図書室の妖精〜この世界の少年〜

青樹春夜(あおきはるや:旧halhal-

図書室の妖精


 神鷹聡かみたかさとしが初めて妖精に会ったのは、中学校の図書室だった。


 まだ桜の花が残っている時期で、窓から散り急ぐ花びらがまるで花吹雪のように舞うのが見えた。


 ちょうど二年生になったばかりの春で、開け放たれた図書室の春と本の匂いが混じった空気に誘われて、彼は昇降口近くのその部屋に入ってみた。


 偶然なのか、たまたまなのか、司書の先生も図書委員もいない。


 だから誰もいない図書室に踏み入った時、無断で侵入したような、罪悪感というか後ろめたさというかそんな気持ちが少しだけ感じられたが、正面の窓から見える花散らす桜の姿があっという間にそれを昇華させてしまう。


 特別な空間を独り占めした気分になって窓辺に進む。窓際には読書用のスペースがあるが、そこにも誰もいないだろうと思って本棚の並ぶ角を曲がった。


 さとしは驚いて足を止め、息を呑む。


 春の陽射しに透けるような妖精は静かに本を読んでいた。


 絹糸のような明るい茶色の髪が肩までかかり、伏せた長いまつ毛が健康そうな頬に青い影を落としている。


 制服の白いブラウスが鮮やかに輝いて、まるで別のドレスを着ているよう。


 本のページをめくる指先さえ仄白く光って、軽やかに踊っているように見えた。


 ——うわ……。


 きっと話しかけたら消えてしまう。


 物音ひとつ立てただけで、この儚い幻は霧散してしまうのだ。


 だからさとしは動けなかった。


 ただひたすら見つめるだけ。


 でも心がはやる。


 自分ではどうにも出来ない心臓の鼓動が、目の前の妖精に聞こえてしまうのではないかと心配になるくらい大きくなる——。




 しかし図書室の妖精が居たのは一瞬で、次の瞬間には消え去ってしまい、代わりにそこに居たのは同じクラスの女子生徒だった。


 陽の光に茶色に見えた髪はで、輝いていたドレスは普通の紺色の制服。


 音も無く優雅に踊っていた指先は魔法が解けたように動きを止め、読んでいた本を静かに閉じた。


 ゆっくりと立ち上がると、まるで彼の存在に気がつかないかのように少女は立ち去ってしまった。


 ——なんだ、あいつか。


 一瞬でも心を掴まれた気がして、なんだか悔しくなる。


 おとなしくて、何を考えているかわからない、てんで冴えないクラスメイトが急に気になり始めたのはその日からだった。



 そのクラスメイトの名前は——高瀬四季たかせしき





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