君と誓ったあの日の月に

風鈴はなび

君と誓ったあの日の月に

「ねぇ…まだ終わんない…?」


「ごめん…まだ時間かかりそうなんだ…先に帰っててもいいよ?」


「それはやだ」


「じゃあもう少し待っててね」


「うん」

もうすっかり夜の色が空を染め、月は満面の笑みで地上を照らしている。

教室に落ちる2人の影、寒風に揺れる枯れ木の枝先。

紙を滑るペンの音が時計の秒針と混じり合い薄暗い今に溶けていく。


「…よし。後は掲示板に貼れば終わりだ」


「もう6時だ。早く帰ろ」


「うん」

席を立ち教室を後にする、戸を締めて廊下に出てみればそこはまさに冷蔵庫のような冷たさがあった。

階段を2つの足音が降りていき、掲示板の前でピタリと止まる。


『図書委員会推薦本特集!!高校二年生版

高二C 月萌 幹鳴つくも かんな 高二C 鈴鳴 蓮季すずなり はすき


校門から望む月が、なんとも綺麗な冬であった。




「ただいま」

誰もいない真っ暗な家に挨拶をしてみても返事はない。


「冬嫌い、寒いもん」


「部屋暖房かける?」


「いいや」


「わかった」

彼女と共に階段を登り、僕の部屋に入る。

カーテンを閉めていなかったので月明かりと星たちが部屋の中を照らしていた。


「なにか飲む?」


「後でココア飲む」


「わかった」

制服のボタンを外しながら他愛もない会話を続ける。


「明日は学校行くの?」


「今日はまた"アレ"だから明日と明後日は休も」


「また来たんだ、最近多いね」


「月がよく見えるからだと思う」


「冬は毎年多いもんね」


「うん」

床に無造作に投げられた二着のブレザーとワイシャツ、ズボンとスカートはベッドの横にへたり込んでいる。


「幹鳴の匂い…好き」

ベッドに寝転がった彼女を横目に抜け殻たちをシワにならない様にきちんと畳んでおく。


「幹鳴、早くして」


「今いくよ」

畳み終わった抜け殻たちを机の上に置いて、布団へと潜り込むと彼女に抱きつかれる。


「温かい…」


「蓮季も温かいよ」


「幹鳴…」


「どうしたの?」


「お腹ムズムズしてきた…」


「今回はどう?」


「前よりはいい…」


「そっか」

部屋に蜜のような香りが立ち込め始める。

甘くて蕩けてしまいそうほど扇情的で禁忌的な香りが鼻腔を撫でる。


「幹鳴…幹鳴ぁ…」

彼女の細く湿った指先が僕の乾いた指先をトロリと蜜の垂れた蜜壷へと誘っていく。


「ここに居るよ」


「まだ…んっ…足んない…」

淫靡な音を立てながら何かを探るよう彼女の指と共に動く僕の指。

僕の指も彼女の指と同じようになっていくのがわかる。


「ふっ…んっ…」

彼女の息は変わることなく一定の速度で行われる。

指の感触は時に激しく時にゆったりと変化が起きるが彼女の快楽を刺激しきるには少し物足りない。


「大丈夫、焦んないで」


「幹鳴ぁ…足んないよぉ…」

彼女が薄く瞳に涙を浮かべ強く僕の手を握る。

そんな彼女に唇を重ね微笑むと彼女はこくりと頷いた。


「んむ…!んぁ…んんっ…!」

舌と舌とを絡め合わせながら彼女の秘密を弄ぶ。

彼女が欲するもの、彼女が求めているものを的確に把握し焦らしながらも確実に与えていく。


「蓮季、どう?」


「すきぃ…かんなすきぃ…あっ…あっ…!」


「もう耐えらんない?」


「もぅだめぇ…!むりぃ…!」

唇の端から零れた唾液が枕をじんわりと濡らす。

そして意識もしないような一瞬、指がキュッと締め付けられ、彼女の身体がビクンと跳ねる。


「……はぁ……はぁ…んっ…」

布団から腕を出すと、理性が歪むような臭いが漂う。

