おさななじみは最強(物理)
鈑金屋
第1章:「近くて遠い幼馴染」
■1話:中学入学前夜の夢
幼い頃、
公園を駆け回り、秘密基地を作り、転んでは泣き、また走る。将来の夢は『ヒーロー』。そんな日々を過ごしていた。
隣にいたのは、いつも
どこへ行くにも一緒だったし、何をするにも隣にいた。
小さな手を繋ぎながら、「大きくなったらずっと一緒にいようね」と笑い合ったこともある。
でも、そんな過去は、今となっては遠い記憶だった。
小学校に上がる頃、咲良は家の中にいることが増えた。
きっかけはなんだったのか覚えていない。
クラスで、誰かに何かを言われたような気がする。
それ以来、外で遊ぶよりも、アニメやゲームの世界に夢中になったのだ。
特にハマったのは、女性同士の恋愛を描いたアニメだった。
最初は物語として楽しんでいた。
けれど、気づけばその世界に強く惹かれる自分がいた。
「男の子が出てこないほうが、純粋な関係に思えるな」
そんなことを考えながら、次第にガールズラブ作品ばかりを見るようになっていた。
でも、それはただの趣味であり、現実には関係のない話――そう思っていた。
――あの夢を見るまでは。
* * *
中学入学を翌日に控えた夜、咲良は夢を見た。
そこは、夕焼けに染まる公園だった。
赤みがかった陽の光が差し込むブランコの前に、小さな女の子が立っていた。
淡い色の髪を揺らしながら、こちらを見つめている。
――凛子。
まだ幼い頃の凛子が、笑顔で咲良を見ていた。
その姿は懐かしくもあり、胸の奥を締めつけるような感覚を覚えた。
「咲良、結婚しようね」
凛子が、にこっと笑って手を伸ばしてくる。
その瞬間、心臓が跳ねた。
「……え?」
言葉が出てこない。
幼い頃のこととはいえ、そんな約束をした記憶は――いや、うっすらとあるような気もする。
でも、なんで今、それを思い出す?
夢の中の凛子は、まるでそれが当たり前かのように、嬉しそうに笑っていた。
「咲良は、わたしのお婿さんになるんだよ」
言葉に詰まる咲良をよそに、凛子は一方的に話を進める。
「ずっと一緒にいるって約束したもんね!」
その無邪気な言葉に、何かがこみ上げてきた。
でも、それが何なのかはわからなかった。
ただ――
「……うん」
気がつけば、咲良はそう答えていた。
* * *
――ぱちん。
目が覚めた。
天井を見つめながら、しばらくぼんやりとしていた。
「……なんで、あんな夢を?」
静かな部屋の中で、咲良はひとり呟いた。
心臓がドキドキしている。
夢の中で聞いた凛子の言葉が、まだ耳に残っていた。
「結婚しようね」
その一言が、頭から離れない。
布団の中で体を丸め、ぎゅっと枕を抱きしめる。
「あれは、ただの夢……」
そう思い込もうとする。
でも、胸の奥がざわざわする感覚は、消えてくれなかった。
* * *
朝。
目覚ましの電子音が鳴り響く中、咲良は布団の中でうめいた。
「……最悪だ」
夢のせいでほとんど眠れなかった。
目を閉じれば、凛子の無邪気な笑顔が浮かんでくる。
「結婚しようね」という言葉が、頭の中で何度もリピートされる。
そのたびに、心臓が跳ねるのを止められなかった。
「……なんで今さら……?」
寝ぼけた頭でつぶやきながら、布団を引っ張って顔を隠す。
凛子は昔から自分に懐いていた。
それは今も変わらない。
でも、あれはただの幼い頃の戯れ言だったはず。
実際、凛子はあの約束を覚えているのかすら怪しい。
……というか、そもそも自分は、あれを意識する必要なんてないはずだ。
そう思い込もうとしたが、どうしても胸のざわつきは収まらなかった。
(……こんなこと気にしてるの、私だけ……?)
