侯の中には私設のライフル中隊を抱えるものすらいたそうだ。

 但し、生産効率は滑腔銃身より酷く劣っており、滑腔銃身の天下はマトモな機械式旋盤の登場まで暫く続いた。



【後装式】

 一八世紀の銃器開発は銃工匠達の個人的な試みによる所が殆どであり、正確な後装式の源流を探る事は出来ないが、記録に残っている最初の実用的な後装式銃の設計は一七四〇年のウォグドンに見ることが出来る。そこから一七七〇年までにヘイリンなどの銃工が尾栓を用いた後装式を研究し、一七七二年にファーガソン・ライフルが開発され、独立戦争にて実戦投入される。



【パトリック・ファーガソン】

 一七四四年生まれ。一七七二年にファーガソンは警報兵のために後装式ライフルの短所を補完した新しい後装式ライフルを開発。ファーガソンライフルと呼ばれた。



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