第3話 彼の学生時代に病あり

 こんにちは、モリタです。


 いきなり質問ですが、皆さんは「中二病」という名の病気を知っていますか?。聞き馴染みのない方もおられるかもしれないその病気。実は発症時では無く、完治した後が問題なんだとか。


 どうやら元中二病発症者は発症時の記憶を思い出すと自ら首を絞めてしまうと言った後遺症が残るんだそうです。怖いですねぇ……。今回の番組を制作する上で、元発症者たちに取材を試みましたが、皆さん口を揃えて『黒歴史』という謎めいた言葉を残し、逃げるように去っていきました。


 そんな中、ただ一人取材に応じてくれたのが、福永幸太ふくながこうたさん(仮名)。彼の証言を元に、今日は「中二病」と言う名の世にも奇妙な病に侵された彼の人生をお届けしましょう。


 番組の内容はプライバシー保護の名目上、一部脚色や変更をしております。

 番組内の登場人物や土地等の名称は実在の内容とは関係はありません。

 


 福永幸太さんと「中二病」との人生は彼が小学4年生の頃から始まります。


 当時の福永ふくながさんは、運動神経抜群。練習をせずとも走れば学年1位、泳げば大会で優勝をしてしまうほどの素晴らしい才能を持つ健康体だったそうです。


 しかしその体は「中二病」はすでに侵されていたのです。初期症状と思われる症状を福永ふくながさんに聞いてみました。


福永ふくながさん、当時「中二病」の初期症状はあったのでしょうか?」


 少し間をおいて福永ふくながさんはゆっくり答えます。


「当時は発症していたことに気が付きませんでした……。ですが、今思えば1つ思い当たることがあります」


「そんな知らぬ間に……。その思い当たることをお教えいただけますか?」


 福永ふくながさんはどこかで諦めたかのように小さく息を吐くと、少しずつ、思い出すように話されました。


「はい……。当時学校の運動会の徒競走で1位を取ると女の子達がゴール付近で話しかけてくれることがありました。以前は普通に会話が出来たんですが、小学4年生の運動会の日。あの日から突然言葉が上手く話せなくなったんです。話そうと思ってもどこか乱暴な言葉に変わってしまうんです」


「なんと……言語能力に異常が発生してしまうのですね……。お辛かったでしょう」


「話しかけてくれた女の子に対して申し訳ないことをしたと後悔しています。ですが当時は少し感覚が違ったんです」


「感覚が違う?それはどんな感じだったのですか?」


「それが、相手に対して申し訳ないという気持ちと共に、そんな言葉を使う自分の事をカッコいいと思ってしまったんです……」


「なんと!?相手に対する罪悪感と合わせて、乱暴な言動をした事をカッコいいと思ってしまったのですか!」


「はい……そんな自分に何も違和感を感じることなく生活をしていくと、以前まで話しかけてくれた女の子達は段々と話しかけてくれなくなりました。これがおそらく初期症状だったのだと思います」


「初期症状の時点で言語障害や倫理観も混濁してしまうような危険な症状だとは……」


 初期症状に悩まされる福永ふくながさんですが、それでも仲良くしてくれる男の子の友人達がいたそうです。夏は川で泳いだり、自転車で走り回っていたそうです。そんな友人達との遊びも「中二病」の症状によって変化が生じ始めます。



「友人達との遊びにはどんな変化が起きたのでしょうか?」


「そうですね、それは友達の家で遊んでいた時でした。ある時、友達が動画サイト「Yun tuboユンチューボー」の動画を見せてくれたのです。それはアニメのOPをパロディした実写動画でした。それを見た私達はなぜか同じものをやろうと思ってしまったのです。それからは日々友達の家に集まり同じようにパロディの動画を撮影していました。ただ、最終的にはOPだけのパロディでは飽き足らず、キャラクターになりきってアニメの本編すらもパロディするようになってしまったんです」


「アニメOPパロディに飽き足らずアニメ本編までなりきってしまうとは……。なんだかぞわぞわしてきますね」


「そのぞわぞわこそ「中二病」の確認方法なんです。絶対ではありませんが、「中二病」発症者の行動などを無発症者や元発症者が見聞きするとぞわぞわすると言われています」


「なるほど……。お話を聞いているとそのお友達も「中二病」の症状が発症していたように思われますが?」


「そうですね、おそらく彼らもそうだったのでしょう……。そして症状は悪化していき今度は自主製作映画と称して自分たちで物語を作って撮影を始めました。私は監督と自称して台本から演技指導までしていました……」


 そう話す福永ふくながさんの声は震えていました。それはまるで発症時の記憶を恐れているかのようでした。



 取材陣は福永ふくながさんとご友人達の自主製作映画「勇者ダイキと3つの剣~アトランティスはすぐそこに~」のデータを特別に拝借することが出来ました。プライバシー保護の観点から音声、映像に編集を加えたものを一部ご覧ください。

 


「……このままでは、やられちまうぜェ……」


「ハッハッハ、お前のライフもこれまでだな。俺の奥義でケリを付けてやるわ!……く、黒く黒く染まれよ染まれ。我が心に灯りし悪の火よ。地獄の業火に姿を変えて、汝の命を焼き尽くせェ……」


