花の妖精さんがいらっしゃいました

若奈ちさ

花の妖精さんがいらっしゃいました

『こっくりさん』は一歩まちがうと呪われてしまうけど、『花のようせいさん』なら安心なんだって。

やり方は簡単だよ。

クラス会長の大倉さんはそういってわたしを席に座らせた。


机の上にノート見開き分くらいの大きな紙が置いてあった。

五十音が書いてあって、その上の真ん中に花のイラストが描いてある。

マーガレットかな? 3センチくらいの円の周りに花びらが8枚ついていて、茎と葉はついてなかった。

花の右側には『はい』。左側には『いいえ』。


なにが始まろうとしているんだろう。

こんなに儀式めいているのだから、あまりいいことではなさそうという予感はあった。


ようせいさんは南からやってくるの。

南側の窓が全部開いていた。

ようせいさんは窓をすり抜けられないらしい。

教室内は少しひんやりとしているけど、わたしは緊張して腋に汗をかいていた。


用意されたペンを4本の指で握り、親指はペンの上に置くよう指示された。

シャープペンシルの芯を出すみたいに握る。

わたしの正面に座っている小野寺さんが、わたしの手をつかむように握りしめて、わたしの親指の上に自分の親指を押しつけた。

ふたりでひとつのペンを握るようなかたちだ。


そうしてペンを誘導させて花の中心にペン先を置いた。

小野寺さんは『花のようせいさん』のやり方を知っているらしい。


ここに書いてあることを読み上げていけばいいからね。

大倉さんはスケッチブックを手にして表紙をめくった。

まずはふたりで、せーの。

そういわれ、わたしはあわてて小野寺さんと声を合わせて読み上げた。


『花のようせいさん、花のようせいさん、南の窓が開いています。どうぞお入り下さい』


呼び込みの手順……

うまくいったのだろうか。


大倉さんはスケッチブックのページをめくった。

せーの。


『花のようせいさん、いらっしゃいましたか?』


なにかに引っ張られるようにペンが動いた。

ペン先が『はい』を囲んで戻ってくる。

小野寺さんが動かしたの?

それとも、『花のようせいさん』がやってきて見えない力で動かしているの?


しんと静まりかえった放課後の教室。

4年1組、クラスメイト全員の視線を浴びる中、わたしはなにをするのが正解なのかわからなかった。

みんな『花のようせいさん』がやってくることを望んでいるようにも見えるし、だからといって、そんな現象が起こるはずもない、どちらかが動かしているに違いないって、そんなふうに疑っているとも考えられる。


わたしはこの学校に転校してきたばかりで、クラスにもぜんぜんなじめてない。

この儀式がなにを意味するのか、どうしてなにも知らないわたしが選ばれたのか。

バカバカしいと、ペンを投げ捨てる勇気がなかった。

だって、みんな固唾をのんで見守っている。


スケッチブックがめくられた。

今度は小野寺さんがひとりでそれを読むようにうながされた。


『この中で、ウソをついている人はいますか』


『はい』


今まで生きてきて、といってもたった9年だけれども、ウソをついたことがない人なんているだろうか。

わたしはきのうだってウソをついた。

友達ができたかって、ママに聞かれて、できたよ、楽しいよって、ウソをついた。


ウソっていえば――もしペンを動かしているのが小野寺さんなら、それもウソをついているといえるんじゃないのかな……


次はわたしが読み上げる番だった。


『ウソをついているのは誰ですか』


ペンがまた勝手に動き出す。

五十音の方へ向かっていく。


『か』『り』『な』


わたしの名前ではなかった。

まさか、小野寺さんなの?と視線を向けると小野寺さんもこちらを見ていた。

わたしは小野寺さんの名字しか知らない。

わたしが動かしたと思ってるだろうか。

みんなは?

みんなの顔を見るのが怖い。

小野寺さんが自分の名前を指し示すはずがないし、だとするならわたしがやったしかないじゃん。


ペラッとスケッチブックがめくられる。次は小野寺さんの番。


『そのひとをどうすればいいですか』


『ぬ』『ん』『べ』『ら』


ペンが花へ戻っていこうとしたとき、いきなり小野寺さんはわたしの手を離して立ち上がった。

なんなの!

って、大きな声を張り上げてわたしの手をひっぱたいた。

驚いてペンを離してしまったけど、汗で張り付いていたからちょっと遅れてペンは床に転がった。


なんなのって、こっちがいいたい。

『ぬんべら』って、なに?


こんなことをやらせた大倉さんはのんきに途中でペンを離したらダメじゃんといっている。

ちゃんと帰ってもらわないと、呪われちゃうよ?


聞いてない、そんなこと。

なんでわたしなの? こうなることを知らなかったから? 誰も小野寺さんとやりたがらなかったから? だから転校してきたばかりのわたしが選ばれたの? ぬんべらってなに?


このことからも、本当に『花のようせいさん』はいたんだなってわかった。

わたしも、小野寺さんも、ペンを動かしてない。

たぶん、ここにいるみんなも信じ切っている。


いいよ。

もうやめようと思ってたけど。

わたしは『花のようせいさん』は知らないけど、人を呪う方法なら知っていた。

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花の妖精さんがいらっしゃいました 若奈ちさ @wakana_s

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