7.無念

 講義の時間が近づいてきたからか、それなりに混んでいた食堂も人が減ってきた。


 高柳田氏の言う「呪い」には、かなりのこじつけがある。

 何千ものアイドルがいる現代に、特定の誰かがターゲットになるとしたら、それなりのきっかけや条件が必要のはずだ。

 歩き巫女たちが非業の死を遂げた、その歴史的背景だけでは説明がつかない。

 無差別に見えて法則性があるのではないか。


 買ってきたチョコレートパフェをまだ渡さずに”人質”にして、その点について質問をする。

「いい質問だ。誰が呪っているのか、どんな条件で呪いにかかるのか、どうしてこんなことが起こっているのか、この三つを明かさない限り、俺の言っていることは戯言にしか聞こえないだろうな」

「答えを持っていないのに、美咲みつきに呪いがかかっていると疑ったんですか?」

「それはどうかな。から検証できていないに過ぎない」

 高柳田氏をやり込めてやろうと浮かれていたが、その言葉にドライさと意地の悪さを感じて、一気に冷める。

 新たに誰かが死ななければ呪いの存在を確かめられないのなら、戯言のままであったほうがいい。

「検証なんかできないほうがいいに決まってます」

 手元のチョコレートパフェを高柳田氏へ差し出す。

 こんなものと引き換えに何かを聞き出せたところで、後味が悪いからだ。

 彼は私から少し目を逸らして、柄の長い金属のスプーンをアイスクリームの山頂へ突き立て、えぐり取った。

「検証は別として、まだ上手く言語化できていないことは多くある。それをまとめるまでに二人目の犠牲者が出なければいいんだが」


 犠牲者なら、十年前に移動中の事故で全メンバーが亡くなった『アルケミスコ』もそうなのではないか。

 呪いによる事故だと先日の彼はわめいていた。

 地雷が埋まっていそうだと直感したが、尋ねてみる。

「呪いの被害はさっきの週刊誌にあったあれが初めてじゃないって考えているんですよね? アルケミスコの前例があるから詳しく調べている」

「……そこまで知ってるのか。やっぱり何か裏があるんじゃないのか。」 

「ないです。ただあまりにもライブ会場でクレームをつけていた時の言葉が耳に残っていたもので。興味で調べただけです」

「記者魂ってやつ? アルケミスコは十年も前のアイドルだからね、俺もまだ小学生だった。でも信じたくなかったんだよ。がそんなことで死ぬなんて」

 高柳田氏の言った「姉貴」という言葉に息を呑む。

 直感が当たったとはいえ、まさかそんな過去があったとは。

「不躾なことを訊いたらすみません。お姉様はアルケミスコのメンバーだったんですか」

 姉を失った無念を晴らすために、その原因を呪いに求め、調べ始めたというのだろうか。

「そうだよ。姉貴が死んでしばらくして、母親が『アイドルなんかさせるんじゃなかった』と後を追っちまって」と高柳田氏は天井を指さした。

「お姉様だけでなくお母様も亡くなられていたんですね」

「初対面で話すようなことじゃなかったな。こういうやつ」

「何か、すみません」

「……今日はこのあたりまででいいか、話すの」

「構いません。ペガサス★しゅ~ずのことは、いただいた部誌を読みます」

 ボイスレコーダーをオフにして、カバンに仕舞った。


「呪いのターゲットは、美咲みつきのほかに何人かいる。もちろん、客観的で科学的な証拠を示すのは難しい。歩き巫女の呪いについても、調べた昔話と現実の区別がつかなくなってる自覚くらいはある」