「やばいぜッ、あれは大魔王アンドウトロワの最強奥義詠唱……くッ、ジ・エンドか……」


 大魔王アンドウトロワの攻撃の前に諦めかけたその時、勇者コウタの破邪の剣はじゃのけんが光りだした。


破邪の剣はじゃのけんよ、俺にまだ戦えというのか!?そうか……ここで諦めるわけにはいかないよなぁ!」


 光る破邪の剣はじゃのけんを再び構えて勇者コータは目を閉じる。


 「諦めたか勇者コータよ!これでジャッジメントだ!奥義!悪邪炎獄破イーヴィルヘルフレイムディストーションァ!」


 ――ダイスケ。モンタ。ラントンに、ぶ、ブリステン!。ロックン。コバ。えーと……あ、トモロー?……。


「お前たちが守ろうとしたこの世界を俺は守るゥ!必殺!絶対無敵斬アブソリュート・ラストスラッシュッ!」


 煌めく勇者コータの剣は、大魔王アンドウトロワの悪邪炎獄破イーヴィルヘルフレイムディストーションを弾き大魔王アンドウトロワを切り裂いた!


「煌めきながら消えちまいな!」


「グハァァ!」


 その後、世界は平和になったのだった……。おしまい。



 映像は以上です。自作の木の剣とブランケットをマント代わりにして勇者コータになりきる福永ふくながさんの痛々しい姿が印象的ですね。どうやら「中二病」は症状が進行していくと羞恥心といった感情も失っていくようです。しかし「中二病」の発症時の恐ろしい症状はまだあったのです。



福永ふくながさん、貴重な映像をありがとうございました。「中二病」の恐ろしさがよくわかりました」


「いえいえ。でも、「中二病」の発症時の恐ろしさはここからです」


「え?それはどういうことでしょうか?」


「実は今でも思い出したくないのですが、映画製作と称して主人公等の設定を考えていくうちに、主人公を自分に投影してしまい最終的には自分には特別な力や目的があるんだと思うようになったんです。その結果学校でも主人公のような行動をするようになりました……」


「……」


 福永ふくながさんから話を聞いた時、思わず声が出ませんでした。なんと中二病の症状が深刻化していくと自主製作の物語の主人公のような力が自分にもあると信じ込んでしまい、最終的には現実と物語の区別が付かなくなると言う現実感の喪失まで起きてしまうのです。そんな症状を抱えつつも福永さんはご友人達と何本も動画を作成して遊んでいたようですが、中学3年生になるとそんな関係に変化が訪れたようです。



「中学生になるとご友人との関係が変わってきたとの事ですがどのようになったのでしょうか?」


「そうですね、段々と動画作成をする時になると友達の集まりが悪くなっていったんです。中1の頃は何人かは集まったのですが、中2になると段々と人数が減っていき、中3になると全く集まらなくなっていました。みんな誘うと「受験が~」「さすがにもう……」などと話して断られました。今思えばあの時点で彼らは「中二病」を完治していたのかなと思います」


「なるほど「中二病」からの完治によって価値観のずれが生じたわけですね。ご友人はどのようにして完治されたのでしょうか?」


「「中二病」の完治には、自分で発症している事に気付くか誰かに指摘されるかの二択しか方法がありません。自分で発症に気付くのは非常に難易度が高いことから、恐らくですが彼らは後者の誰かに指摘された事で発症を自覚して完治していったと考えられます」


「自分で気付く方法はかなり難易度が高いのですね……とても恐ろしい病です。福永さんはどうやって完治したのでしょうか?」


「私の場合は自分で発症している事に気が付くことが出来ました。いや、あれは友人からの指摘だったのかもしれませんね」


「それはどういうことでしょうか?」


「はい、私が完治したのは中2の3学期でした。冬休み中に友達から紹介されたあるアニメを見る事で自分が「中二病」を発症していると気付くことが出来たんです」


「あるアニメ……。それはいったいどんなアニメだったのでしょうか?」


「それは……」


 ここで再び福永ふくながさんの言葉が詰まります。どうやら完治の原因を思い出すのは、アレルギー反応からか強い拒否反応が発生するようです。


「無理してまで教えていただかなくても大丈夫ですよ?」


「いえ、話します……」


 そう話すと、唇を噛みしめながら語り始めました。


「そのアニメは「中二病」の元発症者が、ふと過去の思い出を思い出して苦しむアニメでした……。登場人物はみな発症時の記憶を思い出すと「恥ずかしすぎる!」「殺してくれぇ……」などと言いながら柱に頭を何度も打ち付けたり、枕に顔面を押し込んで呼吸困難になっていました。そんな姿を見て自分は、彼らの恥ずかしがる行為をしている。それは自分が「中二病」という恥ずべき病を発症してるのだと気付いたんです」


