「いすき」
裏道昇
「いすき」
俺は少女が好きだった。
少女は俺が嫌いだった。
桜並木が有名な病院に好きだった少女が入院した。
何度か友達とお見舞いに行ったのだが、少しずつ付き合ってくれる友達が減っていった。
少女は俺が行くと明らかに顔を歪める。舌打ちする。無視する。
それでも少女が好きだったんだ。
一年ほど過ぎた後、家族以外のお見舞いは俺だけになっていた。
「あんたもしつこいわね」
「……負けず嫌いでね」
「しかも手ぶら。図々しいわ」
「そりゃ悪かったな」
ふん、と少女が鼻を鳴らし、その日の会話は終わってしまった。
……確かに、毎回手ぶらは申し訳ないか。
とは言え子供の身。資金はないのだ。
出来ないなら、代わりに何かしなきゃいけない。
次の日の夜。
俺は少女を夜の桜並木へと連れ出した。
その夜は満開で、満月だった。
まるで月へと桃色の道が敷かれたようで。
少女は小さく息を呑み、舞い散る桜に喜んだ。
初めて、二人で肩を並べて歩いた。
そして唐突に、
「なんで来てくれるの……?」
「俺は君の事が気に入ってるんだよ」
嘘ではない。
謙虚に言ったまでだ。
「君はどう思ってる?」
「大嫌い」
「はっきりと言ってくれるな」
「じゃあ少し好き」
「正直に言ってくれよ」
少女が俯き、立ち止まる。
……なら、と。
「なら、時間を戻してよ……! 健康な頃……いいえ、一瞬でも、私の命を戻してよ! 出来たら、その間だけ正直になってあげるから……戻ってあげるから……」
「それは……」
できない。
それでもそうは、言えなかった。言えないなら、代わりに何かしなきゃいけない。俺は、嘘を使わずにこの娘を救いたい。
だから、
「……どうか!」
少女が眼を丸くする。俺はその場に土下座した。
少女に向かって、ではない。
少女を背に、世界へと。
「どうか、時間を戻してください!」
俺に少女は救えない。一秒だって救えない。きっと世界にも救えない。
でも、祈るくらいは出来るから。
この望みは、嘘じゃないから。
何でも出来るわけじゃないけど、出来ることは何でもやるから。
「あんた、何で……?」
「お願いします!」
気づけば、泣いていた。
桜の花びらが綺麗に舞う並木道で土下座をしながら泣いた。
「もう、」
「……どうか!」
一瞬、後ろから大きな突風が吹いた。耳元で低い音が鳴る。
桜が地面から舞い上がる。舞い戻る。
高く、高く。
それはまるで――時間が巻き戻るように。
「無理だと思うから……言ったのに」
俺は何も言えなかった。
時間は、一秒に満たなかった。
そうして、最期がやってきた。
少女は苦しみから暴れまわるようになっていた。
罵詈雑言を撒き散らし、動けもしないのに、延命装置から逃れようとする。
その意思をくんで、家族は今この場で延命装置を外すことにした。
少女は喜んで承諾したらしい。
医者が装置に手を掛ける。
少女が隣の俺を見た。小さな大声で喚き散らす。
「馬鹿、大嫌い、死ねばいいのよ、あんたとなんて会いたくなかった! いつも馬鹿にして、本当は私のことなんか嫌いなのに、偽善者、嘘つき、恥知らず!
だ……」
「いすき」 裏道昇 @BackStreetRise
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます