受け取った 願い


「この先が、有名な紅葉スポットらしいよ」


 昼食を食べて、しばらく外を歩いていた。

 紅葉の林のその向こう。そこに広がるのは、湖とそれを囲う紅葉。

 雲間から抜ける光が水面に反射し、世界を輝かせていた。


 ……すごい…………


 言葉にならない。今までいた場所とは、同じ世界とは……

 思うことができないほどの景色だった。


「ねぇ! あそこ行ってみようよ!」


 私が指さす先、湖の中心につながる架け橋。

 

「いいね、行こうか」


「ごめん、ちょっと私電話出てきていい? 二人先に言ってていいからさ」


「あ~……わかった。海斗、車椅子押すの手伝ってくれる?」


「大丈夫だよ。じゃあ、向こうで合流しましょう」


「うん。またあとでね」


 少し離れた、小屋に向かうレイちゃん。

 レイちゃんは、私のことを気遣ってくれたのだ。

 プレゼントを、渡しやすいように……


 だけど、今の私には、まだ渡す勇気が持てなかった。


「今日、来れてよかったね」


「うん、本当に良かった」


 ずっと、思っていた。私は海斗のことが好きなのか。

 今日、一日一緒にいて。同じ時間を過ごして。やっと、答えが出せた。


――私は、海斗のことが好き。


 その優しい性格も、落ち着きのあるその低い声も、

 丁寧な所作も、顔も……


 その全てが、私の心をドキドキさせる。


「……あ、あの…さ」


 でも、好きなのに、好きだからこそ。

 声が出せない。好きと伝えたい!ありがとうって伝えたい!

 

 なんで、声がだせないの?私は、想いを伝えることもできないの?


「紅葉。初めて会った時の事、覚えている?」


 あの橋の真ん中、湖の真ん中についたとき、海斗が話出した。


「あの、病院で会った時だよね。懐かしいね……?」


 海斗は、どこか寂しそうで、悲し気だ……

 でも、すぐに笑顔で私の顔を覗く。


「うん。あの時はこんな関係になれるなんて、思えなかったよな」


「たしかにね、本当にうれしいよ!」


「ねえ、海斗。本当は、もっと前に渡したかったんだけどね……」


 抱えていた鞄の中にある、小さな紙袋を取り出し、海斗に渡す。


「私と、友達になってくれたお礼」


「これを僕に?」


「うん。海斗に……」


「ありがとう、開けてみてもいい?」


「見てみて」


 開けられた紙袋にあったのは、紅葉と貝殻のキーホルダー。


「この二つ、僕に?」


「うん、二つとも海斗にあげる」


「そっか、なら」


 海斗は、貝殻のキーホルダーを私の手に乗せた。


「この一つは、紅葉にあげる」


「え……?」


「俺と紅葉でおそろいだよ」


 喉の奥に引っ掛かったあの言葉が、流れるように、零れ落ち……


「私は、海斗が好き。全部が全部。もう好き……」


「……」

 

 その、言葉を、想いを、私の願いを……

 そのすべてを海斗は静かに受け取った。


「だから、こんな私でも、あなたの恋人になりたいです……」


「いいよ……俺達付き合おう……」


「本当にいいの?」


「うん。僕と付き合ってください……」


 視界は涙でぐちゃぐちゃになって、耳まで真っ赤になっている。

 お気に入りの赤いチークに、赤いアイシャドウ。

 もう、私の顔は、絵の具で塗られたように、真っ赤になっていた。


「今の紅葉。本当の紅葉みたいだね。きれいだよ……」


「フフッ、ありがとう!」


「ねぇ、せっかくならさ、二人で、写真撮ろうよ、レイさんが来たら撮りにくいし……」


「そうだね、じゃ撮ろうか」


 パシャッっとシャッター音が静かな湖の中をこだました。


 スクリーンに写った私たちは、日の光に照らされて、赤く染まっていた……

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