第17話 サクヤ防衛作戦
昔の日本は今よりももっと夜が長かった。
以前にも触れたが庶民にまで種火油やろうそくが
照明として普及するのは江戸時代以降である。
日没から次の日の出までざっくり12時間あるわけで、
1日にせいぜい7~8時間も寝れば足りる
大人からすれば、明らかに夜の時間は長すぎた。
寝屋に若い男女がおり、翌朝までの長い時間を
どうやって過ごすかといえば、これはもう一つしか無い。
毎晩のようにムラのどこかで
夜這いの誘いがあってもおかしくはあるまい。
ましてや今夜は早乙女たちを迎えた歌垣の夜だ。
単純に女の数が倍になっている。そして日頃会うことのない
遠くからやってきた若い女達がいるのだ。
彼女らはこれまで2泊をムラの母屋で過ごしていたが、
今夜に限ってはムラの配慮で母屋の周り十軒程度の
寝屋が早乙女たちのために開放されていた。
即席のラブホテルと化した寝屋のいくつかでは、
既に盛り上がった男女の営みが始まっていた。
そんな中、サクヤは自分の寝屋まで誘拐され、
三人の侍女たちによって監禁されていた。
名前はそれぞれ『ハナ』『シズ』『スミレ』である。
監禁と言ってしまっては彼女たちに失礼だろう。
サクヤは侍女たちの尽力により、
本能の獣と化した男たちから保護されたのだ。
「サクヤ様さあ、いや、サクヤちゃん?」
ハナはいつもの侍女然とした
以前のような
「ひゃいっ!?」
ただならぬ気配にうろたえるサクヤ。
「もう、なんであんなこと言ったのよ…」
心配そうに問い詰めるハナ。
「『サクヤも
「似てる似てるw」
シズがサクヤのものまねをし、
スミレがそれを見て笑う。
サクヤを日頃から見ているためか、
特徴をよく捉えていた。
「もし今からここにいろんな男の夜這いが来まくって、
おまけにサクヤちゃんが断れないとなったらどうするよ」
「え…? え…?」
ハナは畳みかける。サクヤはとまどう。
「ずだぼろにされちゃうよ? ボロ雑巾だよ~」
「あたしだったら2~3人くらいなら…。やっぱいいや」
ハナが真面目モードなためか、
シズとスミレはややおちゃらけていた。
「そんな目に
ホントは誰に夜這いしてほしいの?」
「そこはねえ、サクヤちゃんの
口から聞かないとね~」
「言ったんさい! まあ分かるんだけどw」
気のおけない女同士特有の
グイグイ来る感じでサクヤに迫った。
「うへっ!? う、あ…た、タケル…」
恥ずかしくなって目を伏せ、肩をかき抱くサクヤ。
「よく言った! あいつは歌がうまい」
「身体がおっきい」
「野性的な感じ」
サクヤを励ます意味もあってか、
雑にタケルを褒め始める侍女たち。
悪乗りして寸劇まで始めてしまう。
ハナは前髪をかき上げてタケルになりきると、
シズを促して横抱きになる。ぎゅっと目をつぶるシズ。
「もう目を開けていいぞ。大丈夫か~?」
「大丈夫♡ 大丈夫♡」
「むぅ~」
「大丈夫だから! うおりゃあ!」
覆いかぶさったハナを突き飛ばし、距離を取るシズ。
もろに吹き飛ぶハナ。
「あんな元気なら、大丈夫だったな…。ぐふっ」
「ぶひゃひゃひゃひゃw」
「もう…。穴があったら入りたい」
尻もちをつき、露骨にダメージを受けているハナ。
メチャ受けしているスミレ。
顔を真っ赤にして頭を抱えるサクヤ。
サクヤはまたしても自分の恥ずかしい思い出が
暴かれてしまうのだった。
「あいつならサクヤちゃんを悪いようにはせんやろ」
「むしろ守ってくれそう」
「つまり?」
一人首を傾げるスミレ。
「タケルっちがここに来て、
他の男が来なければ解決かな」
「それ名案!」
「わかった! 要はタケルさん以外を
来させなければいいのね」
「じゃあ作戦は…」
ごにょごにょごにょ
サクヤを置き去りにして
侍女たちだけで話が進んでしまう。
「話は決まった。サクヤちゃんは
ここでタケルっちを待ってればいいよ」
「私たちに任せて~」
「夜這いは初めが肝心だよ。準備しててね」
「う、うん?」
サクヤはわからないながらも
三人の侍女はサクヤの寝屋から
早速『サクヤ防衛作戦』を決行する。
まずは神社の雨戸の戸板を
サクヤの寝屋の周りに張り巡らされている
柵の裏側に立てかけた。
入口を狭めて外部からの進入路を制限することと、
自分たちが隠れる場所を作るためだ。
「できたよ~」
「よし、作戦を確認する。タケルっちが
やってくるまで他の男達をぶっ倒す」
えらく乱暴で
「いちにのさん、で一斉になんだよ」
「それぞれ急所を狙うんだ。一気にだぞ」
「あ、もう誰か来てるの。しっ、しぃ~っ」
ざっざっ
「サクヤ、寝屋に居るのかな?