考えれば考えるほど、顔が熱くなる。
何か違うことを考えようとスマホを手に取るが、結局、意識は凛子へと向かってしまう。
(いやいやいや、違う違う! 私たちはただの幼馴染!)
自分にそう言い聞かせながら、寝ぼけた頭を振って布団から這い出る。
* * *
「さーくーらー!」
玄関を出た瞬間、軽快な声が耳に飛び込んできた。
凛子だった。
いつものように、家の前で待っている。
淡い髪色のショートポニーテールが、朝日を浴びてふわりと揺れる。
小柄な体で大きく手を振るその姿は、昔から変わらない。
「おっそーい! 今日から中学生なんだから、しゃきっとしなさい!」
にこっと笑いながら、小動物のようにぴょんと跳ねる凛子。
(……なんか、すごくまぶしい)
それだけで、胸がざわついた。
昨日まで普通に接していたのに、夢を見たせいで変に意識してしまう。
どこを見ればいいのかわからず、視線がさまよった。
「おはよ、咲良!」
いつも通りの調子でぐっと顔を近づけてくる。
その距離に思わずのけぞった。
「う、うん……おはよう」
なんとか挨拶を返すが、声が上ずってしまう。
「ん?」
凛子が首をかしげた。
「咲良、なんか顔赤くない? 熱でもあるの?」
「な、ない! 全然ないから!」
慌てて顔をそらす。
その動揺っぷりが怪しかったのか、凛子はじーっと咲良を見つめた。
(や、やめろ……そんな純粋な目でこっちを見るな……!)
耐えきれず、咲良は早足で歩き出した。
「ほら、遅れる! さっさと行くよ!」
「あ、ちょっと待ってよ!」
慌てて追いかけてくる凛子の足音を聞きながら、咲良はこっそり深呼吸する。
(落ち着け……凛子はいつも通りなんだ……)
そう自分に言い聞かせる。
だが、意識しないようにすればするほど、昨日の夢が頭をよぎる。
「結婚しようね」
――やめろ。思い出すな。
こんな状態で、これから毎日顔を合わせるのか。
思わず頭を抱えたくなる。
* * *
中学校に向かう道すがら、凛子はずっと喋っていた。
「クラス分け、どうなってるかなー!」
「同じクラスだといいよね!」
「咲良、部活とか入るの?」
それに対して、咲良の返事はほとんど上の空だった。
「うん」「そうだね」「考えてない」
適当な相槌を打ちながら、頭の中は別のことでいっぱいだった。
(どうしよう……)
これからの学校生活。
凛子とはクラスが一緒になるかもしれないし、違うかもしれない。
でも、どちらにせよ関わることは間違いない。
今まで通り、ただの幼馴染として接すればいい。
それなのに――
「……変に意識しちゃってる」
自分の心の変化を認めたくなくて、ぎゅっと拳を握る。
(私は……凛子のことを、どう思ってるんだろう)
その答えがわからないまま、学校の門が見えてきた。
新しい生活の始まり。
だけど、それ以上に――
凛子との関係が、これからどうなるのか。
それが、咲良にとっては何よりも気がかりだった。
■2話:登校中の心臓への負担
そんなことを考えていた朝。
いつものように凛子と一緒に登校する咲良。
「ねえねえ、昨日の空手の練習でさ——」
「そういえば、うちのお母さんが——」
凛子は楽しそうに昨日の出来事を話す。
無邪気に動く凛子の仕草に、咲良の視線は自然と吸い寄せられた。
スカートの隙間からあらわになる太もも。
ショートポニーテールから覗く頸の細さ。
よく動く口元と、くるくると変わる表情。
(—— 近い、可愛い、好き、ヤバい。)
胸の奥が妙にざわつく。
顔を見れば見るほど、昨日の夢がフラッシュバックする。
夢の中の凛子は、今と同じように笑って、そして——
(いや、違う! これは健全な幼馴染の朝の登校風景!)