しっとりと湿った彼女の髪を撫で、これから先に望むものを問いかける。


「まだ足んない?」


「まだ熱いの…お腹の奥がムズムズする…」


「そっか」

布団をベッドの外に追いやって、彼女のための自分をさらけ出す。

モデルのようなすらりとした足の奥にある薄っぺらな布切れを下げると、さっきまで指を濡らしていたものが糸を引く。


「来て…」

何度も聞いたその言葉を合図に、彼女の中をゆっくりと染め上げていく。

腰がふわりと浮くような感覚が背骨を伝って脳を揺らす。


「奥まで…届いてるよ…幹奈…」

蕩けた眼でこちらを見上げる彼女の顔は、漫画の世界を思わせる。

彼女が壊れてしまわぬ速度で腰を動かすと、耳を舐めるような愛らしく甘い嬌声が部屋を染めていく。


「んっ…あっ…好きぃ…幹奈好きぃ…!」


「僕も好きだよ…蓮季」

火照った身体と寂しそうな唇を重ねて、彼女の愛に本能という牙を突き立てながら快楽に身を任せる。


「んむ…んんぅ…」

花を愛でるように、蝶に触れるように優しく背中に手を回して抱きしめると彼女の柔肌を好きに触れることの優越感に自然と力が強くなる。


「幹奈…幹奈ぁ…!」

その強くなった抱擁に応えるかのように、彼女の足が腰にまわった。

腰を動かす速度がだんだんと上がってくる。

その度に淫らな音を立てて絡みついてくる彼女の蜜はなんとも言えぬ欲望を掻き立てる。


「奥…んっ…!奥に頂戴…!幹奈のいっぱい頂戴…!」


「いいよ…蓮季の一番奥に出してあげる…!」

打ち付けられる腰が快楽に堕ちようとしているのに身を任せて、髪の乱れた彼女の求めるものを彼女の奥で吐き尽くす。


「んっ…ぐぅ…ッッ!んあっ…熱いの…出てる…奥にいっぱい…」

彼女の中をドクンドクンと波打ちながら白く淀んだ快楽に染め上げていく。

彼女を満たしたそれを抜くと、跳ねるような嬌声が耳に届く。


「満足できた?」


「うん…満足した…」

胸を上下させながら乱れた息を整えている彼女の蜜壷からはとろんと白い愛情が溢れている。


「寝よ…幹奈…」


「うん、寝よっか」

もみくちゃになったシーツに寝転がるとかいた汗がひんやりと身体に染みたので布団を引き上げて彼女と自分に被せる。


「幹奈…ぎゅーして」


「いいよ」

柔らかくけれど弾力のある胸、適度に張った太もも、そのどれもが男としての本能を刺激するには十分すぎる。


「幹奈ポカポカする…」

眠たげにそう言った彼女を無言で抱きしめながら眠りにつく。

寝息を子守唄に、深い眠りに堕ちていった。




「…んな…幹奈…」


「ん…おはよう蓮季」

結局閉めることのなかったカーテンを揺らすような日差しが部屋に差し込む。

だが僕の瞼を開けたのは、鳥の鳴き声でも眩しい朝日でもなく、どこか切なそうな彼女の声だった。


「怖い夢見た…」


「どんな夢?」


「なんか幹奈がどっか行っちゃう夢…」


「そっか、怖かったね」


「どこにも行かないで…置いてかないで…」

駄々を捏ねる子供のような、迷子になった子供のような、今にも崩れそうな声で彼女はそう言った。

その姿はなんともいとおしい。


「ずっと一緒だよ。大丈夫…大丈夫…落ち着いて、深呼吸して」

彼女の頭を撫でながら、彼女が落ち着けるように抱き寄せる。

僕が彼女の元を離れるとすればそれは死ぬ時だけだろう。


「"約束"したでしょ?だから大丈夫だよ」


「うん…幹奈ありがと…」


「落ち着くまでこうしてるから、落ち着いたらご飯食べようね」


「うん…」

彼女の涙を指で拭って頭を撫で続ける。

心臓の鼓動は人を落ち着かせるというがそれはどうやら本当らしい。