急に居なくなったけど…」
シロヒコだった。
(柵の中に来るまで待て。待てよ~)
「なんだこれ、まあいいか…」
シロヒコはバリケードと化した柵を少し
思ったようだが、結局そのまま入ってきた。
「えいっ」
「やあ~」
「とうっ!」
足払い、首に手刀、みぞおちに
「ぐはぁ!」
ほぼ同時にくらい、シロヒコは
「やりい!」
「行けるね、これ」
「なんだ、シロヒコじゃん。運が悪かったね」
3人は適当に言い捨てると、シロヒコの両足を
ずるずると引っ張って物陰に隠した。
(あっ、次が来たよ)
(持ち場に戻れ!)
「えいっ」
「きええええ!」
「チェストー!」
ずしゃあ!
「見たか、ツウシンカラテの威力を~!」
「また来てるよ」
「片付ける暇もない」
こうして、サクヤの家の周りに
男たちの
「また来た」
「いや待て、この孤独なシルエットは…?」
「ヒューッ!」
今度こそタケルだった。
鼻の下の伸びた他の男たちと違い、
ひたひたとほとんど足音もなくやってくる。
「チェストー! あれ? いたたた!」
作戦終了に気づかずスミレが手刀を繰り出すが、
タケルに難なく受け止められた上、
手首をひねり上げられてしまった。
「うん? スミレじゃないか。
こんなところで何してる?」
相手が顔見知りであることに
気づき、スミレを解放するタケル。
「ご、誤チェストにごわす」
「あたしたち、タケルっちを待ってたんだよ」
「サクヤちゃんは中にいるから。ささ、入って~」
一人サムライごっこを続けているスミレを放ったまま、
残り2人はタケルを寝屋に誘う。
「もう遅いからお前たちは寝屋に帰って寝ろ。
スミレ、痛くないか。大丈夫か?」
「大丈夫♡」
「タケルっち、おやすみ~」
「ばいばいっ」
三人はタケルを適当にあしらって寝屋に押し込んだ。
「さてと」
「お前らいつまで寝てるんだ。起きろ」
「けりけり♪」
丸太のように並べられた男たちの頭を蹴っていく三人組。
「ぐおっ」
「痛ぇ…」
「な、何だぁ?」
起き上がった男たちに無慈悲にゲームセットを告げる。
「残念でした。タケルっちはもう来てるよ」
「朝までしっぽりずっぽりの予定だから~」
「他の男の子たちにも来るなって言っておいてね」
男たちを追い散らして、ようやく3人のミッションは終了した。
※ツウシンカラテの威力
この時代に通信空手はない。
サクヤが変な言葉を受信するたびに周りに披露するため
ハナたちに伝染してしまっている。
※誤チェストにごわす
『衛府の七忍』(作:山口貴由)の名台詞ですね!
https://x.com/championcrossPR/status/1823260741459480714
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