必死に自分に言い聞かせるが、ドキドキは止まらない。
ついでに、ニヤニヤも止まらない。
「ねえ、聞いてる?」
突然、凛子の顔がぐっと近づいた。
「う、うん……?」
顔を上げると、すぐ目の前に凛子の顔がある。
ほんの少し動けば触れそうなほどの距離。
(—— 心臓、止まるかと思った。)
まともに目も合わせられず、咲良は咄嗟に視線を逸らした。
「聞いてるなら、よし!」
凛子は何事もなかったようにまた離れ、楽しげに話を続ける。
(無邪気すぎる……)
まったく気にしていない様子の凛子に対し、咲良の心臓はもう限界だった。
登校中からすでに持たなかった。
* * *
「そういえばさ、咲良」
凛子がふと立ち止まり、こちらを振り返る。
「うわっ……!?」
突然の動きに対応しきれず、咲良は急ブレーキをかけた。
危うくぶつかりそうになりながらも、間一髪で立ち止まる。
「え、なになに? そんな驚くこと?」
凛子が不思議そうに首を傾げる。
その仕草すら可愛くて、咲良はまた心の中で悲鳴を上げた。
(だから、無防備すぎるって……!)
「えっと……急に止まるから……」
「ごめんごめん! ちょっと思い出したことがあって!」
そう言いながら、凛子は再び歩き出す。
「ねえ、咲良ってば」
「……なに?」
「中学入っても、私と一緒にいるよね?」
「えっ?」
予想外の言葉に、咲良は思わず立ち止まる。
凛子は、咲良のそんな反応を気にすることもなく、ニコニコと笑っている。
「だってさー、小学校のときのクラスって途中で離れちゃったじゃん?」
「でも今度はまた一緒のクラスだし!」
「だから、これからもずっと一緒かなーって!」
無邪気な声で言う凛子に、咲良はどう返事をすればいいのかわからなくなった。
(……一緒にいたいに決まってるじゃん。)
そんなの、幼馴染だからとか関係なく。
ずっと一緒にいたいに決まってる。
でも、それを素直に言葉にするのは、なんだか気恥ずかしくて。
「……さあ?」
わざとそっけなく返事をすると、凛子は「えーっ」と不満そうに頬を膨らませる。
「さあ? じゃないよー!」
「もう咲良ったら、素直じゃないんだから!」
そう言って、軽く咲良の腕を引っ張る。
不意打ちのスキンシップに、咲良の心臓はまた跳ね上がった。
「ほら、早く行こ! 遅刻しちゃう!」
「わ、わかってるってば!」
ぎゅっと繋がれた手の温もりを意識しないようにしながら、咲良は必死に平静を保とうとした。
だけど、その努力も虚しく、咲良の心臓はすでに限界を迎えていた。
—— まだ学校に着いてすらいないのに。
こんな調子で、中学生活を無事に過ごせる気がまったくしなかった。
■3話:凛子は、まぶしい
中学に入学してから、数日が経った。
新しい環境に少しずつ慣れてきたとはいえ、咲良にとっては変わらないことがひとつある。
—— 凛子は、まぶしすぎる。
クラスの中心にいる凛子は、自然と人を惹きつける存在だった。
明るく元気で、誰とでも気軽に話し、すぐに打ち解けてしまう。
男女問わず、彼女の周りにはいつも誰かがいて、教室の雰囲気を明るくする。
(……すごいよなぁ、凛子って。)
そんな光景を、咲良はいつも教室の隅から眺めていた。
もともと陰キャな自分とは正反対の存在。
入学前までは、そんなに意識していなかったのに——。
「咲良、おはよー!」
—— それなのに、凛子は変わらず、いつものように咲良に話しかけてくる。
「……おはよう。」
咲良がぎこちなく返すと、凛子はニコッと笑った。
その笑顔があまりにも自然で、咲良は一瞬、何か言いかけた言葉を飲み込む。
(……どうして、今までどおりに話せるんだろう。)
小学校の頃は、同じ幼馴染という立場だったから、特に意識することもなかった。
けれど、中学に入ってからは——
明るく、誰からも好かれる凛子。
地味で、友達も少ない自分。
同じ空間にいることすら、おこがましいんじゃないか。
そんなふうに思えてしまう。
「ねえねえ、昨日の夜のテレビ見た?」
「……ああ、うん。」
咲良が視線をそらしながら答えると、凛子は満足そうに笑う。
「だよね! めっちゃ面白かったよね!」
(どうして、そんなに気軽に話しかけられるんだ……?)