「その自覚が無かったら、誰も話を聞いてくれないと思います。私もたまたま、取材だったし、ちょっと論破できるんじゃないかと思って聞いただけです」

「お愛想を言わないあたり、正直なんだな。でも俺は、たとえこじつけだと指差されても、アイドルを守りたい」

 その真剣な表情で、何となく理解できた。

 高柳田氏はアイドルを知りすぎているからこそ、事故や事件の発生を感じ取ってしまうのだ。

 理由は説明できなくとも、このアイドルはいずれヤバいことになるという直感。

 それを彼は呪いと表現しているのだろう。

「高柳田さんは本当にアイドルが好きなんですね。これはお愛想です」

 こんな言葉で総括してしまっていいものかと思ったが、そう表現するしかなかった。

「それでもわかってくれたなら嬉しい。こんなの、ごうだよ、業。」

「ただ、高柳田さん。運営スタッフへのクレームの付け方は、考え直した方がいいと思います」

「その高柳田さんっての、やめてくんない? あんまり俺、自分の家系が好きじゃなくてさ。苗字で呼ばれたくない」

「かといって、親しくもないのに名前では呼びたくないですね。普通に高柳田先輩、でいいですか」

「俺のこと大ちゃんって呼んでいいのはみつきだけだから」

「それは別に聞いてないですね」

「先輩ってのも固いなー。特別な呼ばれ方したい~」

「正直に言っていいですか、そういうのはアイドルとだけにしてください。キモいです」

「わかったよ。普通にアイドルオタクとでも呼んでおいてよ。名は体を表すっていうの、好きだから」

 どこが普通なのかはまったくわからないが、そう呼ばれたいなら構わないと思った。

「じゃあ、短くして"ドルオタさん"で」

「そういう所で愛嬌を出すタイプなんだ、デュフ」

 しくじった。

「ペガサス★しゅ~ずの記事、できたら送ってくれよ、読むから。部誌から俺の文章パクんなよ?」

「しませんよ、そんなこと」

 高柳田氏ドルオタさんを残し、食堂を出る。

 午後の講義が無い日なので、早いうちに内容をまとめて編集長に見てもらおう。


   *


 夕方のカフェは穏やかな日差しに包まれていた。

 ワイヤレスイヤホンからはペガサス★しゅ~ずの曲がずっと流れている。

 メンバーの声がまだ聴き分けられないので、何となく「このラップの部分は美咲みつきだろうか?」なんて思いながら記事の叩き台をタイプしていく。

 もちろん呪いについてなど一切触れない。

 ニュースサイト『@シティポップ』にオカルトを扱うコーナーがあれば別だけれども、それでもアイドルの特集をしながらその裏でオカルトじみた醜聞を書くなんていうのはあり得ない。


 音楽情報サイトをいくつか閲覧し、アイドルライブのレポート記事がどういったフォーマットで書かれているかを確かめる。

 大抵はセトリにある曲名の合間に「メンバーたちから繰り出されるエネルギッシュな躍動感が伝わってきた」だとか「疾走感のあるナンバーをメドレーで披露した」とか当たり障りのない褒め言葉を散りばめている。

 これは言い換えの語彙をどれくらい知っているかが勝負になるジャンルなのだろう。

 一通り書き上げた内容を、クラウドのアドレスとともにSlackのチャンネルに貼り付けて提出する。


 可能なら、湾岸アイドルフェスティバルの前に、ペガサス★しゅ~ずの「ライブツアー東京ファイナル」をきちんと取材したい。

 しばらくして編集長から「叩き台ありがとう。ざっと目を通したけど、着眼点も構成も整ってていいんじゃない。手を入れる必要はありそうだけど、安心した」とメッセージが入った。

 すかさず「ちょっと興味が出てきたこともあって、次のライブで一本記事を書きたいです」と送る。

「解像度が高くなってるうちに書くのはいいかもね。今出してもらったやつを手直しして紹介編にして、その次にライブレポを掲載すれば湾岸アイドルフェスまでの流れも作れそうだし。次のライブっていつ?」

 編集長もノッてきている。

 すかさず「週末です! 行ってきます!」と記入する。

 親指を立てたマークが、すぐについた。


(9.へ続く)

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