16. Case of Curse 3
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はーい、『みち世の腹
今回は、東京のど真ん中、超人気のインスパイア系ラーメン店『割れ鍋に綴じ
お店の外見はとてもシンプル。白壁にデカデカと店名が書かれていて、潔いですね。
もちろん開店前からの長蛇の列。すんごく来にくい場所にあるのに、すぐに入れたためしなし。でも違法駐車だけはNGね。
店内に足を踏み入れると、まずは豚とニンニクの香りが全身を包み込んでくる。洗礼ってやつですね。インスパイア系は何軒も挑戦してますけど、空気だけで胃袋を直撃しそうなのは初めてかも。それとも単にみち世がお腹空きすぎてるだけ?
中は意外と開放的で広め。カウンターは10席。狭小店舗のような息苦しさは感じない。秋冬は着ぶくれするから人間が狭さの原因になるんだよね。ここなら壁にコートやダウンをかけても人の通れる幅がしっかり確保されてる。
カウンター上の梁に芸能人のサインと、これはたぶんラーメンマニアの方々のですね、券売機横のメッセージボードに付箋がギュッと。眺めるのもほどほどに食券を購入。迷わず"大"です。
水を取って着席。ここはレンゲがカウンターに置いてあります。トッピングを聞かれ、コール。コールと言っても普段皆さんがしているあれではありません! ってこれ書くの何回目だw
今回は「ニンニクマシマシ」で。人に会うお仕事の無い日はこれができるのが嬉しい! ってこれ書くのも何回目だw
待ち時間は約10分。普通。
……って、普通のラーメンじゃない? 大や小と間違えてミニって頼んだっけ?
インスパイア系『割れ鍋に綴じ豚』の大ラーメン
……いやこれ、インスパイアでも何でもないでしょ。
カウンターにトンと置かれたその瞬間、ビジュアルに思わず声が出ちゃうようなのが食べたいの。
太くてずっしりとした麺、トロトロのチャーシュー、シャキシャキのキャベツ、プリプリのもやし、そしてたっぷりのニンニクがのっている。
見るからにジューシーで、肉感的で、スープは見た目からもドロッドロのブリッブリに超濃厚じゃなきゃ困る。
わたしが欲しいのは、一口目をすすった瞬間に味のインパクトで卒倒するようなガツンと来るやつ。麺はモチモチで、ワシワシと揉まれているだけじゃ全然だめ。天地を返してスープと絡め合っているだけで絶頂を迎えるほど美味しいのがいい。
チャーシューは口の中でとろけて、何度求めても足りなくて、口の端から肉汁がこぼれ出てしまいそうな、そういうの!
食べたい。食べたい。食べたいの。
ねえ、わたしの"今の"身体、知ってるでしょ、こんなに痩せちゃって――。
食べたい。食べたい。食べたいの。身体が従ってくれないだけ。
三年くらい前だったかな。大変だったんだよ。どれだけ歌ってもダンスしても、ストレスで食べちゃってたからね。スタジオ帰りにラーメン。二杯頼むの恥ずかしいからお店を変えてもう一杯。
みんなに会える日も、きっと痩せてるほうがいいよねってそんなことわかってるのに止められなかった。
新しい衣装も入らなかった。採寸したときから一日二日で膨張してるんだもん。そりゃ入らないよね。
チェキ会に並んでくれる人も減って、ライブ後のロビーに衣装のファスナーが閉まらなくてガムテープで留めてるデブなわたしがポツンと佇んでた。
エッチしたら痩せるよって言われて半信半疑だったけど、知ってる? 男の人ってアレが勃たなくなることあるんだよ? 尻の肉が厚くて届かないって意味わかんないこと言われて。手でしてあげてもクリームパンみたいな太い指と厚い手のひらの中でちっさくなっちゃって。
結局そういうのも嫌でまた食べて。
インスパイア系、大好き。だって、デブの食い物だもん。豚にはエサがお似合いでしょう? 暑苦しいところに詰め込まれて、無心でガッついて。あとね、食べ過ぎて吐くのもけっこう気持ちいい。
それから、ちょっとライブお休みするようになったのね。だってデブが横で踊ってたら、他のメンバーやりづらいだろうし。休む前のステージで、わたしのこと見捨てないで推しててくれたオタクがね、なんか変なコールしてた。ラーメン屋で頼むようなコール。何言ってるのかわかんなかったけど。当てこすりでアブラマシマシとかチョモランマって言われてたのかな。
ちょっと休んでたら、ある日、飼ってた猫が餓死したんだよね。なんでって、猫のエサまでわたしが食べちゃってたから。毎日たくさん食べるなーって思って猫缶開けてたんだけど、わたしが食べてただけだった。
死んだ猫は、知り合いがあの世に連れていってくれた。あの世に連れていける知り合いって誰かって、わたしもよく知らないんだけど、ちょっとハーフっぽい子。わたしと同じくらいの歳。ずっと知り合いだった気がするんだけど、もう色々と思い出せないのね。
淋しくなって食べなくなって、そしてわたしは食べられなくなった――。
太ってくときはそれが病気だなんて思わなかったけど、痩せてくときは病気なんだなって思える。
だから医者に行ったんだけど、摂食障害が反転しちゃったんだって。普通はダイエットのリバウンドで、拒食症から過食症になることがあるって。逆は珍しいんだって。
お医者さんはね、脳内物質がどうって言ってるんだけど、全然わかんない。わたしの脳みそどうなってるんだろ。
食べてたときの記憶があるからね、たくさん食べればいいんだって思うのに、身体が言うことを聞かない。食べたいという欲望に、身体が従ってくれない。
でも何だかね、ラーメン屋さんに行ってコールしたら、好きな物を好きな量、食べれる気がするんだ。スタバの呪文も前に流行ったよね。わたしを満たしてくれる食べ物、飲み物を頂戴。
アブラマシマシ! ニンニクヤサイ! ド乳化スープ! 別皿カラメで絶頂感!
そうそう、そういう感じでお願いね。
――タイガー! ファイヤー! サイバー! ファイバー! ダイバー! バイバー! ジャージャー!
違う、違うよ、そのコールじゃない。もっと魅力的に聳え立つようなコールをしてほしいの。ジャージャー言うならジャージャー麺が食べたいわ。
ハイ、トール! フラペチノ! ホイップ コーヒー エクストラ! アド ウィズ アドウィズ シロップ追加! チョコチップ! チョコソース! やっぱりサイズはベンティーで!
いいねぇ、満たされそう。飲み物だったら頑張れば胃に入るかな。
――虎、火、人造、繊維、海女、振動、化繊、飛、除去!
食べたい。食べたい。食べたいの。普通のコールは要らないの。
――憤怒! 怠惰! 色欲傲慢! 嫉妬! 暴食! 強欲大罪~!
食べたい。食べたい。食べたいの。そのコール、あの時オタクがしてたやつ。
――
食べたい。食べたい。食べたいの。最期にお願い、お腹を満たして。
――巫女は伝えよその声を! 災厄、怨念、
食べたい。食べたい。食べたい……
ああ……。あなた、猫ちゃんを連れていってくれただけじゃなくて、わたしも連れていってくれるの……? お名前は……? さくらちゃんって言うんだ。
よかった。デブな時だったら、重くて空へ上がれなかったもんね……。
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