咲良の心は、もやもやとした気持ちでいっぱいだった。
* * *
咲良は、教室の隅で静かに座っていた。
凛子と話しているときはまだよかった。
けれど、彼女が他のクラスメイトと楽しそうに話している様子を見ていると、どうしようもなく胸がざわつく。
(……自分なんかが、話しかけてもいいのか?)
もちろん、幼馴染だという自覚はある。
昔から一緒にいて、何の違和感もなく過ごしてきた。
けれど、それは小学校までの話だ。
中学に入り、凛子の周りには自然と人が集まり、咲良の立ち位置はどんどん変わっていった。
—— いや、最初から違ったのかもしれない。
単に自分が気づかなかっただけで。
「咲良、今日部活見学しないの?」
不意に凛子の声がして、咲良は顔を上げた。
目の前には、いつも通りの笑顔の凛子がいる。
「……いや、私は別に。」
もともと運動が得意なわけでもないし、帰宅部でも問題ない。
むしろ、アニメやゲームを楽しめる時間が増えるなら、それに越したことはないと思っていた。
「そっかー。でも、帰る前にちょっとだけ空手部見に来ない?」
「え?」
「せっかくだし! 咲良に見てもらいたいし!」
「……まあ、時間があれば。」
—— こんなふうに、昔と変わらずに接してくれる凛子。
本当なら、素直に嬉しいはずなのに。
「……あんなの、子どもの頃の冗談だったに決まってる。」
咲良は、ふと頭に浮かんだ記憶を振り払うように、小さくつぶやいた。
—— 「結婚しようね」
幼い頃に交わした、曖昧な約束。
あれはただの子ども特有の戯れ言だ。
それ以上でも、それ以下でもない。
(そう、思っていたのに。)
目の前で笑う凛子を見ていると、その記憶が鮮明に蘇る。
そして、心のどこかで期待してしまう自分がいる。
(……やっぱり、凛子はまぶしい。)
咲良はぎゅっとスカートの裾を握りしめた。
■4話:お泊まりとゲームと着替え
休日の午後、咲良は凛子の家に来ていた。
幼馴染ということもあり、お互いの家に遊びに行くのは日常茶飯事だ。
しかも今回は、久しぶりにお泊まりすることになっている。
「咲良、早く早く!」
凛子はゲーム機のコントローラーを手に持ち、ソファの上で楽しそうに跳ねていた。
咲良は「はいはい」と言いながら隣に座り、コントローラーを手に取る。
「今日こそ私の勝ちだから!」
「言ったな? じゃあ、本気出すよ?」
ゲームが始まると、二人の間には真剣勝負の空気が流れる。
とはいえ、凛子の腕前はそこまで上手くない。
それでも負けず嫌いな彼女は何度も挑み続け、負けるたびに「くぅー!」と悔しがる。
そんなやり取りを繰り返しているうちに、気づけばすっかり夜になっていた。
「ふぁぁ……眠くなってきた……」
ゲームをしながら凛子が大きなあくびをする。
そのままコントローラーをぽとりと床に落とし、ぐでーっとソファに横たわった。
「もう寝る?」
「うーん、そろそろ着替えよっかなー……」
そう言って、凛子はぼんやりとした目で咲良を見つめる。
その視線に、なんとなく嫌な予感がした。
「ねえ、咲良~、着替えさせて~」
「……は?」
「んー、眠くて動くのめんどくさい~」
凛子は甘えた声を出しながら、手をひょいっと上げる。
どうやら「脱がせろ」と言っているらしい。
「いや、自分で着替えなよ……」
「いいじゃん、減るもんじゃないし~」
そんな問題じゃない。
いや、むしろ減るものはある。布的な意味で。
とはいえ、こういう時の凛子は本当に動かない。
完全に甘えモードに入っていて、放っておくとこのまま寝落ちする可能性すらある。
「……しょうがないな」
咲良はため息をつきながら、凛子の上着の裾に手をかけた。
少しずつめくり上げていくと、ちらりと覗く細い肩と柔らかそうな肌。
普段の活発なイメージとは違い、女の子らしいラインが妙に目を引く。
(やばいやばい、何を意識してるんだ私は)
咲良は無理やり雑念を振り払い、次に凛子のスカートに手を伸ばした。
ホックを外し、ゆっくりと下ろしていく。
—— そして、ついに問題の瞬間が訪れる。
「ん~……」
凛子がごろんと寝返りを打ち、無防備に手足を伸ばした。
そのせいで、下着姿の彼女が完全に目の前にさらされる形になる。
咲良の脳がフリーズした。
(いや、これは……見ちゃダメだろ!?)