 苦しみながら話した彼の眼には溢さまいと我慢しているかのように、大粒の涙が溜まっていました。


「お辛い記憶を思い出して頂き、ありがとうございます。この貴重な証言によって、助かる命もあるかと思います」


「そうなってくれると嬉しいですね……」


福永ふくながさんの完治後の生活にはどのような変化がありましたか?」


「完治後は高校に上がるまでは、周りからの視線に怯えていました。発症時の行動をクラスメイト達は知っているので、完治した後もその時のイメージで見られないかと不安でした。また「中二病」は後遺症に発症時の事を思い出すたびに自分を消し去りたいと自傷行動をしてしまう事があるのですが、完治後1年程は後遺症で苦しむことが多かったです……」


「完治してからが問題というのはそう言ったことだったのですね……。学生生活でも周りの「中二病」に対する理解が必要ですね」


「そうですね、幸運にも私のクラスメイトは完治した私を温かく見守ってくれました。完治直後の頃はどうしてもぎこちない感じがありましたが、時間が経過するごとに慣れてきたのか自然に会話できるようになりました。その結果、受験勉強にも集中できるようになり何とか志望校へ入学できました」


「それはよかったですね。少し遅れての受験勉強だったと思いますが、完治後のクラスメイトの協力も大きいのでしょうか?」


「はい、あの時はかなりクラスメイトに助けられましたね。なんせ発症中は勉強の事は気にもしていなかったので……あとはあれですね。願掛けですかね」


「願掛けですか。受験生はかなり気にする方もおられますよね」


「そうですね、私は受験勉強をするために居残って勉強した帰り道で見かけた社があったのでそこで願掛けしたんですよ。そういえばあの時に不思議なことがあったんですよね……」


「ん?……」


「あれは7月の上旬でした。知らない社だったので、私のオリジナル願掛けの儀式をして受験合格祈願をしたんです。そしたら一度強い風が吹いたと思ったらいきなり辺りが真っ暗になったんです。商店街の光も空の月や星の光も一切なくなったんですよ?」


「え、ええ……」


「そんな真っ暗で不安な中、後ろに何かがいる様な感覚がして、恐る恐る後ろを見たら、何かが光って空に飛んで行ったんです!私は眩しくて目をつむってしまって、少しして目を開けるといつもの商店街にいたんです。あれは何だったんですかね?おかげで合格しましたけどね」


 「そ、そうですか……。どうやら福永ふくながさんはまだ「中二病」を完治できていないようです。それではお時間となりました。本日は貴重なお話をお聞かせ頂きありがとうございました……」


「え?あ、はい。ありがとうございました」



 いかがだったでしょうか。恐怖の病「中二病」。今でも完治したと疑わない福永ふくながさんの貴重な証言でその秘密にされている病に迫ることが出来ました。発症中は言語障害や倫理観の混濁、羞恥心の欠落や現実感の喪失が発生し、完治後も後遺症で自傷行動をとってしまう恐ろしい病気です。そのため完治には周りからのサポートが必要となり、完治後も理解ある行動が大切です。もしお近くに「中二病」発症者と思われる方がおられましたらまずは理解のある行動をお願いします。


 現在は「中二病」相談ホットラインが開設しております。どなたでも「中二病」に関しての相談が出来ます。自身の事、周りの事など一人で悩まずにお電話してみてください。フリーダイヤル0120-xxx-xxxナヤムナ チュウニ。ナヤムナ、チュウニです。


 それでは、満身創痍アンタダーケヨーまた来週。


 テレビの電源をそっと切る幸太。消えた画面にはアワアワした顔が見える。


「プルルルルル……」直後になる幸太のスマホ。相手は陽翔はるとだ。


「幸太!アンタダーケヨー出てたよね!すごいや!」


「……いや、違うよ!?僕じゃないからね!?名前……は一緒だけど違うからね!(仮)て書いてあったじゃん!?」


 慌てた様子で話す幸太に、冷静に陽翔はるとが返す。


「いや隠さないで良いよ、知ってたし。中学の頃、剣とか持ってきてたじゃん。はじゃのけん?……だっけ?」


 二人の間に沈黙が流れる。幸太の頭の中では過去の所業がなだれ込む。


 ――くっ……これは暗黒歴史アビスクロニクルッ!。この呪縛ヘルスペルからは逃れられないのかッ!


 呪縛ヘルスペルから逃れるため幸太の手が自身の首に勢いよく飛び掛かる。彼の手が首の動脈に刺さるその瞬間、脳内に誰かが語りかける。


 ――諦めるな勇者コータよ。逆に考えるんだ。バレちゃってもいいさと……。


 ――この声は破邪の剣はじゃのけん!?……ふっ、そうかまだ諦めるなというのか……。そうだな、俺はまだ戦えるッ!


 幸太は首筋に向けた手をゆっくりと下げ、目を閉じる。そして微笑みを浮かべて目を開く。


「……バレてるならいっか!まぁテレビに出れたしラッキー!」



 いつでも異常な程のポジティブ思考な男、福永幸太ふくながこうた。彼の人生には一体何があったのでしょうか?


 もはや奇跡のポジティブ力、アンタダーケヨー。


 あなたの身に起こる事はたぶんないでしょう……。満身創痍アンタダーケヨーまた来週。


 これにて第3話、おしまい。

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