22. Case of Curse 4

 ミッドステージで『ハチキレLovers』のパフォーマンスが始まった。

 仁堂ユーキの姿はない。

 そう都合の良いことは起こらない、仕事に集中しよう。


 メディア用に設けられた一角で、私はステージにカメラを向ける。

 カメラマンさんはメインのトップヒットステージで行われるオープニングセレモニーに張り付いてもらっているので、小さめのステージは私が撮るしかない。

 もちろん仁堂ユーキが現れるのを期待していたから配置をここにしてもらったのだけれども、今となってはオープニングセレモニーに立ち合いたかったな、という気持ちになってしまった。


 天野氏たちはさっき揉めた若者グループとも打ち解けていて、三曲目には最前列の全員が肩を組んで左右に揺れていた。

 そして途中のMCではメンバー紹介があり、これから先のいくつかのライブの宣伝とチェキ会のお知らせがされた。


「えっとぉ、ずっとお休みしてたユーキなんですけどぉ、大事なお知らせがあります!」

 リーダーの発言に、会場が「おお!」と沸く。

 ただ、アイドルの「大事なお知らせ」というのは概ね卒業か脱退か契約違反による解雇かなので、場内のファンは固唾を飲んで次の言葉が紡がれるのを待っている。


「せっかくの湾岸フェスのステージなんでぇ、ちゃんとファンの皆さんにぃ、お話したいことがあるっていうのでぇ、次の曲だけ限定復帰です! カモン、ユーキ!」

 会場が拍手と「ユーキ!」コールに包まれる。


 生きていた、それに曲もちゃんとやるんだ。

 呪いに憑かれていたわけではないのなら、安心できる。


 舞台袖から黒い衣装を身につけた仁堂ユーキが現れ、メンバーたちは一旦舞台両袖にけた。

 他のメンバーとは違う漆黒の違和感にどよめきが起こる。


「みなさん、ご心配をおかけしたと思います。ハチラバのオレンジ色担当、仁堂ユーキです。今日は、ちょっと自前で、黒い衣装を着ています。曲の前に、皆さんにお話したいことがあって、リーダーにお願いして少しMCの時間をいただいてます」

 ステージのユーキを見守るファン。

 ステージ脇に目をやると、スタッフがステージに飛び出ようとしているのをメンバーたち押さえている。

 何かあらかじめの段取りとは違うことが起きている空気を感じる。


「あの、私、仁堂ユーキは、えーっと、辞めるとかじゃないんでそこは安心してください。あの、私は……」

 言葉を続けようとしては、止まってしまう。

 望遠レンズの向こうで、歯を食いしばり、泣きそうな自分に抗うユーキの姿に、思わずシャッターを切る。


「運営さんに、ある運営さんの人に、セッ……。ずっと、その、人に言えないようなハラスメントを受けていて、拒否るとステージに上げない、レッスンもさせないと言われて、メンバーにも相談したんだけど、どうにもできなくて、逃げるしかありませんでした。本当にごめんなさい」

 客席から「あやまらなくていいよ~!」「運営死ね!」などの声が飛ぶ。


「ほんとはこういうの、動画で上げたほうがいいかなって思ったんですが、ファンの皆さんに直接お伝えしたかったのと、私は、戦うことを決めたんで、こうして、あの、マネージャーさんは今日私がここに来ること知らなかったと思うから、こんなこと急に発言して迷惑だろうけど、ステージに上がらせてもらいました」


 ステージ脇からメンバー達の制止を振り切ってスタッフがユーキに駆け寄る。

「運営引っ込め!」「ユーキに歌わせろ!」の怒号が発せられ、場内は「うーたーえ! 歌え!」コールに包まれる。

 メンバーたちとスタッフたちが揉み合いになるステージ上で、スーツを着た一人がマイクを奪って中央に立った。

「えー、ただ今仁堂ユーキから発言がございましたが、お客様大変申し訳ございませんが、『ハチキレLovers』のステージはここで中止とさせていただきます。大変申し訳ご……」と繰り返そうとした時、

「歌わしてやらんかい!!!」と誰よりも大きな怒鳴り声が客席の後方から響き、場内が水を打ったように静まり返った。

 声の主は朽木だった。

「ここに集まっとるんはカネ払ってわざわざハチラバを見に来た客やぞ。老骨に鞭打って年金溶かしてやってきたのも何人もおる。アイドルが勇気を出して告発をして歌おうちゅうとるのに、何を押さえつけようとしとんのじゃ! ワシらは歌を見にきとる。アホ面晒してないでアイドルにさっさと歌わせんかい!」

 会場から拍手が巻き起こる。


 元ダフ屋で最前管理の元締め、そりゃ興行に乗じて甘い汁を吸っているのだからアイドルには歌って貰わないと困るのだろう、確かに筋は通っている。

 だが、反社まがいのオッサンの一喝に拍手を送るのは、さすがに違うと思う。


 ふたたび場内は騒然としはじめたが、見た限りではステージ上の仁堂ユーキは無事のようだ。

 彼女のことについて、高柳田氏は「七つの大罪」のうち「怠惰」に分類していたが、外れだ。

 レッスンをしなかったりステージを休むことがあったのは、本人の気質によるものではなく、そもそも運営からハラスメントを受けていて、そこから逃げていた故の行動だ。

 健康状態も悪くなさそうだし、つまり、見込み違いで高柳田氏はコールを使って呪いをかけたことになる。


 ハラスメントを告発して戦う心構えがあるくらいの生命力のありようなら、"さくら"がすぐに呪い殺すということもないだろう。

 呪いにかけられて死ぬよりは、ハラスメントと戦ったほうがマシ。

 そんな不謹慎な比較をしているのは世界で私だけだろうが、今はそう思いたい。

 それに、ハラスメント告発からの復帰宣言は、本人が受けた苦しみを差し置いて考えても、インパクトのある記事になる。

 この瞬間に立ち会えたのは、かえって幸運だったかもしれない。


 場内の「歌え」圧もあり、運営スタッフもこのまま中止するわけにはいかなくなったのだろう。

 ハチキレLoversの『前を向いてGo!』のイントロが流れ始めると、仁堂ユーキを押さえようとしていたスタッフたちも観念したのかステージから降りた。

 メンバーが一列に並び立ち、ファンへ一礼するとさっと各ポジションへ移った。

 ユーキは休業している間も自主練習を欠かさなかったのだろう。

 伸びのある声、キレのあるダンスでファンを魅了していく。

 メンバーたちもいつかユーキが復帰することを考えてフォーメーションの位置を変更せずにやってきたようで、時折潤んだ目を合わせては笑顔をファンに向けていた。

 整った律動の中で、ユーキの黒い衣装がアクセントになって映えている。

 こんなに力強く、突き上げるようなパフォーマンスを見せつけられたら、ファン冥利に尽きると言っていいだろう。

 私は夢中でシャッターを切った。


 曲が終わり、仁堂ユーキは九十度にも近い姿勢でファンに礼をした。

 客席からは大歓声が上がり、後ろの方にいた朽木は腕組みをしてうんうんと頷いている。

 本物の「後方こうほう腕組み彼氏面かれしづら(註:客席の後ろで静かにいながらも全て掌握したような表情で見守るファンの様子の事)」を見た気がした。

 メンバーたちは労うように抱き合ったり肩を叩き合ったりしている。

 観客席の隅から隅まで少しべそをかきながらも気丈に手を振るユーキ。


 次の瞬間、膝から崩れ落ちた仁堂ユーキは、そのままステージに倒れ伏した。


(続く)

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