慌てて目を逸らそうとするが、一度視界に入ったものは簡単には忘れられない。
—— 小さくて、でも確かに成長を感じさせる膨らみ。
—— すらりとした脚線。
—— ほんのりピンクがかった肌。
(落ち着け……落ち着け……!)
必死に理性を総動員する咲良。
しかし、意識すればするほど気になってしまう。
—— 触っていいのかな……?
そんな考えが、ふと頭をよぎる。
咲良は、ゴクリと唾を飲み込んだ。
* * *
(いや、ダメだろ……! 何を考えてるんだ私は!)
咲良は必死に自制しようとする。
だが、凛子の無防備な姿を前にして、理性のブレーキが効かない。
(少し……少しだけなら……)
罪悪感と好奇心がせめぎ合う中、咲良はおそるおそる手を伸ばした。
指先が凛子の肌に触れた瞬間——
「ひゃっ!」
凛子がぴくりと身体を震わせた。
驚いた咲良は、慌てて手を引っ込める。
「さ、咲良……くすぐったい~」
凛子は笑いながら、寝ぼけ眼で咲良を見つめた。
その顔には、嫌がる様子はまるでない。
むしろ、甘えるように咲良の腕にぎゅっと抱きついてきた。
「わっ……!」
突然の密着に、咲良の脳内はパニックを起こす。
凛子の柔らかい肌の感触が、ダイレクトに伝わってくる。
胸元に押し付けられる温もりに、理性が崩壊しそうになる。
(やばいやばいやばい!!)
「咲良~、あったかい~」
無邪気にすり寄ってくる凛子。
完全に甘えモードに入ってしまっている。
「ちょっ……凛子、もう寝なよ!」
咲良は必死に凛子を引き剥がそうとするが、逆にしがみつかれてしまう。
無防備すぎる幼馴染の行動に、咲良の理性は限界を迎え——
「——っ!」
鼻血が噴き出した。
「わわっ!? 咲良、大丈夫!?」
「だ、大丈夫だからっ……!」
咲良は顔を押さえながら、慌てて後退する。
しかし、そんな彼女を見ても、凛子は特に気にする様子もなく——
「はい、ティッシュ」
「……ありがとう……」
当たり前のようにティッシュを差し出し、当たり前のように心配してくれる凛子。
それがまた、咲良の心臓を容赦なく締め付ける。
—— こんなの、意識するなってほうが無理だろ……。
その夜、咲良は一睡もできなかった。
■5話:学校での距離感
咲良は今日も、できるだけ凛子と距離を取ろうとしていた。
—— 学校でまで、意識してしまうのはしんどい。
元々、咲良はクラスの中でも目立たない方だ。
猫背で黒縁メガネをかけ、できるだけ周囲と関わらずに過ごしている。
しかし、凛子はそんな咲良をお構いなしに見つけてしまうのだ。
「さーくーらー!」
教室の後ろの席で静かにしていた咲良に向かって、明るい声が飛んできた。
顔を上げると、そこには満面の笑みの凛子。
「お昼、一緒に食べよ!」
「えっ……あ、うん……」
断る理由が思いつかず、咲良は渋々うなずく。
すると、凛子は嬉しそうに机を咲良の隣にくっつけた。
「ねえねえ、昨日のゲームの続き、今度やろうよ!」
「え、あ、うん……」
「咲良、反応薄い~!」
頬を膨らませる凛子に、クラスメイトの何人かが興味を示した。
「ねえねえ、咲良ちゃんと凛子ちゃんって、めっちゃ仲良いよね?」