彼女は泣き疲れた子供のように再び眠りについた。

に戻ってしまったような、そんな気がしたのだった。




「どう?美味しい?」


「おいひいよ」


「なら良かった」

もしゃもしゃとパン屑をお皿の上に零しながらリビングで朝食を取っている彼女の隣に座る。


「コーヒーなんてよく飲めるね」


「美味しいよ、コーヒー」


「苦いから嫌い」

彼女はそう言ってマグカップから昇る湯気をふーっとかき消してココアをコクっと飲む。


「………」


「…?私の顔に何か付いてる?」


「…いいや何も付いてないよ」

彼女とこうして何気ない朝を過しているとなんだか少し変に感じてしまう。

昨夜のように交わり合うことが僕らにとっての普通だからこそ、こうした日常を普通だと思う感性が無くなってしまっているのかもしれない。


「ごちそうさま」


「お粗末さまでした。お皿洗ったら部屋戻るから先に行っててね」


「うん待ってるよ」

ガチャりとドアが開いて彼女が出ていく。

空いたお皿と空のマグカップが机の上で死んでいる。


「…約束した…か」

それは2年前の秋だった。

十五夜の月がなんとも綺麗で僕の部屋から2人で一緒に見ていたのだ。

ふと横を見ると、彼女が頬を赤らめながら息が荒くなっていたので肩を揺さぶった…それがダメだった。


「…片付けるか」

そのまま押し倒され、その夜は永い永い時間を過ごした記憶がある。

後に知ったのは彼女が"後天性の病"である事…その病の症状はなんとも漫画チックなものだった。

"網膜から感じた月光に脳が刺激され欲情してしまう"。

作り話か漫画のように思えるだろう、僕も最初はそうだった。


「……冷たい」

でもその日を境に彼女は僕を何度も求め、僕もそれに応えるようになっていった。

元々恋人であったというのもあるが身体を重ねる度に互いの愛が深まっていくのがわかる、そしてその愛が決して実を結ばないということも。

彼女は…子供を作れない。

詳しい理由はわからない、けれど確かにそうだと告げられた。

どれだけ交わり求め合おうともそれはただの僕らの自己満足に過ぎない。


「………」

それでも僕は愛すと決めた…いやそれだから愛すと決めたのか。

何があろうとも君を離さないと、どんな君でも愛すると。

真ん丸な月が咲いた夜に、そう君に誓ったのだ。


「…行くかな」

神様が君を作る時、もしその場に僕がいたのなら…君が病を患うようには作らなかっただろう。

別に今の君が嫌いなわけじゃない…でもあんなに綺麗な君にもっと普通を味わって欲しいと願うのは罪なのだろうか。


「…冷えるな」

"月が綺麗だね"なんて使い古された告白をして、普通の恋人が歩む道を歩ませてあげたかった。

誰が悪いとかそういった話ではない、誰も悪くないからこそ誰かを悪者にしたくなる。


「…お待たせ、遅くなってごめんね」

今の君が月に魅せられた狼ならば、その目をこの人生りょうてで塞いであげよう。


「幹奈…遅いよ…」

過去に君を狂わせた月の光を、僕の影で覆い尽くしてあげよう。


「今行くよ」

未来を君と歩み続けると、その誓いを違わぬように愛し続けよう。


「来て…」

時間なんて忘れるほどに、月の光なんてわからぬほどに、君の全てを僕の全てで染め上げよう。


「幹奈…大好き…」


「僕も大好きだよ…蓮季」

月に骸を晒すまで、快楽と情愛に身を焦がし、そしていつか月を見て初々しいキスをしよう。

​​────誓いを果たしたその後に、もう一度君を愛すと誓うキスを。

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