「えっ!? いや、そんなこと……」
咲良は慌てて手を振る。
「ただの幼馴染だから! ずっと一緒にいただけで!」
精一杯の言い訳をするが——
「仲良いよ!」
凛子があっさり肯定した。
「えっ」
咲良は固まる。
「だって、小さい頃から一緒にいるし、今も遊ぶし!」
凛子は笑顔で言い切った。
その無邪気さに、クラスメイトたちは微笑ましそうに見つめる。
「いいな~! 幼馴染って、憧れる!」
「咲良ちゃん、羨ましい~!」
「いや、ちが……」
咲良の顔は、もうどうしようもなく熱くなっていた。
* * *
咲良は耐えていた。
なんとか理性を保ち、これ以上意識しないように自分に言い聞かせる。
—— ただの幼馴染。ただの、幼馴染……!!
でも、周りの視線は変わらない。
「いいなぁ、仲良しで~」なんて言われるたびに、心臓が跳ねる。
咲良は顔を伏せ、無言でお弁当を口に運んだ。
そんな中、凛子は変わらず無邪気に話し続ける。
「そういえば、昨日咲良が貸してくれたゲーム、めっちゃ面白かった!」
「そ、そう……?」
「うん! 咲良とやると、やっぱり楽しい!」
そう言ってニコッと笑う凛子。
その笑顔があまりにも眩しくて、咲良は思わず目を逸らした。
—— そんな顔で、言わないでくれ……!!
「ねえねえ、今度はお泊まりでやろうよ!」
「っ……!?」
お泊まり。
この前の、お泊まりを、思い出してしまう。
—— だめだだめだだめだ!!!
咲良は全力で首を横に振った。
「お、お泊まりは、その……うん……!」
咲良の様子を見て、クラスメイトたちは「?」と首をかしげる。
「えー、仲良いのに泊まりはダメなの?」
「お互いの家に行き来してるんでしょ?」
「そ、そうだけど……!」
「咲良、もしかして……恥ずかしがってる?」
—— その通りだよ!!!
でも、そんなこと言えるわけがない。
「べ、別に、そういうんじゃ……!!」
必死に否定する咲良。
しかし、凛子は気にすることなく、あっけらかんと言い放った。
「大丈夫だよ、咲良とはいつも一緒にいるし!」
「っ……!!!」
もう、限界だった。
咲良の頭は沸騰しそうになりながら、その場をなんとかやり過ごしたのだった。
■6話:凛子のスキンシップに限界を迎える咲良
教室の隅。
昼休み、咲良はいつものようにひっそりと机に突っ伏していた。
特に何をするでもなく、ただ人の少ない場所で静かに過ごす。それが彼女の日常だった。
—— なのに。
「咲良~!」
突然、後ろからふわりと腕が絡みついた。
何か柔らかいものが背中に押し付けられる感触。
咲良は一瞬で思考をフリーズさせる。
「……!!?」
動揺のあまり、声すら出ない。
「んふふ~、つかまえたっ」
甘えるような声が耳元で響く。
咲良はゆっくりと顔を上げた。
「……な、なななな……」
視界の端に映るのは、無邪気な笑顔の凛子。
彼女は咲良の肩に顎を乗せ、まるでぬいぐるみに抱きつくようにしがみついていた。
「……いやいやいやいや!? 何してんの!?」
慌てて身をよじるが、凛子は離れるどころかさらに密着してくる。
「んー? 咲良が隅っこでひとりでいるから、くっつきにきた!」
—— くっつきに、ってお前……!
冷静に考えろ。
これは普通のスキンシップなのか? いや、違うだろう。
「……ほ、ほら、離れてって……!」
精一杯の抵抗を試みるが、凛子は「えー、やだー」と頬を膨らませる。
「咲良、最近全然かまってくれないしー」
「かま……っ!? そ、それは、凛子がいつもベタベタしすぎなだけ……!」
「え~? いつも通りだよ?」
—— いやいやいや、お前の“いつも”の基準、絶対おかしいから。
咲良はじっとりと汗をかきながら、どうにかしてこの状況を切り抜ける方法を考える。
しかし、凛子の腕はがっちりと咲良をホールドしており、無理に振りほどけば彼女を傷つけてしまうかもしれない。
—— どうする、どうすればいい!?
そんなことを考えている間にも、凛子はくすくすと笑いながら、さらに距離を詰めてくる。
「咲良、ほんとに冷たくなったね~」
その言葉に、咲良は一瞬だけ動きを止めた。
—— 冷たい? 私が?
凛子の顔をちらりと見る。
そこには、心底不思議そうな表情を浮かべる幼馴染の姿。
「……冷たいわけじゃ、ないけど……」
「じゃあ、もっと甘えさせてくれてもいいじゃん?」
—— 無理。
心の中で即答した。
「な、なんでそうなるんだよ……っ」
「だって、咲良と一緒にいると落ち着くし~」
にこにこと笑う凛子。
その無邪気さが、咲良の理性を容赦なく削り取っていく。
—— 本当に、限界なんですけど……!!
咲良は顔を真っ赤にしながら、ただ耐えることしかできなかった。
* * *
凛子の甘えるような声が耳元で響く。
「ねえねえ、もっとくっついてもいい?」
—— もう十分すぎるほどくっついてるから!!
心の中で絶叫するが、言葉にはできない。
それどころか、背中に感じる凛子の温もりに、咲良の思考はどんどんおかしくなっていく。
「……あのね、凛子?」
「ん~?」
「……本当に、もうちょっと距離考えた方がいいと思うんだけど……」
必死の抵抗を試みるが、凛子はきょとんとした顔で首を傾げる。
「え? なんで?」
「な、なんでって……! こういうのって、普通はあんまりしないもんなんだよ!」
「えー? でも咲良、昔はもっとギュッてしても平気だったじゃん」
「昔は……!」
—— 今は無理!! もう無理!!
これ以上続けば、心臓がどうにかなってしまう。
「それにさ、咲良って柔らかいから気持ちいいし……」
「は!?」
—— こいつ、何をさらっと言ってるんだ!?
「私、咲良のこと抱きつきやすいなーって思ってるよ? なんかこう……ちょうどいい感じ!」
「ちょ、ちょっと待て!! そんなこと堂々と言うな!!」
咲良が慌てて凛子の腕を引き剥がそうとするが、凛子は「やーだー!」と笑いながらしがみついてくる。
その無邪気さが、咲良の理性をこれでもかと揺さぶる。
—— いやいやいやいや、お前、それ絶対無自覚にやってるだろ!?
「咲良ってば、すぐ赤くなるよね~」
「う……!! だから、離れてって!!」
「えー、やだ!」
凛子がまったく離れる気がないことを悟り、咲良は天を仰ぐ。
これは……もう無理だ。
—— 何をされても気にしない凛子 VS 何をされても意識してしまう私。
この構図が変わらない限り、私の敗北は決定的。
そう思った瞬間、咲良はふと考えてしまった。
—— これって、本当にただの幼馴染としての好意なのか?
凛子の行動に悪意はない。
昔から変わらず、ただ無邪気に甘えてくるだけだ。
でも。
それを受け入れられなくなっている自分は、一体なんなんだろう?
「……」
胸の奥が、ズキリと痛む。
この感情の正体を考えるのが怖くて、咲良はそっと目を伏せた。
■7話:焦る咲良と、変わらない凛子
「もうダメだ……!」
教室の片隅で、咲良は頭を抱えていた。
最近、凛子のことを考える時間が明らかに増えている。
というか、四六時中気にしてしまっている。
—— だって、凛子のスキンシップ、絶対おかしい!?
お泊まりした時もそうだ。
気づいたら抱きつかれてるし、やたらと距離が近い。
それに、着替えを頼んでくるなんて、普通はありえない。
—— なのに、なんで凛子はあんなに無防備なの……!?
考えれば考えるほど、胸が苦しくなる。
「私、もうヤバい……」
自分が変なことを考えてしまうのが悪いんだ。
幼馴染として普通に接すればいいだけなのに、勝手に意識してしまう。
—— これじゃまるで、恋してるみたいじゃないか。
その考えに至った瞬間、咲良はぶんぶんと首を振った。
「ち、違う違う! そんなわけない!!」
自分の中で完全否定する。
そうだ、私はただ、凛子の無防備さに戸惑ってるだけなんだ。
勘違いしちゃダメだ。
「……咲良?」
突然、耳慣れた声が近くで聞こえた。
「うわぁっ!? り、凛子!?」
驚いて顔を上げると、そこには不思議そうな顔をした凛子が立っていた。
「なに、一人でぶつぶつ言ってるの?」
「い、いや! なんでもない!!」
慌てて誤魔化すが、凛子はジト目でじーっと見つめてくる。
「……ほんとに?」
「ほ、ほんとだって!」
動揺しながら強引に笑ってみせると、凛子は「あやしいな~」と口を尖らせた。
「まあいっか! 咲良、次の休み遊びに行こうよ!」
「へ?」
「最近、あんまりゲームできてないし! またうちに来てよ!」
何の疑いもなく誘ってくる凛子。
その無邪気な笑顔を見て、咲良は心の中で絶叫した。
—— こっちはお前のせいでこんなに悩んでるっていうのに!!
でも、それを伝えられるはずもなく、結局うなずいてしまうのだった。
* * *
家に帰ってからも、咲良の頭の中はぐるぐると混乱していた。
—— なんで、こうなるの……。
ただの幼馴染なはずなのに、凛子のことを考えると心臓がうるさい。
遊びに行く約束をしただけなのに、なんか緊張してる自分がいる。
「……はぁ……」
ベッドに突っ伏し、枕に顔をうずめる。
何回目かわからないため息がこぼれた。
—— いや、でも、凛子にとっては普通なんだよな。
凛子は昔から変わらない。
小さい頃からずっと、何の壁もなく私にくっついてきて、甘えてきて。
「……っ」
思い出しただけで、頬が熱くなる。
最近はスキンシップが過剰すぎて、本気で心臓がもたない。
しかも、凛子は絶対に何も考えてない。
ただの「幼馴染」として、昔と同じように接してくれてるだけ。
—— 私が勝手に意識してるだけなんだよな……。
そう思うと、どんどん落ち込んできた。
「……届かないのかな」
ぽつりと呟いた言葉が、やけに静かな部屋に響く。
この気持ちが何なのか、本当はもうとっくにわかってる。
でも、もし気づかれて、今の関係が壊れたら……?
「……やだな」
変わらないままでいたい。
でも、このままじゃいられない気もする。
そんなことを考えながら、咲良は枕に顔を埋めたまま、じっと丸くなる。
—— でも……。
最近、ふとした瞬間に気づくことがある。
凛子は、私を特別扱いしてるんじゃないか?
気のせいかもしれない。
でも、私にだけはやたら甘えてきたり、他の子には見せない表情を向けたりすることがある。
—— もしかして……。
心の奥に、小さな期待が芽生えた。
それでも、「どうせ勘違いだ」と打ち消すように、咲良はギュッと目を閉じた。
—— こんなこと、考えちゃダメだ。
でも、もう遅い。
その期待は、これから先、どんどん大きくなっていくのだった……。
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